人間とアンドロイドⅢ
河野章
第1話 人間とアンドロイドⅢ
「私が、あなたの後見人になりました」
そう言って、そのアンドロイドは少女に綺麗な礼をした。
昨日、両親を亡くしたばかりの少女は意味も分からずに「彼」を見上げた。
アンドロイドは喪服姿の青年の姿をしていた。
両親以外に身寄りの無い彼女の元に、葬式の当日の朝、派遣されてきたのが彼だった。
交通事故だった。両親は同時に逝ってしまった。
少女は広野美咲といった。
美咲は小学2年生、両親の死は理解したが、理解したからといって何ができるわけでもない。次々と差し出される書類にサインする権利も力もなかった。
そこに、市から派遣されたのだと言って彼がやってきたのだった。
書類にサインをし、少ない参列者に挨拶をし、合間に美咲に食事をさせる。
青年は、美咲でも受け入れやすい柔和な顔つきをしていた。
葬式の間中、彼女の手をアンドロイドは握っていた。
ふんわりと柔らかな手は温かく、母の手を思い出させた。
式は粛々と進んだ。出棺が間近に迫った。
数人の大人たちが手に花を握って2つの棺へと近づく。棺の中の両親を花で飾っている様子だった。
(そんなことをしたって、起き上がってきやしないのに……)
美咲はそんなことを静かに考える。
昨日の通夜から一度だって、涙は出ない。
ふわふわと現実感の無いセレモニーが続いている。そんな気がしてならない。
両親の顔も、死後一度だって見てはいなかった。
アンドロイドに手を引かれて棺に近づくと、周囲の大人の同情の視線と溜息が頭上から振ってきた。
(泣けば良いのかな……)
頬を抓ってみたが、やはり涙は出なかった。手に花を握らされる。
棺は美咲の背丈より高い位置に据えられていた。
アンドロイドが手に花を握った美咲を抱き上げる。
父親の、花で埋もれた襟元が見えた。
「……だ」
ふいに、美咲本人でも制御できないかすれた声が漏れた。
「嫌だ……」
父親の鼻先と顎とが見えて、美咲には冷えた肌の色が人形のように感じられる。
「嫌だよ」
美咲は身をよじった。気づけば必死に抵抗して、泣いていた。これ以上見たくなかった。
大人たちは最期のお別れだからと、宥めて献花を勧めてくる。
意味が分からずに怖かった。
アンドロイドは一度美咲を床に下ろした。正面から、美咲の目を見てくる。
青い瞳なんだと、こんな時なのに美咲はびっくりした。
アンドロイドは彼女に顔を近づけてくる。
「そんなに、見たくないですか?」
耳元で囁かれた。
「顔を、見たくないんですよね?」
同情のない、確認だけの無機質な声だった。
その声に美咲は泣きじゃくってうんうんと頷いた。
なぜだかわからないが怖かった。
両親の顔を見ることは、何としても避けたかった。
「分かりました」
アンドロイドは片腕で美咲を抱え直すと、そっと彼女の目元をもう片方の手で覆った。
「……っ」
「目を閉じて、そのまま手を伸ばしてください」
「……うん」
美咲は、言われるままに花を置いた。
「上手ですよ。……きちんと胸元に置けました」
カサリと花が着地する音がする。その音に、暗闇に、美咲はホッとする。
母親も同じようにしてもらって、周囲からは一層の泣き声が漏れた。
けれどもう、美咲は冷めた気持ちにはならなかった。
ほんの少し寂しく、役目を終えた誇らしさも感じていた。
床に下ろされて、涙を袖で拭う。
気づいたアンドロイドがハンカチで目元と腕を拭いてくれる。
「涙は止まりましたか?」
アンドロイドが手を握り直しながら、小さく聞いてくる。
こくんと頷くと、アンドロイドは小さく苦笑した。
「子供は泣くものだと教わってはいました……泣かしてしまって、どうしたら良いか迷いました」
戸惑いを顕にするアンドロイドを、美咲は目を丸くして見上げた。
「……秘密ですよ」
「……」
片目を器用につぶってみせるアンドロイドに美咲は小さく笑った。
彼とならやっていけるかもしれない。
ぎゅっと手を握ると、同じ力でアンドロイドが握り返してくる。
2つの棺が閉じられる。
上から布がかけられて、もう顔は見えない。
「っ……」
美咲は泣いた。
寂しさが全身からこみ上げる。
泣いて泣いて、棺を抱える大人たちとともにアンドロイドに手を引かれて式場を後にした。
【end】
人間とアンドロイドⅢ 河野章 @konoakira
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