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 レナードは松葉杖を放り出すと、床に這いつくばり始めた。そして、何かを見つけるとにんまりと笑った。


「見ろ、足跡がある。10.5インチ、男性物だ……ブーツを履いている。踵がよく見えない。底が磨り減っているんだ……この歩き方は軍人だな」


 床についた泥水はある所で途切れていた。レナードは絨毯を捲ると、床板を外し始めた。そこに現れたのは空洞だった。ランプを持ってきて中を照らすと、大人の背丈程もある穴が奥に向かって広がっていることが分かった。底知れない穴にウェントワースは疑問を呈した。


「これは、一体?」


「歴史の授業さ。ウェントワース」


 勿体ぶるようにレナードは人差し指を掲げた。


「1000年前、ここヨークはある者たちに支配されていた。遠くデンマークから海を渡り、この地に辿り着いた侵略者といえば」


「……ヴァイキング」


 レナードは頷いた。


「そうだ。これは当時ヴァイキングが使っていた洞窟のひとつだ。有事の際、ここから脱出して、海へ逃げるためのね」


「つまり……犯人はここから侵入したということか」


「アシュクロフトは街道に近い森を警戒していたが、当てが外れたな」


 レナードは立ち上がると、飾られていた写真立てに手を伸ばした。


「この洞窟のことを知る存在は限られている。元住人か――バーナード・ウェア、 彼だろう」


 そこには、古い写真が置かれていた。レナードは、笑顔の両親に挟まれた利口そうな少年を指で突いた。


「なぜ彼が? 一体何のために?」


「決まっている――復讐だ。二十年前、両親を殺した犯人に復讐するために、彼は再びこの家に戻ってきたんだ」


 ウェントワースは息を呑んだ。


「ではアシュクロフトが、二十年前この屋敷を襲った犯人なのか?」


「そうなるな」


 あっさり言い切るレナードに、ウェントワースはさらなる疑問をぶつけた。


「でも……なぜアシュクロフトはこの家に留まり続けたのだろう」


「その答えはウェントワース……君なら分かるんじゃないのか」


 体の芯が冷えるようだった。そうして、ウェントワースは絞り出すように言葉を吐いた。


「……罪悪感」


「美しい答えだ!」


 レナードは嘲笑を含めてそう評すると、玄関扉を開け放った。その手には先程、老人が指差したハンドベルが握られている。ここで暮らした家族が使っていたものだろうか。レナードはそれを胸の前に持ってくると、大きく腕を回すようにして鳴らした。澄み渡ったハンドベルの音色が、丘を下り、森の方へと抜けていく。

 ウェントワースは気付いた。その音は以前、森で聞いたあの鐘の音に似ていた。


「まさか」


 森がざわついているのは、風のせいだけではないだろう。幾つもの眼光がこちらに向けられて、獲物を狙うように、爛々とさせているのだ。


「行こう」


 レナードは冷静に短く言うと、杖をついてその場を後にした。ウェントワースは後ろ髪を引かれながら、レナードを追いかけた。

 森から大勢の使者がやって来た。それはあっという間に屋敷を取り囲むと、いつものように主人の姿を待った。

 数分後、一匹のシェパードが空に向かって叫び始めた。それは群れの中でさざなみのように広がり、呼応した。その物悲しい遠吠えは、森に入ったウェントワース達の耳に届いた。思わず立ち止まると、レナードも同じように屋敷の方を見ていた。


「――獣の葬列だ」


 二人はしばらく獣達の声に耳を傾けていた。


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