4.歴
紡希の話題が途切れて、少し経った頃。
歴はようやく、本題――ここに来た目的――を、坂木に切り出した。
「……あの、拝み屋さん……坂木さん、おれからも質問してもいいですか?」
問いかけようと思った矢先、この不思議な拝み屋は、やはり歴の先読みをして口を開いた。
「……
「……でも!」
歴は思わず叫んでいた。
「おれが手帳を拾わなかったら武明小父さんは……」
「歴、
坂木はテレビからぐるりと態勢を変えて、サングラスの奥から歴を見つめた。
今までのにやついた笑顔ではない。真剣な表情と声音だった。
「人は、な、業を
「業……? 運命……?」
歴は坂木の言葉を反芻したが、まるでしっくりこなかった。漫画のセリフを朗読するみたいに、口のなかで上滑りしていくだけだった。
「小父さんがああやって死ぬのは……最初から決まってたってこと……?」
「違う」
坂木は、しっかりと歴を見つめたまま、きっぱりと言った。訛っていたが、流ちょうな口調だった。
「宿命は運命をつくり、業は運命を動かす。わかっが」
歴は正直に首を横に振った。坂木は続ける。
「世の中の人は、運命ば、定め、と読むことがあっぺ。定めっつのは、
道筋、と歴が反芻すると、坂木は頷いてさらに続ける。
「逆に俺たちが呼ぶ定めってのは、宿命のごとさ。生まれたときすでに持ってるもの。これは誰がなんじょしたって変えっことは出来ね。生まれもった宿命が、命を運ぶ流れ――運命を作る。ほんで運命がどう流れていくのを変えるのは業だ。人間の行い。善も悪も、全ての行いは翻って運命を左右する。……お前の小父つぁんは人の世話になって、報いず、ただ怠惰に生きてしまった。その業が小父つぁんの運命を悪い方さ流していった」
一息ついて、坂木は言い切った。
「お前のせいでね。それが業の定めだ」
「業……? 定め……? でも……」
「納得できねか? 小父つぁんが自分で死んだことが」
――歴は、ぐっと、返す言葉を詰まらせた。
坂木のサングラスの奥の瞳が、歴をじっと見つめている。それはときたま紡希が見せる視線の色とごく似ていたけれど、歴の想いを掬い取ろうという優しさがこもっているように感じられた。
それで――ついに、歴の心を抑えていた何かが、決壊した。
こみあげてきた想いを、歴は言葉にして吐きだす。
それはずっと、歴の心のうちに仕舞っていたことだった。
「小父さ……小父さん、優しかったんだ」
親戚の誰にも、信頼している祖母にさえも言えなかったこと。
親戚みんなから“
「おれがこっちに引っ越してきて……家族も学校も友達も、今までと環境ががらっと変わって、これからどうしていいかわからなかったとき……年始の挨拶にやってきた小父さんが言ってくれた。やっぱり酔っぱらってたけど」
歴は鼻をすすった。
喋っているうちに、記憶が鮮明に蘇ってきた。
いつも酒臭かった武明小父。いつも出ていたシャツの裾。のぴっぱなしの無精髭。
歴も子供ながらに、だらしないなぁ、と呆れていたけれど、そのだらしなさを見るのも嫌いではなかった。
歴の周りは社長とか役員とか公務員とか、おおよそ“立派”な肩書を持つ大人ばかりで、あんなふうにしてても生きていける武明小父に、一種のたくましさすら覚えていた。
――そして今になって、そのだらしなさに武明小父自身も苦しんでいたことを思いだした。
「友達を大事にしろって。人の縁をまず大事にしろって。人を大事にしてたら、借金ができても仕事がなくなっても、いざってときに助けてもらえるから。俺は出来なかった、だらしなくてみんな粗末にしちゃったから、って……」
視界が滲んだ。泣くつもりなんてなかったのに、思い出のなかの小父の姿がよぎるたび、感情があふれ出てくる。
酔っ払いの言うことだと思って、あの時はまともに聞かなかった。でも、今ならわかる。
あれは、最期には自分で自分の始末をつけた小父なりの、歴への教えだった。
「……おれ……自分以外の誰かを大事にすることを決めたの、小父さんのおかげなんだ。小父さんのおかげで、友達いっぱい出来たんだ。だから……」
坂木からの言葉は、なかった。
かわりに、坂木はゲームの電源を落として、歴を見下ろしていた。
歴がよろよろと見上げると、大きな手で頭を撫でられる。
「なぁ、歴ぃ。船や、もうひとっつ造ってやっぺな」
歴は鼻をすすりながら、自分の頭を撫でる男を見上げた。
坂木は、微笑んでいる。やゐ子婆に良く似た、優しいまなざしだった。
「おめの小父さんも、ちゃんと送ってやっぺ」
歴はこくりと頷いた。眼鏡がズレて、かくんと鼻筋に落ちた。
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