小学校の合唱クラブ(中編)

   

 さて、小学校の合唱クラブの話の続きです。

 そのような「凄いクラブ」だったので、四年生になってクラブを決める際、合唱クラブには入部希望者が殺到しました。

 音楽が好き、歌うことが好き、合唱が好き……。それだけではなく、ミーハー気分で「凄いクラブだから」という理由で志望してしまう子供もいたのでしょうね。前回、全校生徒が体育館に集められて合唱クラブの演奏を聴く、というエピソードを披露しましたが、そうやって学校全体で「合唱クラブは凄いんだぞ」という特別感みたいな空気を作り出してきた弊害でしょう。

 そんなわけで、入部希望者の何割かは、担任の先生から「他のクラブにしておきなさい」と説得されて諦める、という形になりました。

 しかし、ここで合唱クラブを希望するのは、ほとんどが女の子。男で音楽をやりたがる者は少ないから優先されて、私は「入りたいです」と手を挙げた段階で、すんなりと入部が許されました。

 私の合唱人生のスタートです!


 さて、ここで、前回予告した『そんなに甘くありません』という点。

 既に述べたように、私が通っていた小学校は公立です。区立です。先生たちは皆、その学校の専属ではなく、区に雇われているようなもの。

 つまり、同じ学校に一生勤務し続けるわけではなく、何年かしたら、同じ区内の別の学校に転属となるのです。

 合唱クラブの顧問をやっていた「凄い先生」も、この運命からは逃げられません。ちょうど私が四年生になった時、他の学校へ去って行きました。


 ほら!

 漫画やアニメの部活もので、よくあるじゃないですか。弱小校に優秀な顧問の先生が赴任してきて、部を立て直す、みたいな展開。

 私が「はじめに(後編)――こんな小説を書いてみたい――」で例に出した『響け! ユーフォニアム』でも、主人公が入る吹奏楽部は、すっかり落ちぶれて駄目になっていたのに、滝先生というキャラクターがやってきたことで復活する、という展開でしょう? 『響け! ユーフォニアム』は題材が吹奏楽部でしたが、音楽に限らず運動部でも同じですよね。成長というカタルシスを描く、というのは、昔ながらのスポ根の王道ですから。

 それの逆バージョンですよ!


 まあ滝先生の例では少し事情が異なりますけど、一般的な「優秀な顧問の先生が赴任してきた」の場合、物語では描かれていないものの、その先生の前の学校、つまりその先生がいなくなった学校というのが存在するのです。

 突然、優秀な指導者が抜けたクラブの惨状。その凋落ぶりを描いても物語的に面白くないから題材にならないのでしょうが、ええ、そうです。現実は惨状ですよ! 特に小学生のような低年齢の場合、指導者次第という傾向が強くなりますからね!

 私が入った合唱クラブでは、合唱コンクール強豪校という誇りは、すっかり過去の栄光になっていました。


 といっても。

 私自身は、自分が入る前のクラブの状態、身を以て知ることは出来ません。凄い顧問の先生が実際どれだけ凄かったのか、よくわからないのです。

 ただ、一度だけ。

 別の学校へ赴任してしまった「凄い先生」が、ゲストで来てくれたことがありました。そして新しい顧問の先生も了承の上で、前任の「凄い先生」が代わりに練習をみてくれる、という時間があったのです。

 正直、合唱を始めたばかりの私では、何がどう凄いのか、具体的にはわかりませんでしたが……。

 一つだけ、ハッキリと感じ取れたことがありました。

 それは、空気の違いです。

 子供でもわかるくらいに、びっくりするくらいに違うのです。

 もしかすると「凄い先生」の熱気もあったのかもしれませんが、それよりも顕著だったのは、音楽室全体の空気でした。特に昨年まで指導を受けていたはずの五年生や六年生でしょうか。もう理屈ではなく肌で伝わってくる、というレベルで、勢いが違うのですね。

 周りの態度の変化から間接的に、

「ああ、この先生は本当に凄いのだ」

 と、まだ音楽に無知な私でも、理解できたような気になりました。

 少し逆説的ですが、ああいうのを経験してしまうと、それこそ『響け! ユーフォニアム』で「滝先生が来たら短期間で吹奏楽部がガラッと変わった」というのも、とても現実的な話に思えてきます。

   

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