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 どれ程の時が経っただろうか。

 知らない土地で目的も無しに行動するのは些か拷問に近いものがある。いや、目的はあったのだが、俊敏な彼らの動きを追えるはずも無く、二人はただ閉口して薄暗い森の中を突き進んでいた。前を行くレナードの短い気息が聞こえる。二本の杖を器用に使いこなしてはいるが、足元の悪い山道は通常より力を使うようだった。ため息をつくことも許されず、ただ黙々と彼の安全のために周りを警戒していると、突然レナードが声を上げた。


「あれじゃないか?」


 森を抜けた先に開けた場所が現れた。荒々しい北海を望む切り立った崖には、古びた屋敷が存在し、そこに寄り集まるようにして、先程の犬達が茶色い群れをつくっていた。群れの中心には老人の姿が見え、犬達に餌をやっている最中のようだった。


「彼が飼い主なのか」


 ウェントワースが口を開くと、老人もこちらに気付いたようだった。挨拶を交わしたが、次の言葉を発する間もなく、早々に立ち去ってしまった。残された二人は肩をすくめた。


「これからどうする?」


「ひとつ分かったことは」


 言葉を区切ってレナードは、老人が入っていった断崖の屋敷に目を向けた。


「彼が、森から来る何かに怯えているということだ」


「怯えている……?」


 老人のしかめ面から、そんな様子は見受けられなかったが。


「他にも情報を得られる手段はあるさ」


 まだ続けるのか、という視線をよそにレナードは街に向けて歩き始めた。





 海岸沿いのパブに入り、乾いた喉を潤していると、昼間からすでに出来上がっている常連客が話しかけてきた。


「見ない顔だけど、君たちはどこから来たんだい?」


「ロンドンからです」


「ロンドンから! ではここはさぞかし静かに感じるだろうね」


 ヨークシャー訛りの男に爽やかな笑顔を向けながら、レナードが続ける。


「ところで、道行きに犬の群れを見たのですが、誰かが飼われているものなのでしょうか」


「ああ、アシュクロフトさんの犬さ。彼らは優秀な番犬だよ」


「番犬?」


「そうさ。……盗賊を追い払うためのね」


 そこまで言った所で、男は急にばつが悪そうな表情になりグラスの中のエールビールを一気に飲み干した。二人はほぼ同時に相手を見た。

 何かある。

 レナードはさも世間話を続けるかのような体で(少し熱っぽかったが)、「何かありましたか?」と尋ねた。男はすっかり酔いが冷めたらしく、深いため息を漏らした。


「崖の上にある屋敷を見たかい? あの家はいわく付でね」


「いわく? 幽霊でも出るんですか」


 レナードの言葉に男は首を横に振った。その目は赤く潤んでいた。


「クリスマス・イヴのことだよ……もう二十年になる。あの家に強盗が入ってね。夫婦二人が殺された。十歳になる息子は助かったが、犯人は未だに捕まっていないよ」


 レナードは慎重に問いかけた。


「アシュクロフトさんはいつからあの家に?」


「ごく最近だよ。半年前に突然来て、この家に住まわせてほしいと言ったそうだ。長年空き家だったから家屋の痛みが激しくてね。補修しながら暮らしているようだよ」


「犬はその頃からいましたか?」


「ああ、だんだんと増えていった」


 レナードは微笑むと、席を立った。


「ありがとうございます。非常に参考に――いえ、興味深いお話でした」


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