一緒に作った『あゆか』の向こう
階段を上ってっと……左前にあるのが鮎菓の部屋だ。小さいときから何度も来てる。
ちょっと焦げてる木の掛け札で『あゆか』という文字のこれまた木のパーツが貼っ付けられてある。
これ小学生の二年くらいのときに工芸品屋のおっちゃんに手伝ってもらいながら鮎菓と一緒に作ったんだよな。『ゆ』をくりぬいたのは俺なんだぞ。『か』の右上の点も俺。裏に日付も入っている。
「じゃますんでぇー」
ハンドルを下げながらドアを開けても特に返事があるわけでもなく、俺は慣れた手つきでドア横の壁に設置された電気のスイッチぽちり。程なくして部屋が明るくなった。
さっきのリビングはエアコンがついていたから暖かかったが、鮎菓の部屋は動いてない。つけといてやるか。スイッチ横に掛けられたリモコンでピッ。
にしても女子の部屋ってさぁ……いくら慣れた鮎菓だといっても、やっぱ何度来ても緊張するもんだな。
カーテン、カーペット、ベッド、勉強机、クローゼット、クッション、制服掛かってるとことか……色使いや形とかがやっぱり女子っていう感じがするというかなんというか。
毎週木曜に畑斧家へやってきているとはいえ、部屋には入らないことが多いからな。
部屋の中を眺めていたら、エアコンくんがぐぉーんと鳴りだした。
(……やっぱちょっと勉強してんのかな)
なんとなく勉強机のところまでやってきたが、小さい棚に料理系の本がいくつか並んでいた。マンガちっくなやつばっかだけど。
ぺらぺら開いてみたら、内容的にはまじめにお料理系解説などがされていた。お、俺だって洋食屋の息子なんだから少しくらいは料理の知識持ってんだぞっ。少しくらいはなっ。
(さっき食べるっつってたよな。机でも出しておくか)
鮎菓んとこで遊ぶとなった場合、折り畳みの机を使うことが多い。これまた俺は慣れた手つきでタンスの横に立て掛けられてあるオレンジ色の花柄な折り畳み机を出した。これ油差してないな? 後で鮎菓に油持ってこさせて差しといてやるか。
これだけのヒントを散りばめておきながら『好きな色は何ですか?』って聞いてオレンジ以外が返ってきたらウケる。
「しょ、召太ぁ~?」
「んー?」
折り畳み机出した俺はカーペットにごろんと寝っ転がっていたわけだが、ドアの向こうから鮎菓の声が。
「開けていい、よ~」
「なんだそりゃ」
あんたの部屋やないかーいと心の中でツッコミをしておいて、俺は立ち上がりドアのハンドルを握りいざオープン。
まぁ当然だが廊下には鮎菓がいた。背中向けて立ってるのは超絶謎だが。
「なにやってんだ?」
「な、なんでも~?」
果たしてこれと同じ状況でなにやってるのか一発で当てられる超人はこの世界に存在するのだろうか?
「机出してー」
「もう出した」
「さっすが召太ね!」
そんだけ長く鮎菓と遊んできたってことなんだな。はんてんだけど。たぶん手になにか持ってるんだろうけど、言ってた食べるやつなんだろうか。はんてんで見えぬ。
(まさかその防御能力も込みでのはんてん!?)
でも普段からはんてん姿はよく見るしな……学校指定はんてんとかあったら喜んで着て登校してそうだ。
「しょ、召太~、いいって言うまで向こう向いててっ」
「はあ? なんで」
「な、なんででもよっ。私の部屋なんだから私に従いなさいっ!」
「じゃあ廊下に出て鮎菓を正面から見ようか」
「だめーーー!! いいから座れ! 向こう向けーっ!!」
家でもいつもこんな調子なんだろうか。しょうがないので俺は部屋の中を見る形でその場に座った。
「座ったぞー」
「ほんと? こっち見てない?」
「見てない」
「……じゃ、入るね」
鮎菓は足音からして方向転換をしたようだ。
「って! テーブルんとこで座れーーー!」
「いでっ、ひでぇ」
優しく背中を蹴られてしまった。ここはおとなしく折り畳み机まで向かうとするか。
「ちらっ」
「こっち向くなー!」
口で言っただけなのにこの言われようである。
「ほら、これでいいか?」
「動くなっ。動いたらこちょこちょの刑に処すっ」
「ほう? ショウタカウンターこちょこちょアタックをくらう覚悟があると?」
「……とにかくおとなしくしてなさいっ」
最後に鮎菓にこちょこちょなんてしたのいつだろ。
鮎菓はドアを閉めこっちに接近してきているようで、程なくして机になにかが置かれた音がした。続いて金属な音……スプーンだと思われる音もした。
「もういいか?」
「ちょっと待ってっ」
「はいちょっと待ったぞ」
「ちょっとすぎるわ!」
本日も鮎菓のツッコミはキレッキレである。
「……えー、こ、こほん」
五十音の表記どおりの発音がなされたせき払いだった。
「しょ、召太っ」
「なんだ?」
おや、さっきまでのキレが薄くなった。
「……あ、あはー。なんていうかさ。なんか。いつもこんな私に構ってくれて……あ、ありがと、ね」
(……急にどうしたんだ?)
鮎菓とは今まではっちゃけてきた。気兼ねなくツッコミあってわっちゃわっちゃ。ひたすら楽しんできた鮎菓から、いきなりそんな感謝の言葉を聞かされてしまった。
当然鮎菓は女子だ。女子から優しい口調でそんなお礼を聴かされて、どきどきしねぇ男子なんていねぇだろう。
「あ、ああ」
なぜか無難な返事をすることしかできなかった。
「しょ、召太優しいからさ~、こんな私でも構ってくれてさ~。ほんと、いいやつだねぇ!」
「どうも」
背中から鮎菓の言葉が飛んでくる。
「んじゃそっち見てもいいか?」
「だめっ」
「まだだめなんかいっ」
「だめったらだめっ」
一体なにがどうだめなんだろうか。鮎菓は続けて息をふぅっと吐いたようだ。
「……しょ、召太さ。す、好きな女の子とか、い、いるのかな?」
「なんだよ急に」
一年に一回くらいあるかな、鮎菓のこの話題。他のやつらとは一年に一回もないが。
「いいじゃん答えてよっ」
「そっち向いていいんなら答えてやる」
「……うぅ~…………」
そこ悩むんかいっ。
「…………わかった。その代わりこっち向いたら絶対答えるのよ!」
「へいへい」
散々今までタメにタメてきたそれすらも妥協させるほど比重の大きい答えなのか? まぁいいや、俺は手をカーペットに突いて鮎菓の方へ振り返った。
(……これはっ……)
机の上にはなかなかにでかいパフェが置かれてあった。ガラス製の器が曇ってるところから、冷凍庫から出されたんだろうか?
とりあえず見える範囲で、コーンフレークっぽいやつ、バニラアイス、チョコアイス、ブルーベリー、マシュマロ、ワッフル、チョコレートのソース、ホイップクリームにチョコスプレー、サイコロくらいのチョコケーキみたいなの? ブラウニーっていうんだっけ? が見えた。
「さあ答えなさい! 好きな女の子の名前を!」
「いるのかどうかっていう質問じゃなかったのか?」
「答えなさーい!」
なんだか久しぶりに見たような鮎菓は、まっすぐ俺を見てきていた。
(ん? 髪くくってなかったよな?)
赤いやや細めのリボンでくくられて、こっちから見て右に下ろされている鮎菓の髪。パフェ用意するのにじゃまだったとかそんなんだろうか。
「……わあったよ。名前を言えばいいんだな」
勝手にアップグレードされてしまった内容を確認してみた。
(な、なんだあの表情は?)
一瞬ものすごく穏やかな表情の鮎菓が見えたような気がした。さすがにあれは見たことがないと思う。
「やた! だれだれ?」
ってあれ、気のせいだったのか? やっぱりいつもの鮎菓になってる。
それはともかくだ。まさかこんなタイミングで言うことになるなんてな。よかったのかなんなのか。
「鮎菓」
「なによ」
両手握りこぶしっぷりも込みのうきうき顔で見られている。
「鮎菓」
「なにってばっ。もったいぶってないで好きな女の子の名前を言いなさい!」
(……なんで俺はこんな女子を……)
……こんな女子だからこそ、かもしんないけどな。
「畑斧鮎菓」
「なによこらー。約束破るとか召太の裏切り者ー!」
両腕が上げられている。上段の構えである。
(……まじでちょっと疑問を覚えたぞ?)
「言ってわからないなら実力行使だな」
鮎菓にわからせる意味もあり、俺自身の気持ちも間違いがないか確認するべく、俺は立ち上がり、鮎菓から見てすぐ右隣に俺は座った。
「な、なに召太っ、てこら! なにすん、のっ……」
この鮎菓を両腕で思いっきりぎゅってするまでの一・二秒の間に様々な鮎菓の反応を聞かされた。右ほっぺたに鮎菓の顔が。
上段の構えはあっちゅーまに解除された。むしろ俺がぎゅってするのにすきを見せただけとも言えるような。
「こ、こら召太っ、なにしてんのさっ」
ひざぺんぺん攻撃されてる。
「三回答えてわかんないんなら、こっちの方がわかりやすいと思ってさ」
「三回って、私の名前呼んだだけじゃん。早く好きな女の子の……名前……を……」
後半ディミヌエンドされていった。たぶんフェルマータも付いてるよな。
「まだわからないなら、もうこうするしかないな」
「へっ? ちょっ、そんな召太、近っ」
少しだけ正面に驚いた鮎菓顔をとらえてから、俺はやや勢いをつけて鮎菓に唇を重ねにいった。
秒数はわからないが、ちょっと経ってから顔を離した。一瞬見えた目を閉じてる鮎菓の顔がかわいかった。目を開いてもちょっと上目遣いな鮎菓もやっぱりかわいかった。
「……な、なにしてるのぅっ……」
「好きな女子の名前を答えた」
「こらぁっ……」
なぜひざぺんぺんする。今ごろになって鮎菓の服の……いやはんてんの感触が。
「……じょ、冗談だったら、もっとおもしろい冗談を……」
「じゃあこれよりもっとおもしろい唇の重ね方を教えてくれよ」
「……あほぅっ」
俺のひざになんの恨みがあるというのだ。ずいぶん威力の低い鮎菓ぺんぺんだが。
「それじゃ、鮎菓は俺と付き合ってくれるよな」
「えっ……? え、えっ!?」
驚き気味の鮎菓へ俺はおでこごっちんこさせた。
「なんだ、鮎菓は他に好きな男子がいたのか」
「いないいない! 私は召太しか好きになったことな………………いこともないかなぁ~?」
露骨なしまった顔をした後にそんなごまかしが通用すると思ってんのかっ。
「ま、別に無理に付き合えってわけでもないしな。俺の片想いが続くだけで」
「やだぁっ! せっかく両想いなんだから付き合おうよぉっ」
そしてこのあっさり手のひら返しが実に鮎菓クオリティ。てかひざ押すな押すな。
「じゃあ……よろしく」
超至近距離の鮎菓はめちゃんこおめめが泳いでいる。
「……よ、よろしくお願いします」
だからやっぱり俺は鮎菓が好きなんだよな。
「冷てっ」
「あはー、アイスはもうちょっと溶けてからだね。ブラウニーとかワッフルとかは後から乗せたから食べられるよ」
「そうなのか。てっきり全部ガッチガチかと……では」
俺はワッフルをつまみほおばった。お、中からチョコレートのクリームが出てくる。
「うめぇなー、やっぱスイーツ店なだけあるよなー」
「ほんと? よかったー、うへへ」
俺の左腕はすっかり鮎菓の持ち物になってしまっている。右利きでよかったな、俺。
「ところで今日はずいぶん立派なデザートだな。どうしたんだ?」
「えっ? だって、周りの女の子、チョコレートであれ作るーこれ作るーって言ってたし、中には好きな男の子に本命チョコ渡してみるとか言っちゃう子もいてたし……っていうか私毎年この時期召太にチョコレートあげてるじゃん!」
俺の左腕がお持ち帰りされそうだ。
「あ~…………」
ちくたくちくたく。
「…………そだっけ?」
「うわ~ん!」
あ、いやそのほら、鮎菓から食べ物もらうことが多くてさうんうん。
「そ、それだけ鮎菓が身近な存在ってことさ! でも身近な鮎菓だからこそ大切にしたいって思って告白したんだ。俺だって勇気出したんだからこれでチャラにしろっ」
知ってる。鮎菓にはこういうセリフを並べればOKだということを。
「…………許すっ。うへへ」
それにうそはついてねぇしっ。てかひっでぇデレデレ顔だなおい。
「にしてもさっきからなんだそのうへへって」
「だって作ってる間は喜んでくれるかなーどうかなーってどきどきしながら作ったもん」
さっきからちょいちょい俺の左腕に鮎菓のくくられた髪が。ある意味これもこちょこちょの刑?
「作ったって、乗せただけじゃねぇのか?」
「わ! ひっどーい! 召太の人でなしー! あほあほー!」
ぐあー俺の左腕がぶわんぶわん揺らされているー。頼むから机に手をぶつけるのだけは勘弁な。
「ちょちょちょ! え、このワッフル鮎菓が作ったんかよ!」
「そうよ!」
「このブラウニーも?」
「そうよそうよ!」
「このマシュマロは?」
「それ……は違うけどっ、でもでもでも! 私が作ったってわかってくれないとか、召太あほんだら!」
本日のぷんぷん鮎菓いただいちゃいました。
「な、なに言ってんだ! おじさんおばさんと並ぶ、いやそれ以上のうまさを出せたんだから鮎菓の時代到来ってことだろ!」
なんとか切り返してみた。
「…………そうかな?」
一瞬でにやつく鮎菓。あぁ本日も実に鮎菓。
「そうだそうだ! いやーワッフルの中にチョコクリームとかさすがだわー同級生でこんなワッフル作れるの鮎菓だけだろうなーこのブラウニーもんぐうまうまうめぇなーあー俺様はなんて幸せなやつなんだー!」
これだけ並べれば充分だろう。
「……ふふっ。うん。私も幸せだなー」
俺の左肩に鮎菓が頭を寄せてきた。思っていた反応と違ったが、まぁ結果オーライってことで。
「召太がチョコ好きだから、チョコまみれにしといたよ」
「なるほどな。でも俺が鮎菓好きまみれだってことを予測できなかったとはな」
「こらー、もぅっ……」
チョコアイスまだ冷たそうだな。よし、鮎菓の口に運んでやろうかっ。
短編38話 数あるうちらのお店やもんっ 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho
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