3話 シオクリ


 ◇名波ゼミ 学生論文『草稿・八百万の禁忌』


 古来より日本では、生き物だけでなく、日常のあらゆるモノに魂が宿ると考えられてきた。


 刃物、かまど、トイレ……。

 生活空間のあらゆる場所・モノに八百万の魂、神が存在するという考えは、時に信仰の対象になり祀られ、時にモノを粗末にせず大事に扱うという道徳心・倫理観にも結び付いてきた。まさしく日本人の精神性の根底に根ざした考えといっても過言ではないだろう。


 だが、宿った魂たちが果たして何を想い、考えているか。

 それは、果たして、ヒトが理解できる考えなのか。


 安易に踏み込んではいけない領域なのかもしれない。



 ◇不来方曜の研究ノート 『佩鬼―シオクリ』

 

 シオクリ…佩鬼で続けられてきた行事。

 →死送り あるいは塩繰り(仕送りの意味も? 要調査)


【歴史】 少なくとも三百年はさかのぼる 坂木の歴史と一致?


【用意するもの】

・船(紙で可。昔は組み木を使っていた。紙は昭和になってから。エコだね)

・故人に由来するモノ

・坂木(すぐ遊びに出かけるのできちんと立ち会わせること!)


 ※時間帯は陽が出ている間が良い。夜は還ってきてしまうので出来るかぎり避けること。

  また、盆の時期は避ける。


【役割】

 一、成仏できない魂をあの世へ送る

 二、こちらの想いを伝える 地蔵信仰と類似?

 三、不明 他にも色々ありそう 資料は蔵にあるかな?


 今日買うもの:付箋 蛍光ペンの替え芯(黄色) 牛乳 シリアル するめ 初ちゃんのおやつ



 ◇後日談


「あの人たちがね、なくなった人たちがね、夢に出てくるの」


 そう、小綿紡希は言った。

 放課後、夕暮れ。迫間歴は、紡希と国道沿いを並んで歩いていた。


 近くに同じ勿来小生徒の姿はない。通りがかる通行人や車、鳥の影も、たまたま、ない。

 アスファルトに長く伸びた歴と紡希の二つの影法師だけが、紙芝居の登場人物のようにひょこひょこと帰路を進んでいる。


 歴の隣を歩く紡希の厚い前髪は、夕陽を受けて、赤橙色に照らされていた。その見慣れない色は、つい最近知り合ったばかりの、印象深い誰かを思いださせた。


 小綿紡希は、続ける。

「内容はね、あんまり、はっきり覚えてない。でも、お礼を言われている気がした。みんな、優しい顔してるから」


 紡希の口調は、いつもどおりのおぼつかない、たどたどしいものだった。

 だが、彼女が自分のことを語るのは、学校でも個人的にも、初めてだ、と歴は振り返っていた。


 だからこれはきっと、前兆なのだ。

 桜が咲けば入学式が始まるように、雪が降ればクリスマスが近づくように、小綿紡希が自分自身について語り出したら何かが――とても大きな出来事が始まる前兆。


「お礼をいわれると、ムズムズした。歩いてても授業中でも、ずっとそのことばかり考えた。こんなの初めてだった。紡希はグズで役立たずだから、誰の役にも立てなかった。いるだけで迷惑だから。でも、紡希にしか出来ないことがあるなら、やってみたいって思った」


 影法師が一つ、立ち止まる。

 歴は、少し後ろで足を止めた紡希を振り返った。


 厚い前髪の奥から、水面色の瞳が、歴をじっと見つめていた。それは今まで歴が紡希から向けられたような――疑わしかったり、何か別のものを見聞するような目つきではない。例えるならグループワークで班長がみんなに意見を乞う、そう、クラスメイトの視線だ。


「委員長は、どう思う?」


 問いかけられ、歴は、思いを馳せた。

 数奇な運命により親しくなったこのクラスメイトと、自分自身。


 二人それぞれのこれからを。

 そして、それを決断せざるを得なかった日のことを。


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