獣の葬列

小野 玉章

1-1



 不規則な足音が廊下から漏れ聞こえてきた。

 それは部屋の前で立ち止まると、ハウス中に聞こえるような大音声を張り上げた。


「ウェントワース! ウェントワース!!」


 その声を聞き間違えるはずがなかった。ウェントワースはベッドから跳ね起きると、急いで相手を迎え入れた。

 そこには黒の燕尾服、チョッキ、ファルスカラー、ピンストライプのズボンにタイ(イートン・カレッジ伝統の制服だ)を着た青年がいた――同級生のレナード・リーヴスだ。

 レナードはウェントワースを確認するとこう告げた。


「犬を見に行こう」

「……正気か?」


 思わず口について出た言葉を、レナードは気にする素振りもなく続けた。


「キングス・クロス駅に十時集合だ。遅れるなよ」


 レナードは身を翻すと呟くように言った。


「言っておくが、君に僕の頼みを断る権利はない」

「……分かった」


 静まり返った廊下に彼の杖の音が反響している。足に巻かれたギプスが痛々しい。

 彼をその足にしたのは言うまでもなく、自分自身だった。



 ◆◆◆



 悲劇が起きたのは、フットボールの試合の最中だった。ボールの取り合いでもつれた足はそのまま彼の足甲を押し潰した。



 ◆◆◆



 キングス・クロス駅に着くと、そこから二時間かけてヨークに辿り着いた。

 どこまで行く気なのかレナードに尋ねると、彼は不敵に笑って返した。


「言っただろ? 犬を見に行くのだよ」


「どうして犬を見に行く必要がある? 大体犬なんてどこにもいないじゃないか」


「まあ、そう焦るな。もうそろそろ着く頃合いだが――ほら、あれだ」


 レナードが指し示した方角を見ると、確かに犬がいた。それも一頭や二頭ではない。二十や三十はいるかというような大群だった。

 レナードは馬車を降りると満足げに頷いた。


「興味深いだろう。噂で聞いた通りだ」


 道の片側には森が広がっており、犬達はそこを通すまいとでもするかのように、じっと座り込んでいた。


「森に何かあるのだろうか」


 ウェントワースが問うと、レナードが懐から何かを取り出した。


「肉を持ってきた。ビーフジャーキーさ。これで釣られてくれるといいけど!」


 レナードが投げ与えると、わっと犬達が群がった。しかし、用事が済んだ犬達はすぐに元の位置に戻った。

 近づけば侵入を拒むように牙を出して威嚇をしてくる。襲ってきた場合自分は逃げられるが、レナードはどうだろうか。


「もう少し持ってくれば良かったかな」


「……」


 何となく自分が連れて来られた理由が分かった気がした。ウェントワースは一歩踏み出すと、じりじりと犬達との距離を縮めるように近づいた。犬達の唸り声が大きくなる。その行動を止めるわけでもなく、レナードはただ見つめていた。

 その時だった。音のこもった鐘の音が森から聞こえてきたのである。犬達はそれを聞き分けると、立ち上がって森の奥へと駆けていった。


「追いかけるぞ!」


 威勢のいいレナードの後ろをウェントワースは付いて歩いた。


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