健康診断 ――もしかして読書癖のせい?――
前回は入学式の話をしたので、今回は健康診断です。
健康診断は学生だけでなく教職員も対象となる一大イベントですが、全員が一斉に同じ日に受診するわけではありません。
少なくとも、一年生は二年生以上とは違う日だったのでしょう。一年生だけが大量に、健康診断のために並ぶ日があり、サークル側から見れば、ビラ配りの格好の機会になるのでした。
健康診断の会場そのものは建物の中ですが、なにしろ数が多いので、全員は入りきれません。建物の外に長蛇の列が出来ます。
その間に、並んでいる一年生にビラが配られるので……。
同じビラ配りであっても、入学式の時とは違います。あの時は、歩いている一年生が相手なので、配る側は立ち止まっていました。駅前のティッシュ配りのようなものです。
でも健康診断では、一年生は止まっている方。そこへ、色々なサークルの人間が歩きながら、ビラを配っていくのです。
これ、一見たいした違いはないように思うかもしれませんが、実は大きな意味があります。ビラを配る方が途中で足を止めれば、そこで話し込むことも出来るからです。聞く方は逃げられないので、勧誘する側次第で、口頭で長々と説明することが可能なのでした。
もちろん、無作為に勧誘するわけではないのでしょう。手渡された一年生が、そのビラに興味がありそうな場合にだけ「こういうの興味ある? うちのサークルは……」と積極的に話しかけるのでしょう。
しかも、健康診断における一年生の勧誘は、列に並んでいる時だけではありません。健康診断が終わって出てきたところでも、同じようなビラ配りが行われています。
なお、健康診断そのものは、視力検査や問診などの定番を経て、確か最後は尿検査と胸部レントゲン検査。いくつかの建物を移動しながら行う形態でした。だから入り口と出口は、かなり離れています。
わざわざ出口について言及したのは、その近くに、健康診断とは別の仮設備が用意されているからです。
いくつかのサークルが、テントを張って待ち構えているのでした。
テントといっても、
とにかく、サークルごとにテントを設営して、一年生を取り込もうと、手ぐすね引いて待っているわけです。
だから出口のビラ配りでは、「あちらのテントで、説明会をしています!」という感じに声をかけています。
実は最初に並んでいた間も、ビラ配りする者から長々と話しかけられた場合は、最後に「出口の近くにテントがあるから、終わったら立ち寄ってね!」と言われるのが普通でした。
新歓テントにおける説明会。『説明会』という言葉を使ってしまうと、「会議室に人を集めて、壇上の者が説明していく」みたいな、一対多を思い浮かべるかもしれませんが、それとは少し違います。
一年生一人にサークル側の人間が一人か二人、つきっきりになって、お菓子や飲み物を出しながら、色々とおしゃべりする形です。基本はサークルの説明ですが、世間話などもしながら、一年生の心の隙間に入り込んでいきます。
大学に入ったばかりで、まだ選択授業に関してもよくわかっていない一年生です。だから、特に「この先生の講義がオススメだよ!」みたいな話題は、世間話には最適です。先輩から良いアドバイスをもらったとなれば、一年生の方でも「親切にされたから、このサークルに入ってみようかな」という気持ちになるかもしれません。
……というような新歓テントの実情を知ったのは、二年目以降でした。
私自身が一年生として健康診断に並んでいた時は、確かに色々なサークルのビラを受け取りはしたものの、合唱サークルの人に話しかけられることはありませんでした。
合唱サークルに入りたい、という気持ちがあっただけに、もし声をかけられたら喜んでその合唱サークルに入っていたはずですし、実際サークルに入った後で「健康診断では全く話しかけてもらえなかった」と言ったら、かなり驚かれたくらいです。
雰囲気的に私は、どう見ても体育会系ではなく文化系。そういう人間には片っ端から声をかけるのが、合唱サークルの勧誘の基本ですからね。
では、なぜ私に声をかける者はいなかったのでしょうか?
人を寄せ付けないような、独特のオーラを発していたのでしょうか?
今にして思えば。
中学・高校・浪人時代の私は、かなりの読書好きであり、例えばバスや電車を待っている間も、必ず文庫本を開いているような子供でした。
大学に入ったばかりの頃は、まだその習慣が続いており、ならば健康診断で並んでいる間も、おそらく本を読んでいたはずであり……。そのせいで「これは話しかけても無駄」と思われたのかもしれません。
理由はともあれ。
こうして、健康診断は最大の新歓イベントだったのに、そこでは合唱サークルとの接点を作れず、私は合唱と縁のない状態で、大学生活をスタートさせたのでした。
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