3.


 紡希に押し切られる形で、歴は最寄りの交番に寄った。


 リボンの届け先を調べようにも、手がかりがないことにはどうしようもない。まず、落としモノの元の持ち主を調べて、そこから届け先にたどり着く――というのが、歴が考えついた作戦だった。

 そこで頼れる存在といえば、警察しか今の歴には思い浮かばなかった。


 勿来町には、警察署なんて大層なものはない。“警察”といえば駅前にある交番のことで、したがって放課後、まず歴と紡希が足を向けたのもここだった。


 駐在のお巡りさんは、紡希を見るなり顔をしかめた。どうやら、歴の知らない間に紡希はすっかり交番の顔なじみになっていたらしい。


 案の定、紡希の持ってきた紐――リボンを取得物として届け出ても、お巡りさんから明るい返事は得られなかった。むしろ迷惑そうに顔をしかめて、帽子の上から頭をガリガリと掻いている。


「……そういうのは、ちょっとねぇ」

「持ち主を、調べてもらえないんですか?」

 食い下がる歴に対し、お巡りさんは面倒そうに答えた。


「警察で預かることは出来るよ。でも、そっちの女の子が言うように、すぐに持ち主を見つけることは出来ないさ」

「……そんなこと、話してたの?」

 歴は、今度は紡希に水を向けると、紡希は素直にこくりと首を傾けた。


 そういえば、前に警察のお世話になったようなことを言ってたっけ――頼りにならない、とも。

 少なからず紡希と因縁があったらしいお巡りさんは、ここでため息を交えた。


「財布や時計ってならまだわかるさ? でもその……手帳だのリボンだのってはねぇ。よっぽど高価なものでないかぎり、持ち主が警察に尋ねてくるってことはないからねぇ」

 歴はわずかに唇をかんだ。警察はアテにならない、と紡希が言った理由が、今更ながら理解できた。


 頼りにならない、という意味ではなく、単純に警察に事情を説明するのが難しいのか。

 持ち主が死んでいるかもしれないなら、なおさら。


 しかし、ここで諦めるような歴ではない。迫間家の跡継ぎとして、親戚をはじめとした色んな大人たちとコミュニケーションを取ってきたのだ。これまでの十年そこらの人生のなかで、大人への交渉術――ならぬ、食い下がり方を学んでいた。


「警察が忙しいのは、僕たちにもわかるんです。でも、少しはジョウホしてもらいたいんです」

 歴はパフォーマンスで紡希を示してみせる。


「こっちの……紡希が変な言い方して、誤解させているのかもしれませんけど。紡希は落としモノを、ちゃんと持ち主に届けたいって思っているだけなんです。なんとかしてくれませんか?」


 お巡りさんは、うーんと眉を寄せてしばし黙ると、

「……わかった。ちょっと待っててね」

 やがて立ち上がり、交番の奥へ引っ込んでいった。


 何をしているのかと歴がよく耳を澄ませていると、ダイヤルをギコギコと回す音が聞こえた。

 どうやらお巡りさんは、奥で誰かに電話をかけているようだ。ほどなくして、「あ、もしもし」と電話向こうの誰かと話をはじめている。


 会話の内容は、ほぼわからない。ただ、お巡りさんは「はい、あ、そうですかー、はい。ありがとうございます、はい」と繰り返して聞き手に回っているから、電話向こうの相手の一方的な話なのだろう。もしかしたら、相手はお巡りさんより上の立場なのかもしれなかった。


 少しあって、チンと受話器を置く音が聞こえた。再び現れたお巡りさんが、晴れやかな様子で歴たちに言う。

「すぐ来てけるって。良かったねー」

「? 誰か呼んだんですか?」

塩ヶ浦しおがうらって知ってる?」


 質問に質問で返された。

「塩ヶ浦……隣の? はい、知ってますけど……」


 塩ヶ浦町――歴たちの住む、この勿来町のお隣の町だ。歴も、何度か家族や友達と言ったことがある。とりたて特徴のない、素っ気ない港町、という印象だった。

 歴は紡希を振り返って、「知ってるよね?」と一応聞いてみた。紡希もさすがに頷く。


「そこにさ、オガミヤさんって人たち居んの、聞いたことない?」


 今度は歴も頷けなかった。

「オガミ……さん?」

「なんてのかなー。占い師さんでもねくて、霊媒師さんでもねくてさー。占いを稼業にしてる人たちがいんのよ。ここいらに、昔っからね」


 その“オガミヤ”なる謎の単語について、お巡りさんにも的確な言葉が見つからないようで、しきりに首を傾げたり唸ったり悩んでいる。

 やがて、お巡りさんは一人で納得したらしく、ぱんと手で膝を打った。


「ま、とにかくさ。その人だったら、そのリボンの持ち主も見つけてくれんでねぇがなーと思ったわけっさ。ほんで今電話したら、すぐ迎えに来てけるって」

「その……オガミヤさんが、ですか? ここに?」

「そ。車で来てけるってよ。良かったねー」


 本当に良かったのか、歴には全く判断がつかなかった。

 歴が想像する占い師は、頭からベールをかぶり、水晶玉に手をかざしてウンウン唸る女性だった。車を運転する占い師など聞いたことがない。そんな人が来て、ほんとうに頼りになるのだろうか――。


 不安を覚えた歴は紡希の様子をちらと窺ったが、紡希は気にした様子もなく、さらりと言う。

「早く解決するなら、なんでもいい」

「よかったの?」

「早く解決するなら、なんでもいい」


 ……なんで繰り返す……?

 歴が紡希にささやかな違和感を覚えている間に、お巡りさんは歴たちに構わず書類仕事に戻っている。紡希と同じく、こちらも謎のオガミヤを呼ぶことで全てが解決したと思っているのだろうか。


 なんとなくのけものにされた気持ちになった歴だが、ふと、大事なことに気づく。

「……待って。誰か迎えにくるってことは、おれたちが拝み屋さんのところにお邪魔するって話だよね?」

「そうなるねぇ」

 書類から顔も上げずに、ボールペンで首をこりこり掻きながらお巡りさんが言う。


 ――歴はすぐさま、財布の中身を確認した。十分なお金があるのを見てとり、すぐさま踵を返して自転車へ向かう。

 その背中に、紡希の声がかかった。


「どこいくの」

「知らない人のお世話になるときは、おもたせ! 紡希はここで待ってて!」


 紡希を交番に残し、歴は自転車を走らせた。駅近くにあるスーパーに駆け込む。

 勿来土産といったら定番は梨だが、あいにく今は春。なら梨ではなく桃がいいだろうと歴は算段をつけた。ほんとうはラッピングもしてもらいたいが、時間が迫っているので仕方ないとする。

 歴は急いでレジで会計を済ませ、自転車のカゴに桃のパックを詰めて交番へ戻った。


 息を切らせながら自転車を止め、交番の前に立っていた紡希の横顔に声をかける。

「おーい、つむ……ぎ……」

 よびかけた声は、途切れていった。

 歴の想定とはるかに違う光景が、目の前に待ち受けていたからだ。


 猫。


 紡希の視線の先には、猫のような青年がいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る