5.紡希

「……あのジジィ……最初からぜんぶ知っててぼくに預けたな……」


 曜は肘をついた手で頭を抑え、ため息交じりに毒づいた。女の人みたいな綺麗な顔を、構わず歪めて、憎々しげに一人ごちている。


 紡希は、曜のそんな様子を窺いながら、こわごわと尋ねる。

「……視えた? 紡希のこと」

「……ごめん。時々こんなことがあって、気をつけているんだけど……時々不可抗力で視えてしまうんだ」


 不来方曜は切り替えるように頭を振ったあとで、紡希に深く頭を下げてきた。

「本当に申し訳ない。プライベートなことなのに」


「別に、いい。紡希も曜さんのこと視えたから」

 紡希がそう言うと、曜は肩の力を抜いて苦笑を見せた。

「参ったな。君を説得しにきたつもりだったんだけど……」


 少し、考えさせてほしい、と言って、それきり曜は沈黙した。

 紡希は待っている間に、チョコアイスを食べた。時間が経ちすぎて少し溶けていたが、もったいないのでヘラでこそぎ落とすように舐めて食べる。久しぶりに食べたアイスは、美味しかった。


 紡希がチョコアイスをたいらげたころ、見計らっていたように曜が口を開いた。

「――たぶん、紡希さん、きみの問題はそうとうに根深い。君一人では解決できないし、たとえ君が拒絶しても、このままじゃあちらから寄ってくると思う」


 曜は机のうえで組んだ指を戻し、紡希を見つめた。

「……君に提示できる解決方法は二つだ。ひとつは、さっきも言った通り、今度あちらと、あちらの落としものに一切関わらずに生きていくこと。その場合、お屋形が対処法を教えてくれる。ぼくたちももちろん、出来るかぎりのサポートはする。時間は長くかかるかもしれないけど、必ずよくなる。医者にかかるようなものと思えばいい」


 もう一つは、と曜は呼吸を整え、口を開いた。


「お屋形に教わって、お屋形と同じ道に進むこと」


 紡希は理解できず、曜を見つめたまま瞬きをした。

 曜は、自分自身の発言を信じられない、という顔で、歯切れ悪く続ける。


「……君の特性を活かし、あちら側にあえて踏み込んで、あちらへの理解を深める。そのうちに対処方法もわかってくるはずだ。……ただし、さっきも言ったけど、それはとても危険なことなんだ。ぼくの右足や、お屋形の目のように奪われそうになることもある。命を隠されて、結果的に亡くなってしまった人たちも、何人も見てきた。ぼくらだって君を守れるとは限らない。命の保障なんてとてもできないし、下手をしたら一生苦しむことも」


 ここまで言って、曜は一度目を伏せ、

「でも、君のこれからのためには、……この道を選ばざるを得ないのかもしれない」

 わずかに身を乗り出し、不来方曜は真剣な表情で紡希を見つめた。


「……正直に言うよ。ぼくにはどっちが君のためになるか、まるで判断がつかない。ぼくだけじゃなくて、お屋形も、君の親御さんも、教員だってわからないことだと思う」

 視線に少しだけ、憐れむような色を含ませて、曜は言った。


「君自身が決めるんだ。自分の運命を」


 紡希は、曜の言った言葉を深く心に仕舞った。

 曜の言葉ひとつひとつが、紡希の胸に重く沁み込んでいた。


 ちょうどそのとき、坂木が曜を呼ぶ声が聞こえた。準備が出来たみたいだ、と曜は言って立ち上がりかけ、


「紡希さん、最後にひとつだけいいかな」

 テーブルに両手をついて、曜は真剣な表情で紡希を見下ろした。


「ぼくと長舟のことは、もう二度と、絶対に、視てはいけないよ」


 一言、一言をはっきりと念押しするように、曜は言う。

「あれは禁忌なんだ。昔、お屋形の目も潰しそうになった。……約束だよ」


 紡希は、目で頷いた。曜の言葉の意味を考えようと思ったが、すぐにやめた。


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