第20話 知った顔が居た。サエナ会長だ。
「マキノくーん、お客さまあ」
昼休み、学食へ行こうと思ったら、クラスの女子が呼ぶ声がした。振り返ると、そこには知った顔が居た。サエナ会長だ。
「あ、先輩、カナイなら今はまだ化学室から戻ってないけど」
実験が長引いているらしい。新校舎の方のはずだ。ところが彼女は首を横に振った。
「ううん、今日はあなたに用事」
「何か俺に用なんですか? 先輩」
「ここだと長話はできないわね」
彼女は辺りにちら、と目をやる。長話が必要なことなのか。
「ちょうどお昼だし…… あなたお弁当?」
「や、食堂へ行こうと思ってましたけど」
「ああ、じゃあちょうどいいわ。私売店で買っていこうと思っていたの。ね、ごはん付き合ってくれない?」
ちら、と俺も横目で周囲を見る。何だ何だ、という視線が辺りに充満していた。
俺は近くに居た今原に(結局奴も文化祭のおかげで認識できたのだが)、カナイが来たらピアノ室に居るから、と伝言を頼んだ。別に約束はしていなかったが、何となくよくメシを食うようにはなっていたから。
「ピアノ室ねえ」
「悪いですか?」
「別に。でも飲食は」
「別にピアノの上で食べようってんじゃないでしょう?」
まあそうね、とサエナ会長はうなづいた。
食堂横の購買で俺はたまごとツナのサンドイッチとブリックパックのコーヒーを買った。
彼女はおにぎりと「いちご」を買っていた。甘ったるそうだな、と俺はピンクと赤と白の「いちご」のパックを見て思った。
そこから東棟からの連絡通路を通って、ピアノ室まで俺達は歩いた。確かに見ていて気持ちいい人ではある。歩く調子とか、姿勢とか、そういう点を取っても。
着くや否や、彼女はべたん、と床に腰を下ろした。正確に言うと、音楽室特有の段差に腰掛けた。
スカートが汚れるのではなかろうか、と思ったが、そういうことはあまり気にしないらしい。
「座ったらどう?」
と自分の横を指した。はい先輩、と俺は言われる通りに座った。
彼女は買ってきたものを、スカートのポケットに入れていた大きなハンカチを広げて、その上に乗せた。
「ほらこれなら床は汚れないでしょ?」
そうですね、と俺もそれにならった。薄手のハンカチは、白地にひまわりの絵が大きくプリントされている。ああ似合うな、と俺は思った。
「で、何の話なんですか?」
「あなた彼と、仲最近ずいぶんいいから」
「彼? カナイのこと?」
「ええ、まあ」
「まあ最近は割と。だけど仲がいいと何かまずいんですか?」
んー、と彼女はいちごパックを両手で持つと、一口含んだ。
「だから、あなたよく彼のことは知ってるんじゃないかなって思ったから」
「先輩の方が知ってるでしょ? 幼なじみって聞きましたけど?」
「幼なじみったって、結局学校友達にはかなわないわよ」
「だけど俺だって、先輩同様、外部生ですよ?」
え? と彼女は弾かれたように俺の方を見た。
「そうなの?」
「そうなの」
俺は首を軽く傾げて、彼女の口調を真似てみせた。数秒の沈黙が流れ、やがて彼女の顔にふっと笑みが浮かんだ。
「なあんだ」
「それに友達って言ったって、ほら、先輩があいつ追っかけてた、あの日からですよ。まだ本当、短い短い」
「だから、その割には…… それに、結局、最近あなた彼とバンド組んだって噂じゃない」
あ、もうそんな噂が立ってるんだ。おそらく噂の出所は、クラスの女子だろう。全くぴいちくぱあちく。
「ううん、それはいいの」
「嫌ですか? 奴がバンド組むの」
「嫌、だったわ。でも」
過去形か。彼女はややその辺を強調しているように感じられた。ぺりぺり、とおにぎりのビニルをはがす音がする。
彼女はツナ(らしい)おにぎりをぱく、と一口ほおばる。
「気がついたら、ここに染まっていたのかなあって思って」
「それじゃまずいですか?」
「うーん…… 楽は楽なんだろうけど」
「それじゃつまらない?」
「そう、それ」
実際には、「ほう、ほれ」と聞こえた。口の中にものを入れたまま喋るか?サエナ会長!
「ねえマキノ君、あなたこの学校に入ってきてどう思った?」
「どうって?」
「全体的な、雰囲気」
「閉じてますね。何となく」
俺は即座に答えた。それは答えられる自信があったのだ。
「何か、小さなムラって感じですよ。東京のど真ん中にあって、すごい最先端のものも手に入れられる環境にあるのに、そこに居る連中は皆似たかよったか」
「やっぱりあなたもそう感じたんだ」
彼女はふう、とため息をつく。
「これでもね、中学の頃は憧れていたのよ、こういう学校。伝統あって、校舎が古くて、名門で、レベルも高いし」
「そうですね。俺もここなら、と都心まで出してくれたし」
「でも蓋を開けてみたら、こうよ」
俺はうなづいた。
「ずっとここに居る人達には判らないかもしれないけれど。ねえマキノ君、私が生徒会長になれた理由知ってる?」
「選挙でしょ? 先輩はだって、選ばれるだけの価値はありますよ」
「ううん違うの。私が当選した――― 去年は、だれも立候補者はいなかったのよ」
「へ?」
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