それでは毎週木曜恒例行事へ

 俺たちは一緒に帰ったが、俺ん家が先に現れるためここでいったん別れる。


 青フリースに紺ジーパン白ダウンジャケットな普段着に着替えて営業中の父さんからハヤシをそこそこ大きめの保存容器よっつに入れてもらって、いざ出発。この距離なら自転車すらいらぬ。


 この商店街は結構にぎやかだ。俺たちみたいな飲食店もいろいろあるし、八百屋駄菓子屋花屋文房具屋電気屋靴屋など定番なところから香辛料屋鍛冶屋風呂敷屋額縁屋なんてものまである。

 道徳の授業でもともとこの辺は織物が盛んだったって聞いたな。この商店街からちょっと離れたところに織物の工場がいくつかあるし、商店街の中にも脚で操作するミシンを操る熟練の職人もいる。服屋のバリエーションも豊富だ。

 囲碁やら将棋やらのクラブや地域のなんかのサークルとか、塾やら書道やら習い事するところもあるから、ほんとこの商店街は毎日盛り上がってるな。最近バックギャモンクラブができたとかなんとか。

(そう考えると鮎菓の威勢のよさは、ある意味この商店街の盛り上がりに馴染んでいるとも言えるか)

 一人っ子な鮎菓だが、スイーツ屋を継ぐ気まんまんらしい。

 俺も一人っ子なわけだが、小さいときは家を継ぐなんて言っていたらしいものの、今はどうかと言われれば……うーん……

 いや、他にやりたいことがあるとか継ぎたくないとかそんなんじゃなくてさ、こう、イメージできないっていうか、何をどうやったら洋食屋さんになれるのかっていうか、さ……。

 その点鮎菓は昔っからぜんっぜんブレてない。材料混ぜたりフルーツ切ったりとか昔から手伝ってるみたいで、実際にプロトタイプを作って毒味役に俺が指定されることもしばしばあった。最近は毒味役係もちょっと減ったかな。

 ……毒味役とか言ったけど、正確にはそれは昔の話だ。

 昔はやたら苦いチョコケーキやらやたら硬いキウイフルーツのフルーツポンチやらを食べさせられていたが、最近では、例えば商店街に住んでるだれかが結婚するってなって、いくつか作るケーキの中に鮎菓作のケーキもちょこっと入れてみて、みんなからほめてもらうっていうのもだんだんお決まりになりつつある。

 そんな商店街のみんなから認められるほどにまで成長した鮎菓のスイーツ腕前は、俺からしても…………ま、まぁ? わ、悪くない味かな!?

 ……まねしろって言われたら絶対ぜってぇ作れねぇけど。

 笠は男男女の三人きょうだい末っ子で、いちばん上のお兄ちゃんが店を継ぐらしいけど笠も料理の勉強するって言ってたし、四寺は妹との二人きょうだいだが~まぁどこまで本気かは知らないが、学校で習うよりかは現地から本場の味を持ってくるとかスケールのでかい話をしてるし。

(俺は~…………なぁ…………)

 今は俺の持ち物になっているが、鮎菓が昔使ってた薄いオレンジ色の手提げバッグの中に入ったワンツースリーフォーハヤシ。今日もハヤシってる香りを主張していた。まっ茶色よりかはほんのり赤みがかっている。抹茶色ではない。

 織物の歴史があるせいなのか、鮎菓の手によって何度も修復されては使い続けられているこの手提げバッグ。修復にワッペンが使われることも多いが、もうちょっと統一感ってのはなかったんだろうか。飛行機の横にクジラが鎮座、そのさらに横にチューリップ。陸海空そろい踏みである。

(鮎菓ねぇ……)


 濃い茶色な裏口の扉の横にある紺色インターホンを押せば、すぐに鮎菓がドアを開けて登場した。

「おかえり召太~!」

「ただい……なんかおかしくないか?」

「ほらほら上がって上がって!」

「うおわちょっ!」

 白いブラウス、赤と黒のチェックのスカート、んでオレンジのはんてん……ああうん、そのはんてん一緒に服屋で買ったよな。俺青色の色違いでさ。俺も使ってるけどっ。

 俺の右手を引っ張る鮎菓の髪は左右に揺れていた。右も左も後ろも、どこにもくくられていないのも気分なんだろうか。危ねっ、ハヤシ持ってる左手ドアに挟みかけたじゃねーかっ。



 今日も畑斧家でおいしく食べた。

 畑斧家はスイーツ屋さんだが持ち帰りのみで、普段の生活空間として使う方のキッチンやリビングとかは普通の家のとほとんど変わらない。多機能電子レンジが珍しいくらい。俺ん家は料理するってなったら店のキッチンを使うからな。

 それにしても相変わらず爽快な食いっぷりを披露した鮎菓だった。本気モードなのかはんてんは自分の座っているイスの背もたれに掛けられていたところから、ブラウスにハヤシ飛ぶことを一切心配していないようだった。さすが鮎菓まじ鮎菓。ダイニングテーブルも全然汚れていない。ちなみに俺もダウンジャケットを背もたれに掛けてあるが、これは分厚いから脱いでるだけ。

 ハヤシライスと一緒に漬物、みそ汁、ひじきやらレンコンやらポテサラとかも登場した。ハヤシライスだけぶっちぎりド洋食、かろうじてポテサラがちょい洋食だが、鮎菓も鮎菓ママもハヤシライスを堪能してくれたようだ。

 鮎菓ママは鮎菓よりちょい身長が高い。俺よりもほんのちょい高いかな。鮎菓ママは髪を後ろにひとつくくってることがほとんど。

 そういえばこれらの食器も商店街でそろえた物なんだっけ? ほんとなんでもあるなうちの商店街。

「今日もありがとうね召太くん。とってもおいしかったわぁ」

「こっちこそ今日もごっちゃん」

 残ったハヤシは冷蔵庫へ行くのだが、鮎菓パパ一人前分以外はほぼ鮎菓が食べ尽くすらしい。もうお前うちのファンクラブ作ったら?

「お礼のフロマージュとドーナツは冷蔵庫に入れておいたから、帰るときに持って帰ってね」

「いつもあざす」

 鮎菓ママはにこにこしていた。ん? いやお持ち帰りのが冷蔵庫にあることは別に珍しいことじゃないんだが……

(だいたいこのタイミングでさぁデザートにしましょーってなって、やっぱりうへうへ顔で食べる鮎菓を眺める時間ラウンド2がやってくるはずなんだがー……)

 わざわざ『今日デザートないんスか!?』なんて聞くわけもなく。

「ね、ねぇお母さん。上で食べていい?」

「もちろんいいわよ。ふふ、召太くん、もうちょっとゆっくりしていってね」

「ん? あ、へい」

 立ち上がった鮎菓ママは、そのまま……扉開けてどっかいった。扉閉まった。目の前には鮎菓が座ってる。時計のカチコチ音がする。

 その鮎菓は~……さっきまでの勢いはどこへやら。ちょこっと視線が斜め下。やっぱりテーブルにハヤシ飛んだのか?

「しょ、召太、時間大丈夫?」

「ああ、別に。家帰っても父さん母さん店にいるだけだし」

「そ、そうだよねぇあははあは」

 ……うん。鮎菓。文化祭で劇やることになっても照明係とかをおすすめしとくよ。

(様子が変なのはバッレバレ。ただ何が原因なのかはさすがにわからない)

 まぁこんなちょっとぎこちない鮎菓を眺めるのも、悪くはないかな。


(……だからといってノーヒントとかどうしろと)

 向かい合わせに座り、お互いテーブルの木の波紋を眺めているような角度の顔、何のセリフもないまま時間がちびちび進んでいった。

 こんな感じの鮎菓は過去どんな場面で見たかなーと思い返してみたが…………夏休み前、一年の男子から告白されたって相談っぽいのがあったときだろうか。

 っぽいっていうのは、どう思うって聞いてきたから俺が『そいつと付き合いたいんなら付き合えば? 付き合いたくないなら付き合わなければいいんじゃね?』みたいなセリフを放ったんだが、それだけでもう解決したとか言ってきて結局なんやってーんという感じだったから。

 明確に断ったかどうかは確認していないが、特にそれらしいやつと一緒に帰ったり登校したり、休み時間にしゃべってたりみたいな様子がないことから、たぶん断ったんだろうなーとは思う。鮎菓がデレデレ顔してるかどうかは一瞬でわかるからな。

 まったく、だれからも告白なんぞされたことのない俺なんかに相談されてもなぁ?

(にしても四寺を攻め立てるあの鮎菓さんと同一人物とは思えんな)

 それは四寺が天才的なあおり上手なのか鮎菓さんが演技上手なのか。あれやっぱ裏方よりも演者向き?

(しゃーない。俺から攻めるか)

「なぁ鮎菓」

「ひゃに!?」

 今の言葉に発音記号を並べてみてほしいところだ。

「上で食べるとか言ってたが、なに食べるつもりなんだ?」

「ぅえ?! あー、あ~、あぁ~……っはぁ~、今日もいい天気よね召太ぁ!」

「思いっきりカーテン閉じられてあるんだが」

「き、気のせい気のせい!」

 はぁ。一体何をそんなにテンパってんだ。

「あぁ鮎菓一人で食べるやつの話だったのか? もう俺帰るべき?」

「だめっ! 一緒に食べて!」

 気合入ってる鮎菓。とりあえず俺はなにかを鮎菓と一緒に食べなければならないらしい。

「あ、ああ。なんかよくわからんが、鮎菓の部屋に行けばいいのか?」

 鮎菓は高速でうなずいてる。見てるだけで頭ふらふらしそうだ。

「じゃあ行こうぜ」

 俺は席を立った。この木のイスも結構座ってきたなぁ。

「わ、私持ってくから! 先部屋入ってて!」

「ああ? ああ」

 なんだろう。部屋に行く場合鮎菓が速攻で突撃していきそうな感じだが。まぁ鮎菓がそう言うんだから、俺は素直にリビングから出ることにした。

 ダウンジャケットと鮎菓バッグはここに置いといていいか。後でお持ち帰りのを取りに来るんだろうし。

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