第21話 女友達の発生

「だいたい先生達が、推薦して、された側も内申良くなるの分かり切ってるから受けて、あとは成りゆきまかせ。で、私はそんなこと知らなかったから、立候補したら、誰も敵がいなくて」

「……」


 初耳だった。


「ああそうだった。それで私、何かと変えようとしたのよ。例えばこないだの文化祭の人気投票」

「あ、そう言えば――― 結果は」


 彼女は哀しそうに首を横に振った。


「結局、まともに票が集まらなくてね。中止」

「だけどお祭り自体は盛んじゃない、先輩」

「ここの連中は、それが当然だと思っているから、だって新しいことなんて、何にもしてないのよ?」


 手におにぎりを持ったまま、ふう、と彼女は再び大きくため息をついた。あ、可愛い。


「結局、何も変えたくないんだわ。ここの人達は」

「カナイもそんなこと言ってましたよ」

「彼が?」


 俺もコーヒーでサンドイッチを流し込んだ。パンの表面はひどくぱさついていた。いっそのことおにぎりにすればよかったかも。


「で、それはそれとして、先輩は、彼のことが心配だったんでしょ?」

「え」

「先輩はカナイが好きでしょ?」


 素晴らしく反応が早い。リトマス試験紙かBTB指示薬か――― 赤いからBTBは違うか。さっと彼女の顔は赤くなる。

 何やら俺は楽しくなっていた。なかなかそういう彼女の姿というのは見られないものなのだ。


「何で判るの?」

「何ででしょうね」


 当の本人がそう言った、とはさすがに俺も言えなかった。言い出したら、彼女にとって残酷な、次のシーンまで説明してしまいそうだったのだ。


「ええそうよ。そりゃ小さい頃は一緒に遊び回っていたけれど… それにしても、マキノ君、あなたって変よ」

「へ?」


 いきなりそういう言葉が出るとは思わなかったが。


「変?」

「だって、とっても年下の男子とは思えないわよ」

「それって、同級生に感じるって?」


 くくく、と俺は含み笑いをしながら問い返す。まあ違うだろうが。


「違うわよ、男子に感じないっての」

「はあ」


 まあそんな気はしていたけど。


「男子にありがちな、じろじろ見るような目とかないし、うん、何って言うんだろ? 女友達に近いんだけど、だけどそのへんの女子とは全然違うし」


 それはそうだ。俺は彼女に異性的な目を向けられない。だけどそう直接言うのはよした。


「それは、俺が先輩を尊敬してるからですよ」


 やや言葉を飾っているなとは思う。だけど嘘ではない。尊敬? と彼女の声が裏返った。


「そ。尊敬してますよ。俺はここに入って何か『違う』と思っても『変えてやろう』なんてポジティヴなことは考えなかったもの」

「ネガティヴ君だったの?」

「そ。ネガティヴ君だったんですよ」

「でも今は違う?」

「多少は」


 そう、それは事実だ。


「先輩もそうだし、カナイもそうですよね。前向きで。会えて多少変われたかな、とも思うけど」

「前向き? うん、彼はそうよね。前向きというか、今日のことしか考えてないっていうか」

「終わったことは三秒後には忘れてるっていうか」


 俺達はげらげら、と笑い合った。


「私だって、ポジティヴ君じゃあないわよ。でもそうなろうとは思ってきたのよ」

「過去形ですか? それはサエナ会長らしくないですよ」

「そお? でも私知ってるのよ?あまり私好かれてないでしょ?ここの生徒には」


 知っていたのか。やっぱりこの人は聡明だ。だから嘘はつきたくない。


「敵と同じだけ、味方は居るはずですよ」

「そお?」

「現に俺は先輩の味方ですよ。とは言え、生徒会する気はさらさらないですけど。カナイだって似合わない。でも誘わなければ、奴は先輩の味方だと思いますよ」

「そお?」

「そうですよ」


 ふう、と息をついて、彼女は残った一口を口に放り込んだ。


「ありがと。そう言ってくれると嬉しいわ」

「こんな口で良ければいつでも先輩のために」


 冗談、と彼女はいちごパックを潰して投げた。そしてそれは、見事にごみ箱に命中した。



「ったくお前、口まで上手かったんだな」


 サエナ会長がピアノ室から出るのと入れ替わるように、準備室に居たカナイが姿を見せた。来ると思っていた。そのための伝言なのだから。


「別に上手かないよ。本当のことを言っただけだってば」

「でもお前、言わなかったろ。俺がサエナのことをそういう風には見られないって」

「そういうのはお前が言うことだよ。俺が言ってどうするよ」


 そりゃそうだ、と奴はうなづいた。


「で、お前メシ食ったの?」

「立ち聞きしてる状態で食えるかよ! 今から今から」


 そう言って奴は、がさごそ、と紙袋を開ける。見事に詰まったヤキソバパンが現れた。


「ちょっと待てお前、化学室で実験が長引いたくせによくヤキソバパンなんて買えたな」

「そこはここよここ。四時間目の前に、おばちゃん達に『お願い』しておいたのさ」


 だからそこで神様お願いポーズを取るんじゃねえ!


「ま、でもいずれ言うよ。仕方ないんだ、って。本当のことだし」

「そうだな」

「それでさマキノ、バンドの方だけど」


 奴はいきなり話の矛先を変えた。


「ん?」

「メンバー、ちゃんと捜そうな」

「そーだね。こないだの楽器屋じゃなくて、他のスタジオにも行ってみよーか。結構メンバー募集とか貼っているし」

「楽器持ってる? お前」

「楽器? 持ってない」

「じゃ今までどーやって練習してたんよ? そんな上手くなるまで」

「借りてた」

「買えよ」


 それはもっともだ、とさすがに俺も思った。


 だけど、いつ俺は返したのだろう?

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