中学・高校時代

   

 前回の小学校時代のところで「中学は私立の進学校へ行く」と書いたように、中学・高校は公立ではなく、私立でした。

 中高一貫の男子校です。

 クラブ活動の中に合唱部というものは存在せず、『合唱』とは無縁の6年間となりました。

 ただし「『合唱』とは無縁の6年間」といっても、歌を歌う機会はありました。音楽の授業がありますからね。

 特に、高校の授業に関して少しだけ語りたいのですが……。

 その前に。


 私の通っていた学校は、中学が一学年300人。高校から新たに100人加わって400人になる、というシステムでした。

 今は違うと思うのですが(確か問題になったはず)、当時の教育制度では、中学のうちに高校の単位を取ることが可能。そのため高校一年目の授業は、中学からの300人と高校からの100人(『新高』と呼ばれていました)とで、色々と異なっていました。

 例えば。

 中学からの私たちは、高校一年目に一つだけ芸術科目を選択。その間『新高』の人たちは別の授業(私たちが中学のうちに履修した分)があるので、『新高』は二年目に芸術科目を選択する、という形になっていました。

 この芸術科目。

 四つか五つくらいから一つ選ぶシステムだったと思います。音楽には楽器を扱うものもありましたが、私が選んだのは『歌唱』という科目でした。

 合唱ではないものの、とりあえず歌ですね。

 しかも。

 先ほど『高校一年目に一つだけ芸術科目を選択』と書きましたが、希望すれば二年目でも履修して構わないシステム。もう記憶にないのですが、三年目も可能だったような気がします。

 私の場合、二年目も『歌唱』を選択しました。せっかく歌を歌える機会なのだから、と思って。

 とはいえ、わざわざ授業を増やすような物好きは、ほとんどいません。同じクラスで私の他に二年目の芸術科目は、美術系を選択した者が一人いるだけだったと思います。私一人で『歌唱』を選択するのは恥ずかしいので、中学時代の友人(高校は別のクラス)を付き合わせたのを覚えています。


 ちなみに、高校の建物には音楽室も美術室もないので、芸術科目の授業は中学の建物で行われていました。駅前からの大通りに面しているのが高校校舎で、その裏側、細い道を一本隔てたところにあるのが、中学の敷地です。

 中学の音楽室は、三階だったはず。二階にある職員室の真上でした。


 さて、『歌唱』の授業内容がどんなものだったのか、肝心のその部分は、あまり覚えていません。いくつかの歌曲の楽譜を渡されたことだけは記憶にあるので、おそらく一学期に一つずつ課題曲があったのではないか、と思います。そうした歌曲の一つと、後に大学の合唱団のボイストレーニングで再び巡り会うこともありました。



 ……と、少しだけ『後に』という形で先のことを書いてしまいましたが。

 ここまでが、中学・高校時代です。

 その後、一年間の予備校時代を経て、いよいよ大学へ進むことになりました。色々と考えた結果、二十年近く暮らした東京を離れて、京都の大学を選んだため、ここで大きな引っ越しです。

 ワクワクドキドキの一人暮らし。何を持っていくか、何を実家に残していくか、という選別で……。

 机の中から出てきた楽譜を見て、私は、ふと考えてしまいました。


 大学進学。

 一人暮らし。

 新しいことを始めるには、うってつけの機会です。

 もう「勉強の邪魔だからダメ」なんて言う人もいないから、合唱を趣味として本格的に始めることも、可能なはずです。

 そう、理屈の上では『可能なはず』なのですが。

「はたして、本当にそうだろうか?」

 新生活を始める前から、私は後ろ向きな気持ちになっていました。

「全く新しいことを始めるような度胸や勇気が、自分にあるだろうか?」


 この時の私自身の気持ち、うまく説明できる自信がありません。

 私にとって、それだけ『合唱』というものが特別なものであり、気軽に始められるものではなかった……。そう言ってしまうのは簡単ですが、それだけでは足りない気がします。

 もしかすると、なまじ小学校でコンクール強豪校という雰囲気を見ただけに、『合唱』は高尚なもの、というイメージがあったのかもしれません。

 何にせよ、一番大きな理由は、私自身の弱気だったのでしょうが……。

「今さら新しく『合唱』を始めるのは、おそらく無理。大学デビューなんて、私には無縁な話」

 と結論づけて。

 小学校の合唱クラブや高校の歌唱の授業で配られた楽譜。印刷された本ではなく、白い紙にコピーされたものですらなく、茶色の藁半紙に印刷されたものばかりだったと思いますが……。その全てを、京都へ持っていく中に入れるのでもなく、実家へ残す荷物に分類するのでもなく、きれいさっぱり捨ててしまいました。


 私にとっての『合唱』は、憧れの存在であり、恋慕の対象だったのでしょう。

 好きだった異性の写真や手紙などを、未練を断ち切るために捨てる……。そんな心理状態に近かったのかもしれません。

 そう考えると、この当時の私の心境をうまく表現できるようになれば、恋愛小説の執筆にも活かせるのだろう、と思います。

   

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