第3話巻き戻しの代償

 夏休みも後半に入り始めた頃、全治は親戚の所へ行っていた。

「あなたが全治君ね、よろしく。」

 黒髪が美しい東愛実が言った、愛実は全治の叔父(千草雄二)の妻(千草裕子)の姉であり、叔父からすれば義理の姉である。

「よろしく、ところでどうしてあなたはお腹がパンパンなの?」

「こら!姉さんは妊娠しているんだ、失礼だぞ。」

「いいのよ、いい子が生まれるといいわね。」

「おーよしよし、生まれてきたらおばちゃんが可愛がってあげますからね。」

 雄二と裕子が、愛実のお腹をさすった。そして数時間後、愛実は買い物へ行こうとした時に雄二が全治に言った。

「全治、愛実を手伝ってくるんだ。」

「いいけど、叔父さんはいいの?」

「いいんだよ、良い散歩になるから。」

 全治は愛実の荷物持ちとしてお使いに出かけた、十分程歩いた所にあるスーパーで買い物をして帰ろうとした時だった。

「きゃっ!!」

「おっと、大丈夫!」

 全治は横に倒れてきた愛実を、素早く荷物を置いてかばった。

「ありがとう。・・・あっ、ひったくりよ!!」

 愛実が指さす方には、自転車に乗りながら愛実のカバンを持つ男の後ろ姿があった。

「全治、取り返すのです!」

「よし!」

 眷属のホワイトに促され、全治は走り出した。もちろん全知全能なので、自転車にすぐ追いついた。そして男の脇腹を思いっきりつねった。

「いだっ!」

 男は悲鳴をあげ、自転車は左右に大きく揺れる。全治が手を放すと、自転車は倒れて男はそのまま落ちた。

「ふう、さあ取るか。」

「いだだ・・・、てめえ何してくれた!!」

 男は立ち上がり、全治を睨んだ。

「僕はカバンを返してほしいだけだよ。」

「返すわけ無いだろ!!どうやら分からせる必要があるようだな。」

 男は右手を握って振り上げた、そして全治の顔を殴ろうとした瞬間、全治は男の右手を受け止めた。

「なっ、なんだこいつ!!」

「早くカバンを返してよ。」

 全治は男の右手を握り続けた、全知全能なので男は格闘家に握られているかのような痛みに襲われた。

「痛い痛い!!参った、降参、ギブアップ!!」

 全治は男の右手を放した、しかしこれは男の罠で男は左手で全治を殴った。

「どうだ見たか!!どこかのガキが調子に乗ったところで・・。」

「そこまでだ、傷害罪の現行犯逮捕だ!!」

 お巡りさんが男を取り押さえた、どうやら偶然交番が近くにあって、騒動を見た誰かが知らせてくれたらしい。こうして全治は愛実のカバンを取り返すことが出来た。


 その日の夜、全治は裕子の元子供部屋で寝ることになった。全治が風呂上りに部屋に入ると、愛実がゼウスの魔導書を読んでいた。

「それ、僕の本。」

「えっ!!あっ、そうなの。勝手に見てごめんなさい。」

 愛実は全治に魔導書を渡すと、全治に質問した。

「全治くん、有り得ないと思うけど・・・、もしかして君はこの本が使えるの?」

「うん、そうだよ。」

 愛実は「まさか!!」と思い、核心を突く質問をした。

「君は・・・・その・・、全知全能なの?」

 全治は少し黙ったが、首を縦に動かした。

「全治、そう簡単に明かしていいの!?」

「いいよ、どうして秘密にしなきゃいけないの?」

 ホワイトは何も言えなかった。

「ねえ、誰と話しているの?」

「僕の眷属のホワイト、元は白熊の抱き枕だけどね。」

「そうなんだ・・・。」

 抱き枕を眷属にすることといい、ひったくりからカバンを取り返す時に見せたあの常軌を超えた身体能力といい、愛実は全治がただ者ではないという事を肌で感じた。


 そして夏休みも終わり時が過ぎた十一月十一日、愛実が出産することになったという早急の電話があり、家に居たにいた全治は連れられる形で雄二の車に乗り、病院に向かった。

「それにしても急だな出産は、昨日入院したというのに。」

 愛実が入院している病院は全治の家から車で三十分のところにある。病院に着くと雄二と全治は車から降りて、分娩室前に向かった。

「裕子、生まれたか!」

 雄二が言った時、「オキャー!!」と分娩室から声がした。

「今、生まれたわ!!」

「おおーっ!凄い偶然だ。」

 愛実の赤ちゃん誕生に三人は喜んだ、その後遅れてきた愛実の夫も合流し、赤ちゃんは五人から祝福を受けた。

 しかし愛実と夫には正直気がかりがあった、実は出産前の検査で「赤ちゃんはダウン症です。」と告げられた。この時すでに中絶できる期間を過ぎていたので、やむなしに出産した。夫は赤ちゃんを大事に育てると誓ったが、愛実は自分の子供に納得できないところがあった。このことは夫と愛実だけの秘密にしていたのだが、退院してから三日後に愛実は、家に来ていた全治に声をかけた。

「全治君、ちょっといい?」

「いいよ。」

 愛実は全治を赤ちゃんが寝ているベッドの所に連れていった。

「全治君、君の力でもう一度妊娠させて。」

「妊娠?・・・どうして妊娠したいの?」

 全治は質問と同時に愛実の顔を見た、愛実の目は狂気に満ちていた。

「この子は不運で失敗作になってしまったの、だからもう一度健康な子供が生みたいの。」

 その時全治の手に魔導書が握られていた。そしてまたページが光っていたので、そこを開いた。

「全能修正・生きる者に与えられし障害を無効にする、しかし修正された者は平凡な未来を進み機会に遭遇しにくくなる。」

 書かれている文章を読むと、愛実が意味を尋ねた。

「これを使えばその赤ちゃんのダウン症というのが治るって、ただ今後の人生が平凡になってしまうけどね。」

「これじゃないわ!私は幸治(赤ちゃんの名前)なんて育てたくない!!」

 愛実は髪をかき乱しながら叫んだ。

「どうして育てたくないの?あんなに痛い思いして生んだのに?」

「私は何も問題が無い子供を育てたいの!たとえ治っても幸治を愛せない!!」

「愛せないなら、初めから生まなきゃ良かったんじゃないの?」

「うるさい!もう手遅れだったの!」

 愛実は全治をビンタした、その時魔導書が全治の手元から落ちて開いたページが、どす黒く輝いていた。

「過去転生・その者の命を無くし、その者の状態を生を授かりし時までに転生させる。ただし一つの命につき、一度きりしか使えない。」

 全治が文章を読み終えると、愛実は目を輝かせながら言った。

「これよ!この魔法を使いなさい。」

「いいの?この魔法は一度しか使えないんだよ?結果がどうなるかは・・・・分からない・・。」

「いいんだよ、とにかく別の子供が産めるなら!」

 愛実の倫理外れで歪んだ思想を叶えるため、全治は呪文を唱えた。

「命よ、一度尽きてまた生の道を歩け。そして定めを刻め。」

 魔法陣が幸治から命の輝きを奪い、それを愛実のお腹に渡した。


 幸治は全治の魔法で死んだが、警察は「原因不明の突然死」と断定した。それに愛実の新たな妊娠も分かり、愛実の夫も雄二も幸治を亡くした悲しみを以外にも早く忘れてくれた。


 そして翌年の五月、全治は雄二と病院に来ていた。愛実の夫も来ていたが、愛実は酷い難産に苦しんでいた。

「おめでとうございます。、男の子です。」

 医者が分娩室から出てきた。

「愛実は、愛実は無事か!!」

「・・・残念ながら・・・。」

 医者は肩を落とし、夫は泣き崩れ、全治と雄二は微妙な感じに何も言えなかった。



 

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