03 自殺行為だぜ

「はあ!? お前、馬鹿か!?」


 翌朝の通学路。クラスメイトの桂木かつらぎが、自転車を漕ぎながら声を上げた。


「声がでかいよ。言ったろ、ここだけの話だって」


 僕が注意すると、彼は「だ、だってよ……」と声を潜めた。周囲の視線が集まり、少し恥ずかしい。


「草食系代表と名高いデグチが九先輩に告白したってだけでも、驚きなのによ。ナゾ解き勝負なんて、マジで正気かよ……」


 そんな代表に選ばれた覚えはない。 


「その場の勢いもあったし、ゼロか百かっていう状況だったから。やるだけやらないと後悔すると思って」


 アスファルトには乾いた落ち葉が転がっていて、タイヤで踏むと、ぱりぱりと砕けた。街路樹の枝は、ほとんど裸同然。街はすでに、冬の準備を始めているみたいだ。


「まったく、お前もお前だけど、九先輩も九先輩だな。変人だとは思ってたが、そこまで狂ってるとはなぁ」


 季節はずれの浅黒い顔を歪め、桂木は呆れたように溜息を吐いた。


 実は彼も、かつてナゾ解き同好会に所属していた。僕とは偶然クラスも一緒だったから、よく話をするようになった。けれど彼は一ヶ月もしないうちに、僕とおなじく先輩を怒らせて引っ叩かれ、同好会を去ることになった。


 ただし『それは、それ』という感じで、僕との友人関係は、いまだにこうして続いている。同好会の話題を避ける様子もないので、こいつはこいつで変わった奴だなあと思う。


 話しているうちに学校に着き、僕たちは駐輪場に自転車を置いた。アスファルトに三角形のパイプがずらりと並んでおり、生徒たちが次々と自転車の車輪を挟み、施錠していく。


「で、その勝負のルールは?」


「これ」


 校舎の昇降口に向かって歩きながら、僕はスマホを桂木に手渡した。


「……まず俺は、デグチが九先輩と、マインの『ともだち』になってることに驚いてるよ」


「同好会の活動のためだよ。最近作るクイズがどんどん長文になってくから、先輩から『スマホに送信しろ』って言われてさ」


「ふうん、そうかい」


 彼は眉間にしわを寄せながら、画面に表示しているルールを読みはじめた。


 すると、ちょうど数メートル先を歩いていたクラスメイトの宮本たちが、こちらに気づいて手を振ってきた。僕も振り返した。桂木はまったく気づいていない。スマホを渡しておいて言うのもなんだけど、歩きスマホしながらドブに落ちたりするのは、こういう奴なのだろうなと思った。


 桂木は画面をスクロールしながら、わけ知り顔でふんふんとうなずきつつ、案の定、昇降口の階段でつまづいた。恥ずかしかったのだろう、彼はそのままの勢いで、校舎に突入した。


 僕が昇降口をくぐるころには、桂木はすでに靴を履き替え、待機していた。つまづいたことなど無かったかのように、得意そうな顔で、スマホを僕に返す。


「ま、ざっくりまとめると、『同好会の原則にのっとってデグチがクイズを出して、日づけが変わる前に、それを九先輩が正解できるかどうか』って話だな」


「そういうこと。ナゾ解き同好会らしくていいでしょ?」 


「らしいと言えば、らしいけどよ……」


 次に挙げるのが、詳細なルー

ルだ。昨日の騒動の後でカフェに立ち寄り、先輩と話し合って内容を取り決めた。



【ナゾ解き勝負のルール】


・勝負の期間は11月25日現在から、一ヶ月後の12月25日まで。


・九一美が正解できないクイズを作ったら、出口悟の勝ち。それができなければ九一美の勝ち。


・九一美は出題されたその日のうちに(翌午前0時までに)回答し、正解しなければ負け。


・ヒントや質問は無し。代わりに回答権は二回とする。


・出口悟は同好会の活動時間内か、それより前に出題すること。


・もしも出口悟の都合による、回答の正誤判定が遅れた場合には、その分のアディショナルタイム(追加時間)を設けること。


【勝負における原則】

『ナゾ解き同好会の出題および回答の原則に従い、フェアプレーを重んじること。例えば、出題者があらかじめ設定した正解とは異なる回答がなされた時も、理論上それが正解と成りうる場合には、出題者の不備とし、正解とみとめること。──など』


 

 僕と桂木は並んで廊下を歩き、教室に向かう。


「でもよぉ、そのルールで勝負するとか、マジで自殺行為だぜ、お前」


「いや、勝つ可能性も充分あるでしょ」


 僕がむっとして言い返すと、桂木はやれやれ、と溜息をついた。


「限りなくゼロに近いっつの。あーあ、俺がもしもその場にいたら、殴ってでもやめさせたぜ。マジで」


「はあ? なんで?」


 その時は、絶対に殴り返してやる。


「だって九先輩が決めた『同好会の原則』って、かなり厳しいぜ。そのうえであのハンパねぇ知識量だろ。ハードル高すぎだって」


「まあ、そうかもしれないけど」


「『そうかもしれないけど』ってレベルじゃねえよ。実際にお前、今まで九先輩が答えられない問題なんて、作ったことあるのかよ?」


 考えてみると、答えはわりとすぐに出た。


「……無い」


 惜しいところまでいったことはある……と思う。


「だろ? それじゃあ無理じゃね?」


「無理じゃない」


 僕はすぐに言葉を返した。したり顔でいかにも正論のように言われ、勘に触った。


「いや、絶対無理だっつーの。身ぐるみ剥がされてハイ終わり。哀れな男よ、ご愁傷様」


 だが桂木は嫌味な口調をさらに強め、両手を合わせてみせた。


「やってみなきゃわかんないだろ」


 僕はその場に立ち止まり、桂木をにらんだ。でも怯んだ様子はない。なに怒ってんだよ、みたいな態度だ。あまり気を遣わなくていい楽な相手ではあるけれど、こういうところは腹が立つ。


「これは友達としての忠告だよ。まあ後の祭りかもしんねえけど、よーく考えてみろよ。この世にはよ、やる価値があることと無いことがあるだろ」


「どういう意味だよ?」


「なんであの先輩に執着するんだよ? 確かに美人だけどよ、あのくらいのレベルなら探せばいるじゃんか。そこまでリスクと時間をかけてまで追いかけるほどの見返りが期待できるか? 俺と一緒に同好会追放軍の仲間入りした方が、きっと楽しいぜ」


「美人だからとか、そういう話じゃない」


 リスクが大きいのは承知しているけれど、切迫していて他に方法は思いつかなかったし、先輩と一緒にいること──先輩に一人の男として認められることは、僕にとってそれくらいの価値があると感じている。はたからすると馬鹿なことをしでかしたように見えるだろうが、そんなことは承知のうえだ。


「じゃあどういう話だよ。お前、先輩がもし美人じゃなかったら、ナゾ解き勝負なんて挑んでたのか?」


「お前な……」


 本当に失礼な奴だと思った。


 いまここで、僕がどういう過程を経てその心境に至ったのかを熱弁してやりたい気持ちになったけれど、いざとなるとどこから話していいかわからなかった。一つだけ確かなのは、かなり長い話になるだろうってことだ。


「お二人さん、何してんの?」


 その時、さっき昇降口の手前で見かけたクラスメイトの宮本が、廊下の先から駆け足でやってきた。


「購買部いくんだけど、付き合ってくんね? 面倒だからって、山下にフラれちゃてさ」


 山下の気持ちはわかる。購買部は校舎の一階にあり、二年生の教室がある三階。まだホームルームまで時間があるから、というのは理解できるけど、教室に一度寄ってから、また一階に戻るのは面倒だと思う。


「おお、行くべ行くべ」


 桂木が即答し、三人で購買部に向かうことになった。ナゾ解き勝負の話も中断だ。他の友達がいる時、僕たちは同好会の話をあまりしない。なんというか、内輪のノリが出てしまうからだ。


 僕はまだ桂木にムカついていたけれど、我慢することにした。どうせ奴に話したところで、ちゃんと理解できない感じがするし、もう決まったことだ。そんなことに時間と労力を割くくらいなら、さっさとクイズを作って、先輩に勝ってみせる方がシンプルだろう。


 歴史的偉人だけじゃない。世の中には『絶対に無理だ」』と言われたことを覆してきた人たちがたくさんいるし、言ってしまえば僕だって、その一人だ。


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