1-3



 金糸のような髪が風に巻かれてなびいている。杖の青年が崖下を覗き込みながらこう言った。


「見ろ、ウェントワース! カヤックがあるぞ。海賊かもしれない」


 荒れ狂う波の中に、どこから流れてきたのか、岩肌にぶつかりながら浮き沈みする小舟の姿があった。崖際に立つレナードが海に落ちないか気をもんでいたウェントワースはその背中に向かって叫んだ。


「気は済んだだろう。もう帰ろう!」


「……君には冒険心が足りないらしいな。浪漫は無いのか!」


 その時、突風が吹いた。

 よろめいたレナードをウェントワースが慌てて支えると、渋い顔で見返された。


「仕方がないな」


 諦め踵を返したレナードを追いかけようと足を伸ばした瞬間。

 パンッと乾いた発砲音が響いた。


「……!」


 息を呑む二人に衝撃は続く。続けざまに五発はあっただろうか。ようやく収まった銃声は老人がいた屋敷の方から聞こえてきたようだった。

 その足が健全なら走り出していただろう。レナードは迷うことなく、屋敷に向けて歩み始めた。





 屋敷の前に来ると、ノックをして呼び出した。


「アシュクロフトさん!」


 が、反応はない。辺りは物音ひとつせず、不気味な時間が過ぎる。


「扉を開けろ」


 レナードが言った。ドアノブを捻るがびくともしない。


「鍵がかかっているようだ」


「ここに良いものがあるぞ?」


 それは悪魔の囁きだった。レナードが指し示した松葉杖を見やって、意味を理解する。


「……僕に犯罪をさせようっていうのか」


「君がやらないのなら、僕がやるさ」


 そう言われてしまったら、覚悟を決めるしかなかった。

 ウェントワースは松葉杖を受け取ると、その杖先で扉のガラス部分を割った。そこから手を差し込み、扉の鍵を開ける。散らばったガラスの破片に気をつけながら、家の中に入ると、その惨状はすぐに見つかった。


「これは……!」


「……」


 おびただしい量の血が床に広がっていた。そこに浸かる様にして倒れていたのはあの老人だった。老人が身じろぎをすると、それに合わせて床の血溜まりも動いた。

 レナードの動きは速かった。レナードは老人のすぐ脇に膝をつくと、覗き込むようにして尋ねた。


「……何か言い残すことはあるか?」


 老人の容体が悪いことは明らかだった。老人は言葉を発さず、最期の力を振り絞って指を掲げた。

 その先にあるものを見やって、レナードは頷いた。


「分かったよ」


 老人が息を引き取ったのを確認すると、レナードは杖に力を込めて立ち上がった。その様子を眺めていたウェントワースが首を振った。


「一体誰がこんな事を……!」


「彼は仰向けに倒れていた」


 レナードから冷静な言葉が紡がれる。


「つまり正面から撃たれた可能性が高いという事だ。それも腹に正確に五発だ……部屋は荒らされた様子はなく、揉みあった形跡もない。なぜ彼は逃げなかったのか?」


 ウェントワースが顎に手を当てて答える。


「彼は何かに怯えていた……犯人が来ることを知っていたのか? でも、部屋には鍵が掛かっていた。犯人はどこから侵入したんだ?」


 レナードが口端を吊り上げた。


「我国は島国だ。これがどういうことか分かるか」


 杖を床に向けて小突いた。


「――敵は海から来るんだ」


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