15 今日で決めるつもりです

 どきどきと胸を高鳴らせながら待った翌日の放課後。


 公民館に行くと、今日は事務所のお姉さんが机に座ったまま居眠りをしていた。相変わらず耳にはイヤフォンをしており、「すみませーん」と何回か声をかけて、ようやく目を覚ました。


 彼女は眠そうに目をこすりながら、だらだらと記録簿を窓口に持ってきた。居眠りするのなら、あらかじめ記録簿を外に出しておいてくれたらいいのに。


 まだ先輩がいない第四和室に入り、準備を終える。落ち着かず、無駄にうろうろと畳の上を歩いてから座椅子に腰かけ、先輩を待った。


 ドアが開く。


「お疲れ様です」


「お疲れ様」


 彼女はいつもどおり赤いマフラーを外し、上着と一緒に隅っこに置くと、座布団に座った。リュックの中からノートPCを取り出し、座卓の上に置く。でもそれを開く前に、僕の顔をちらりと見て、彼女はふっと笑みを浮かべた。


「自信がある、という顔をしているわね」


 僕も笑みが漏れた。


「わかりますか?」


「ええ、とてもよくわかるわ。なら、もったいぶらずに早く出題しなさい。時間が惜しいわ」


「はい。じゃあ、いま送ります」


 僕はすでに座卓に置いていたスマホを手に取り、昨日つくったクイズの問題文を送信した。


「渾身の出来だと思ってます。先輩の期待に応えて、今日でつもりです」


「そう、それは楽しみね。ただおそらく、今日も応えられないと思うわ」


「いえ、そっちも応えてもらうつもりです」


「言うわね」


 先輩は挑戦的に微笑み、スマホに目を向けた。


 沈黙が続いた。彼女の瞳が何度も画面の文字を追って動く。


 緊張しつつも、僕の心には余裕があった。


 難問だから、解くために時間がかかるのは当然だ。狙いどおり問題文を上手くキャベツに包めたらしく、彼女から学習時間追加の要求もなかった。まずは第一関門を突破だ。


 おそらくこれからストレッチをしたり、どこかへ一緒に出かけたり……という流れになるだろう。あるいはひらめきを得るために、彼女こそノートを書いたりするかもしれない。そして解けないまま夜になり、ついに午前〇時を過ぎて──


「問題文を読むのに時間がかかったけれど、簡単ね」


 ──え?


 いきなりの発言に、僕は声を出すことすらできなかった。


 先輩は顔を上げないままに続ける。


 やめてくれ。


「答えは、××××でしょう?」


 彼女は小さなバーをひょいと軽くまたいでみせるかのように、その答えと解説を口にしてしまった。


「せ、正解、です……」


 僕は愕然として、その一言を絞り出すのが精いっぱいだった。


 そんな馬鹿な。


 別次元から降ってきたような、渾身の出来だと思ったのに。それを、いとも容易く……。


「どうしたの? 今の問題は、前座みたいなものでしょう? 早くあなたの言う、自信作に挑ませてほしいわ」


 先輩はまた挑戦的に微笑んだ。


 前座。


 おそらく本心からそう思ったのだろう、彼女は次のクイズを期待する目で、僕を見つめた。


 そう勘違いするのも無理からぬことかもしれない。昨日も僕は『自信作がある』と前置きしたうえで、先に簡単なクイズを二問出題してみせた。だから今日もそうなのだろうと、彼女は早合点してしまったのではないか。


 事実を明かすのが辛かった。逃げ出したい気持ちになった。


「実は、今のが……」


「え……?」


 僕がそう告げると、先輩の表情が固まった。やはり勘違いしていたみたいだ。


「すみません……」


「ええと……そう、そうなのね。ではまた、次回かしら」


 彼女は期待に満ちていた目を伏せ、そっと顔をそらした。落胆しているのがよくわかった。


 ふだん冷静沈着な先輩の、初めて見る態度だった。感情をあらわにすることがそもそも少ない人だから、余計にそれが伝わった。


 僕は大きなショックを受けた。心臓が潰れてしまいそうな感じがした。


 その後、僕は何も喋ることができなかった。時間が過ぎるまで、呆然と座椅子にもたれ、うなだれていた。



 それ以来、僕は先輩と────。



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