ひまわりの城

 火星みたいに真っ赤なトマトの実。茎からはさみでバチンと切り取る。わあ。ほらこんなに大きい。弟が叫ぶ。こっちのナス、これも大きいよ。きゅうりはちょっと曲がったけど、でも去年よりうんといい。僕も負けずに大声だ。トラック脇の水道で泥やほこりを落として袋につめる。最後にふたりでとうもろこしをもぎ取って、背中の籠いっぱいに詰めこむ。お兄ちゃん、これで今日は何にする?うーん、そうだな。生で食えるやつはサラダにしよう。

 バックヤードに入ってフリーザーから氷を取ってくると、金だらいいっぱいに氷水を作って野菜を投げ込む。冷たくしめれば、トマトやきゅうりはこのまま食べられる。かぶりつくとどちらも青臭く、甘くて強い力の味だ。

 大鍋で水を沸かす。僕らが勝手に廃材で組んだかまどで、応援席の木材をどんどん薪にして燃やしていく。エコと伝統文化に配慮したおかげで木材がたくさんあるのだ。

 ナスはどうしようか、僕は縦に四つ切りにして氷水に投げ、ボウルにとったものを塩で揉む。水気が抜けたところでギュッと絞り、アルミ皿に盛って醤油を少し。ほら、これでもう1品だ。おまえ少し先に食えよ。弟はうれしそうに泥のついた顔で笑って箸をつける。

 沸いた鍋にはとうもろこしを入れて、昨日もらった卵も一緒にしてしまう。明るい黄色になったら引き上げて、持てないくらい熱いところにかじりつけば、甘さにふたりとも顔がほころぶ。卵はしばらくおいて、かた茹でにしておこう。


 部屋の外には数えきれないひまわりが今を盛りと咲き切っていて、僕の背丈より高く天を突いている。ここはもともと三段跳びだか棒高跳びだかの砂場だったらしい。2020年の夏、あの祭り騒ぎが終わってから、ここ陸上競技場は打ち捨てられて、僕らのようなどこからともなく集まった子供の根城になった。管理上の事情で電気は引かれたままで、水道もフリーザーも部分的に使える。競技場の外は暑さでアスファルトが溶け出して歩けないとか、大人に襲われて危険だからとか、安全な寝床が確保できない可能性があるとか、そういう理由で僕らはここから出ない。この中でも縄張り争いはあるけれど、基本的に外からの侵入者と20歳以上の人間には団結して戦闘することに取り決めてあるから、子供たちどうしで大きな闘争になることはめったにない。ここは僕ら子供の城砦だ。


 お兄ちゃん、もう卵引き揚げていい?弟が笑う。揺れるひまわりの大群。僕らの夏は永遠に終わらない。

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