14 ひらめき

 それからずっとノートに向かっていたら、いつの間にか夜の十一時を過ぎていた。


 そろそろ寝ないとな。


 ぐっと伸びをしてから、先にトイレへ行こうと思い、一階へ下りる。


 すると居間から父の声が聞こえてきた。父は早寝早起きを徹底している人間で、この時間に起きているのは珍しい。


 居間を覗くと父はキッチンの奥に立っていて、加熱式タバコを吸いながら、スマホで誰かと電話をしていた。相手の声はよく聞こえないが、親しい間柄のようだ。敬語を使わず、楽な感じで、しかし真面目な顔で話している。


 母と妹の由美ゆみがソファに座り、テレビのニュース番組を観ていたので、訪ねてみた。


「父さん、誰と話してるの?」


「叔父さんとだって」


 テレビに映る大企業CEOの会見には興味が無いのだろう、珍しく妹がすぐに答

えた。これが連続ドラマの重要な場面だったりすると、冷たくあしらわれるか無視される可能性が高いのだ。彼女は風呂上がりのようで、茶色いショートカットの髪が濡れており、首にタオルをかけていた。


「なんか叔父さん、『ニコ福マート』やめちゃうんだって」


「え、やめる?」


 僕は驚き、聞き返した。


 すると母がすかさず注意した。


「こら、由美。まだそうと決まったわけじゃないから、そういうの絶対に学校で喋ったりしたら駄目よ」


 妹はうっとうしいと言わんばかりに顔をしかめた。


「はいはい。ここはあたしの家だし、お兄ちゃんはガッコの人じゃないから、いいでしょ。別にさ」


 中学二年生の妹は、生意気ざかりだ。いや、中学生になる前から生意気な奴だったけど、拍車がかかってきた。


「悟、まだ叔父さんはやめるって決めたわけじゃないのよ。ただ、あのお店を買いたいっていう人が出てきたみたいで……それで迷って、お父さんに電話してきたみたいなの」


「ええっ!?」


 母の補足に対し、僕はいっそう驚いた。


「そ、そんなに驚くこと?」


 二人はむしろ、僕の反応の大きさに対して驚いた様子だった。


「あ、ああ、いや、ごめん」


 僕は言葉を濁した。


 まさか『つい二週間ほど前に、今の話とほぼ同じ内容のクイズを作って店を訪問したばかりなのだ』とは言えない。そういう世にも奇妙な展開は、まったく望んでいない。


「その相手って誰? というかもし売っちゃったら、叔父さんはこれから何するつもりなの?」


「知らないわよ。でも、お父さんに訊きたいなら、明日にしなさい。今日はもう遅いし、いつ終わるかわかんない電話を待っても、しょうがないから」


 母の意見はもっともだった。叔父さんの話は気になるところだけど、何はともあれ明日にしよう。



「はあ」


 部屋に戻ってベッドに転がると、つい溜息が出た。


 岩塩入りの風呂を堪能し、改めて先輩直伝のノート術で思考を整え、次の方向性は見えたものの……それだけでもう、夜は終わろうとしている。ロールキャベツな新作クイズはできていない。


「まあ、できないものはしょうがないのかな……」


 僕はつぶやきつつ、部屋の電気を消すためのリモコンに手を伸ばした。


 その瞬間だった。


「き……」


 ……来た。


 不意打ちだった。どんと脳天に雷が落ちたような錯覚さえあった。


 僕は起き上がり、その感覚に集中した。


 今までばらばらに取得してきた情報の数々が、一瞬にして繋がり合うのを感じる。そして頭の中に、新たなクイズが塊となって形成された。点と点が線で繋がる──かの有名人がそんな言葉を残していたけれど、これがまさにその感覚だろうかと高ぶった。


 僕は立ち上がり、ふたたび机に向かった。スマホ片手にペンを取り、ノートを開く。カギとなるのは専門性と、それを上手くカモフラージュすることだ。


 スマホで検索して調べながら、生まれたままの姿の問題文に、服を着せていく。不備を突かれることの無いよう、入念に見直しをする。


「できた……」


 苦しみの末に、そのクイズは完成した。


 自信作だった。僕の半年間の集大成といっても過言ではない。


 これなら先輩に勝てる! 心からそう確信し、知らず身体が震えた。

 


【問23】

『サラリーマンの田中さんが勤務しているのは、小さな株式会社です。彼はまだ若いですが、その手腕を認められ、先日の株主総会で正式に常務取締役に任命されました。今までより一層やる気になった田中さんは、どうしても今日中に終わらせたい仕事があって、夜遅くまでデスクワークをしていました。


 午後十一時を過ぎ、ようやく仕事が終わる目処がたってきて、彼は日づけが変わる前には帰ろうと頑張りました。すると珍しく、そんな時間に社長が来て、彼にねぎらいの言葉をかけてくれました。社長は何か用事があったらしく、社長室にこもり、がさごそと作業をしているようでした。


 それから一時間後、田中さんはようやく仕事を終えて帰ろうとしますが、社長室から物音がしなくなったことに気づき、不審に思います。彼はその社長室のドアを開け、一言挨拶をしてから会社を出ようとしました。しかし、なんと室内に社長はいませんでした。


 その社長室には、田中さんが開けたドア以外に出入口は無く、身を隠せるような場所もありません。また、窓も完全に閉じられ施錠してあり、誰かがそこから外に出た形跡もありませんでした。天井や床、椅子や机など備品類にも細工は無く、通気口も人が出入りできる大きさではありません。室内は完全なる密室状態でした。


 しかし田中さんの記憶違いということはありません。一時間前、間違いなくその

社長室に社長が入り、彼は一回も部屋から出ていないのです。


 さて、社長はどうやって社長室からいなくなったのでしょうか?


※補足:この問題内でVR機器や薬物など、社長の存在を錯覚させるようなものは使用されていません。すべて事実として起きたことです』

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