16 バス

 集大成だったクイズを軽く打ち破られ、しかもそれを前座扱いされてしまった日の帰り道。


 僕は歩きながら、ずっと下を向いていた。外は暗くて、寒くて、冷たい向かい風が吹き、余計に気分が沈んだ。


 昨日からの積雪状況に変わりはない。むしろ車道に至っては雪なんてほとんど溶けていたけれど、学校の方針により、生徒の自転車通学は禁止になった。禁止期間が明けるまでは、僕もバスで通学する。今日の公民館からの帰りもバスだった。


 しかしぼうっとしていたせいで、完全に乗り過ごしてしまった。降りるべき停留所から三つも過ぎてから下車し、僕は来た道をとぼとぼと戻っていた。


 黙々と歩いていると、同好会での出来事が頭に浮かんで、そのたびに僕を苦しめた。


 まだまだ戦える、という熱い闘志は……正直なところ湧いてこなかった。僕らしくないと思うけれど、それが本音だった。


 あの後、九先輩が口にした言葉は少なかった。そのどれもが鼓膜に張り付いたみたいに、しつこく脳内で繰り返されている。 


 第四和室の退出時間が近づいた頃合いに、彼女から『楽しいナゾ解き問題50選』という書籍を手渡された。クイズ作りの参考にしろ、とのことだった。


 僕がそれを力なく受け取った時、彼女はこう告げた。


「出口君、もっと勇猛果敢に向かってきなさい。あなたなら、まだまだできるはずでしょう?」


 いつもより声を荒げるような言い方だった。叱咤激励というやつだろう、それも半年間で初めての経験だった。やはり勝負が始まってからの先輩の態度は、少しずつ変わってきていた。きっと、僕がいくつか良い問題を作ったことで、ある程度みとめてくれたのだと思う。とりあえず、塩を送られるくらいには。


 でも、これからはどうだろう。心に致命傷を負った僕は、先輩のその言葉に、自信を持ってイエスと応えることができなかった。


 彼女は静かに息をついた。


 ──もう、勝負はついてしまったのかもしれないわね。


 そのまま僕たちは公民館の前で別れた。


 別れぎわに先輩がどんな表情をしていたのかは、わからない。僕にはそれを確認する勇気はなかった。



 その翌日の十二月十三日は、葛藤の一日だった。


 僕は相変わらず新しいクイズを作っていた。授業中にぽんと思いついたら、それをノートに書き起こしたり、先輩から借りた『楽しいナゾ解き問題50選』に掲載されている問題を別の角度から再構築し、応用問題を作ってみたり。


 ……しかし駄目なのだ。数分後にそれらを読み返してみると、どうしても駄作にしか感じないのだ。どれも先輩にとっては前座レベルであり、ウォーミングアップ程度のクイズだった。そんなの、見ればすぐにわかってしまう。


 結局、僕はその問題文に大きなバツ印を刻んでは、一人でひそかに落ち込むのだった。


 そんな折に、僕はさらなる追い打ちを受けた。


『楽しいナゾ解き問題50選』


 その本の中に、なんと僕が作った集大成とほぼ同じ切り口のクイズが、すでに掲載されていたのだった。


 気づいたのは昼休みの教室だった。その事実を知った途端、友達の話が全然耳に入ってこなくなり、僕は本を持ったまま席を立った。一人になれる場所を探した。あまり人が来ない一階のトイレの個室に入り、もう一度その箇所を入念に読み直した。


 何度読んでも内容は一緒だった。それに、昨日の結果が変わることもない。


 引きちぎりたくなった。借りものでなければ、間違いなくびりびりにしていた。


 代わりに僕は自分のひざを叩き、指を噛み、制服袖のボタンをむしり取った。とにかく悔しくて、一人もがいた。


 半年間の集大成──なんて意気込んでも、せいぜい誰かが作ったものを後追いする程度のアイディアでしかなかったわけだ。過去に飽きるほどそれらを解いてきた先輩に、そんなにわかのクイズが通用しないのは当たり前だ。


 要するに僕が馬鹿だった。はじめから勝負になんてならなかったのだ。どれだけ新しいクイズを作ったところで、先輩にとっては何も新しくないし、解けないわけがなかったのだ。


 そんなふうに精神的に参っている状態の僕ではあったけれど、放課後は公民館へ行くつもりだった。納得のいく新作ができていなかったとしても、ナゾ解き同好会のメンバーとして、毎日ちゃんと顔を出すべきだと思ったからだ。


 けれど気持ちとは裏腹に……放課後に学校を出た僕の足は、その反対方向へ進んでいた。


 あれ……?


 気づけば、僕は停留所でバスを待っていた。


 おいおい、どこへ行くつもりだよ? 公民館に行くんじゃないのかよ?


 そんな自分の声が脳裏をかすめるも、僕の足はそこから動かなかった。その時、バスがちょうど到着し、並んでいた生徒たちが続々と乗り込んだ。僕は列に流されるように、その車両に乗った。


 無理だった。


 仮に同好会に参加したとしても。新しいクイズを見せたとしても。九先輩のあの日の落胆の表情を思い浮かべると、心が苦しくなる。辛くなるのだった。


 ……先輩、すみません。あなたが謙信だとしても、僕は信玄じゃないんです。


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