13 プレゼントに込められた意味は
帰宅して夕飯を食べた後、僕はすぐ風呂に入ることにした。
一番風呂。
さらさらしたサテン生地の巾着袋の中に、もらったピンク岩塩を何粒か入れ、それを持ったまま湯船に浸かる。冷えていた身体の芯がじんわりと温まるのを感じる。ただのお湯に浸かるよりもさらに血行の促進が活発化し、体温を上昇させてくれるという触れ込みだったけれど、果たして本当だろうか。
しばらく湯船でぼんやりしていたら、とりとめのない思考が脳裏に湧いてきた。先輩の家庭のこと、お父さんのこと、それと、
「どうしたら九先輩に勝てるのかなあ……」
僕は呟きつつ、なんとなくその小さな巾着を摘み上げた。湯面にぽとぽと、雫が落ちる。
この雫も、舐めたらきっとしょっぱいんだろうな……いや舐めないけどさ。
そんな無駄なことを考えていたら思い出した。さっき先輩が話していた『越後の龍』って、上杉謙信のことだ。
謙信といえば、戦国最強とうたわれた越後の大名だ。信仰に厚い人物で、自らを毘沙門天の生まれ変わりと信じていたとも言われている。
でも、なんで謙信なのだろう? 先輩ってもしかして新潟生まれなのかな?
「あっ」
僕はそのぶらさがった巾着を見つめ、知らず声を上げていた。
「そうか。そういう意味だったのか!」
彼女の意図にようやく気づき、つい姿勢を正した。
謙信といえば、武田信玄の好敵手として知られている。歴史に詳しくなくとも『敵に塩を送る』という慣用句なら、知っている人は多いはず。
あの言葉は、信玄が甲斐の塩不足に苦しんでいた時に、敵方である謙信が越後から塩を供給した、という史実にもとづいて生まれたとされる言葉だ。本来なら敵である相手にも手を差しのべ、情けをかける行為のことを指す。
……だから、塩なのだ。
先輩の場合は、普通の塩では物足りないと思ったのかもしれない。それくらいなら、『Salty&Bulldog』のヒマラヤ岩塩を送った方が格好がつくし、父親の様子も見れるのでちょうどいい、とでも考えたのだろう。
クイズづくりに苦戦している僕を、彼女は敵ながら応援してくれたわけだ。
「いや……もしかして、今日だけじゃないのか……?」
よく考えてみたら、一昨日の『あたまとり』や、昨日のノート術もまた、先輩なりの敵に塩を送る行為だったのではないだろうか。アイディアが浮かばず苦しんでいた僕に対して、彼女はその手助けをしてくれていたのではないか。
でも真剣勝負である以上、手助けするのはおかしい。だから彼女はそれを明言しなかったのだ。
例えばノート術を教わる時、『何をしようとしているのか?』と僕が尋ねたのに対し、彼女が『再現できるか試したい』としか答えなかったのは、そのためだろう。『僕への手助け』という意図を明確にしてしまうことは、『勝負に負けてもいい』と言っているのと同じだからだ。
もちろんそんなつもりは毛頭ないだろう。僕が超難問を作り上げることを彼女は期待しているが、それは自分がその難問を解くために期待しているだけなのだ。
今日のプレゼントだってそうだ。『敵に塩を送る』というメッセージに加えて、『バスソルト入りの風呂でリラックスして、良いアイディアを出してくれ』という願いも、込められている気がする。
なんとまあ回りくどいのか……。
「まあ、先輩らしいといえば先輩らしいけど」
励まされていること、ちゃんと好敵手としてみなされていることに気づくと、だんだんやる気がみなぎってきた。
よし、やろう。
自分に気合いを入れ、僕は湯船から上がった。
部屋に戻り、僕は新しいクイズ作りのヒントを得るべく、昨日書いたノートをふたたび振り返ることにした。せっかく先輩が教えてくれた方法なのだから有効に使いたかった。
ページを開くと、一つのアイディアが目についた。
『クイズづくりの専門家に外注する』
昨日はナンセンスだとして除外したけれど、なんとなく『専門家』という部分だけは、妙に気になった。
僕はさらにノートを進めることにした。『専門家』というキーワードから、またいくつか矢印を引いて、書き込みつつ思考する。
そしてふと思いついた。
「専門的な分野のクイズを作れば、可能性はあるんじゃないか……?」
例えば、さっき先輩が話してくれたヒマラヤ岩塩やソルティドッグの話。僕には知識がほとんど無いので、もしもそれらにまつわるクイズを出題されたら、答えることができないだろう。検索でもしないかぎりお手上げだ。
つまり同じように、僕もそういう分野を題材にすれば、勝機はあるということだ。先輩はインターネットに頼らないので、さらに有効だろう。
「まあ、最初からわかっていたことか……」
僕は椅子にもたれ、腕を組んでうなった。
今までそういう考えに至らなかったのは、おそらく僕自身が、あたまからその選択肢を排除していたからだ。
なぜ排除していたかと言えば、同好会の原則に反するおそれがあるからだ。小学一年生に高校生レベルのクイズを出題するのと同じようなもので、専門性が高すぎる問題はフェアとは言えない。
『出題者は相手の知識レベルに合わせて問題を作ること。問題文を読解するだけでも相応の知識が必要な場合には、回答者に相応の学習時間を与えたうえで回答させるよう、配慮すること』
これがナゾ解き同好会の原則における考え方だ。規定が曖昧で、判断が難しい。まず出題者は、回答者の知識レベルを把握していないといけないが、九先輩のそれは測りかねる。
ある程度攻めた内容にしても許されるとは思うけど、攻めすぎて先輩の知識レベルを超えたら駄目だ。一時間か、あるいは一日──その期間はわからないけれど、一分であっても先輩に学習時間を与えるのは避けたい。知識さえ得られれば正解率が上がるような問題ならば、先輩は間違いなく正解する。それでは専門性を高めても意味が無い。
ならばどうするか?
たぶん理想的なのは、『問題文を見る限りでは内容を理解できるし、専門性の高さを感じさせないが、そのじつ正解するには専門的な知識が必要なクイズ』を作ることだろう。
たとえるなら『ロールキャベツ男子』だ。
一見すると草食系男子のような控えめな印象だけど、実は肉食系男子のように積極的なところがある男性のことを指す言葉らしい。
……だから何だという感じだけど、要するに、そういう工夫を凝らしたクイズを作ればいい、という話だ。
改めてノートに起こしてみると、自分のやるべきことが視えてきた。もやもやしていた頭の中が、少し晴れた気がする。
ただし一つだけ、大きな問題にぶつかってしまった。
どうやったらそんなクイズが作れるのか、という問題だ。
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