第4話愛を求む者が歩く下り坂

 『話を去年に戻して、全治が見届けた愚者の話を書く。』


 九月一日、全国の学校で二学期が始まった。

「これから君たちを教える、東進太郎だ。よろしく!」

 六十過ぎで白いちょび髭がトレードマークの男は、元気な声で言った。

「えっとー、千草全治君は誰かな?」

「僕です。」

 全治は手を上げた。

「千草君、君の事は決して除け者にしない。君の前で誓うよ。」

「ありがとうございます。」

 全治は頭を下げた、それから東は授業や放課でも全治に気を使うようになった。


 九月五日、昼休みの校内で全治は黒之と出会った。

「君、どうやら担任に可愛がられているようだね。」

「可愛がられている?僕はそう感じないけど?」

 全治は東にこれという特別扱いされた記憶が無い。

「まあそりゃそうさ、きっと神林の件を気にしての事だから。」

「ああ、学校を辞めたんだよね。」

 全治に嫉妬し冷遇した神林はこの事が問題になり、教職を辞職しただけでなく「小学生に嫉妬なんて・・・。」と妻や息子から人としての信用も失ってしまった。

「そうそう、それで静岡へおさらば!ざまあみろだ!」

 ちなみに高須家は父が教育委員会の会長兼PTAのリーダであるため、先生の事情には詳しい。

「言っておくけど、東は来年度までのつなぎだから。じゃあね!」

 全治は黒之に言葉の意味を聞きたかったが、黒之は行ってしまった。



 九月七日、千草が教室で本読んでいると三人の少女がやってきた。

「千草君、話しがあるんだけどよろしくて?」

 真ん中にいた少女が、お嬢様口調で言った。

「いいよ、何?」

「あなた、校内の誰もから可愛がられているじゃない?それは何故か教えなさい」

「教えるけど、どうして?」

「そりゃ気に要らないからよ、私の邪魔なんだから。」

「そうそう、新美さんはこのクラス一の人気者になるんですから。」

「そうですは、貴方なんてすぐに普通の小学生になってしまいますよ。」

 新美美奈須というこの少女、二年生の間ではすっかりマドンナ気取りになっている。隣の二人も、友達というより取り巻きに近い。

「・・・僕って、人気者なの?」

「・・・・っ!気づいていなかったの!?」

 全治はこくりと頷いた。

「だって成績はいいし、先生から気にかけてもらっているし!」

「それは勉強をよくしているからで、高須君が言っていたけど担任は僕が冷たくされていたのを、気にかけているだけだよ。」

「はん、そんな事なのね・・。いいわ、せいぜい明日から一人になるといいわ。」

「美奈須を怒らせたらどうなるか・・。」

「明日から思い知るといいわ!!」

 新美と二人は去っていった、全治は後ろ姿を見ながら首を傾げるだけだった。


 九月八日、全治は黒之と会った。

「千草君、新美さん達と話していたそうだね。」

「うん、見てたの?」

「うん、ていうか新美さんの名前知ってる?」

「知らない。」

「美しいに奈須で、ビーナスだって!どこの女神様だよ!!」

 黒之は馬鹿笑いをした。

「そういえば新美さん、話した後怒っていたけど何か悪いことしたかな?」

「ていうか、何したの?」

「どうしてみんなから気にかけてもらえるか質問されたから、正直に答えただけだよ。」

 黒之は「ああ・・。」という顔をした。

「それは君の幸運が気に要らないんだよ、生まれながらの運命がね。」

 黒之はそう言って去っていった。


 その日の昼放課、北野とサッカーをしていた全治。終了時間が迫り教室に戻ろうとした時、北野に話しかけられた。

「何かお前の変な噂が流れているみたいだけど・・。」

「噂?どんなの?」

「お前は親がいないから孤児院育ちだろとか、変人で才能を無駄にしている可哀そうな子とかもう滅茶苦茶だよ!!」

「そうか、今度新美さんに聞いてみるよ。」

「俺は千草がそんな奴じゃないの知ってるぜ!」

 北野は全治を励まそうと胸を叩いた。



 九月九日、窓の外を見ている全治を見て新美は悔しそうな顔をしていた。

「いびりが通じないなんて・・・、こうなったら奥の手を使うしかない。」

 新美の目的は全治を従わせることで、自分の力を見せつけ二年の全生徒から可愛がってもらうことだ。そこで全治の良からぬ噂を流して、全治の孤立化を図ったが見事に失敗した。そこでとうとう全治を嵌めることにしたのだ。

「このヘアピンをあいつの筆箱に・・。」

 全治がトイレに行こうと席を立った時、新美は素早く教室に入って机の上の筆箱に、自分のヘアピンを入れた。

「ふふふ・・、見てなさいよ。」

 新美は悪女の笑みを浮かべた。


 その日の昼放課、全治は東から「新美さんのヘアピンを取ったって本当?」と尋ねられた。全治は否定したが、東が筆箱を確認すると中にヘアピンが入っていた。

「・・・とにかく校長室に来てくれ・・。」

 全治は素直に東と一緒に校長室に向かった、校長室には校長と新美と新美の父がいた。

「全治!!よくも私のヘアピンを盗んだわね!!」

 新美が激昂し全治を指さした。全治は沈黙している。

「何か言いなさい!この孤児が!」

 新美の父も怒っている。

「僕には、新美さんのヘアピンを取った覚えが無い。」

「知らないふりしないで!あんたの筆箱に入っていたんだからね!」

 すると無意識にゼウスの声がした。

『全治よ、あの少女をよく見て質問するのだ。』

「いいけど、どうして?」

『そうすれば、道は開ける。』

 全治はゼウスに言われた通りにしてみた。

「じゃあ僕がいつあなたのヘアピンを取ったのか教えて?」

「は?取ってないわよ?」

 新美のセリフに、一瞬校長と東と新美の父は固まった。

「じゃあどうして僕の筆箱に、あなたのヘアピンがあるの?」

「そりゃ、私が入れたからよ。あなたが席にいない間に。」

 新美は言っては行けないことを言った、新美は気づいたが本音が止まらない。。

「どうしてこんなことしたの?」

「だって、学校一可愛がられているのは私だけでいいの!!あんたを悪人にして、私は一番になりたかったの!!」

「可愛がられることがそんなに大事なの?」

「そうなの!だって私は小さい頃からそうだったの!!」

「可愛がられることの何がいいの?」

「だって・・・だって・・・それが・・・愛なんだから!!」

 新美は泣き出した、三人の大人はようやく声を出した。

「ど・・どうやら、今回の件は新美さんのいたずらのようですな。」

「千草君、疑ってすまなかった。」

「美奈須!!何てことをしてくれたんだ、我が家の恥だぞ!!」

 父に怒鳴られた新美は泣き出した。

「千草君、家の娘が申し訳なかった。」

 父は左手で新美の頭を持ちながら、頭を下げた。

「いいよ。僕は気にしていないから。」

 その後、全治は校長室を出た。


 後日、新美とその両親が全治の家に来て改めて謝罪した。ここで新美の父は、全治が孤児じゃない事を知り、更に頭を下げた。その後新美はこの一件が学校内に知れ渡り、友達も失い誰からも話しかけられなくなってしまった。

「ゼウス、愛って何だろう?」

 廊下の物陰で全治はゼウスに尋ねた。

「一言では言えない、そして失いたくないこの世のものだ。」




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全能少年「末路を見届ける者」 読天文之 @AMAGATA

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