第30話 光を引き立てる色
黒という色は、ここまで述べてきたように忌み嫌われてきたわけだが、絵画の中では光を映えさせる素晴らしい効果をもたらす。
カラヴァッジョが描いた「聖マタイの召命」、ラ・トゥール「大工の聖ヨセフ」、ゴヤが描いた「1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺」の3作品は全て背景を黒にし、引き立たせたい場所に光をあてるように白や黄色など明るい色を使用している。
まず、カラヴァッジョ作の「聖マタイの召命」はコンタレッリ礼拝堂聖マタイ連作画のひとつである。この作品は題名の通り、キリストが徴税人であるマタイに対し自分に付き添うように呼びかける場面を描いている。
一番右端に立ち、テーブルに座っている人々を指差しているのがイエスである。そのイエスの指差す先にいるのが聖マタイとなる人物であるが、その人物は己を指差している老人か、それとも下を向いて貨幣を数えている人物なのか議論されている。(現在は後者のほうがマタイである可能性が高いようである)しかし、どちらにしても光と闇(影)によって作り出される明暗が、この場面の緊迫した状況をより効果的に演出している。
次にラ・トゥール作の「大工の聖ヨセフ」である。これは新約聖書に記されている「大工の聖ヨセフ」を主題に描かれたものである。聖ヨセフは聖母マリアと結婚した夫であり、神の子イエスの義父にあたる。
「大工の聖ヨセフ」の中で描かれている、聖ヨセフは厚い角材に、錐を用いてそれに穴を開ける大工作業をしている。しかし、その視線はまだ幼いイエスに向いている。イエスはといえば、その手に明かりの灯った蝋燭を持ち聖ヨセフが作業をしている手元を照らすために明かりをつけているのだと思うが、一番光が注がれているのはイエスの顔と聖ヨセフの顔である。特にイエスに光が注がれているのは、彼が神の子であることを示すためであり、他の画家が後輪や光の環を頭に描くのと同じ効果を出している。
また作者は光が当てられている場所を特定することで、暗に観る者にどこを見てほしいのかを誘導しているように思える。光のないろころは近づいてみても良く分からないが、光で照らされているところはどういう状態になっているか分かり、人は自然とそちらに目が行く。そしてそのイエスと聖ヨセフの表情をみると、血は繋がっていなくとも心で繋がっている親子であることが、その穏やかな表情から伺えるのではないだろうか。
最後にゴヤ作の「1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺」である。この作品は最も有名な戦争画の一つといわれている。
1808年の5月2日、この日の夜間から次の日の未明にかけてマドリッド市民の暴動を鎮圧したフランス軍の銃殺執行隊を描いたもので、逮捕された400人以上の反乱者が銃殺されている。
絵の中では、まさに今銃殺されようとする人々に光が当てられ、観ている者は自ずとそちらに目が行ってしまうことだろう。さらにその中で特に目立つのは、白いシャツに黄色のズボンをはいている男性である。「黄」「白」の項目でも述べたように、この二つは「光」を意味する色でもある。黄色はよくないイメージも持っているが、ここでは白とともに使われていることから同じく「光」の意味を持っていると推測する。
そしてその男の手のひらには聖痕が刻まれており、観る者に磔刑に処させるイエスの姿を連想させ、今抵抗するすべもなく手を挙げ銃で打たれようとしている、反乱者の正当性を示している。そしてそれをより示すように、彼らに光が当てられているように感じられる。
ゴヤはこの絵の中で、「光」と「影」により「生」と「死」をはっきり区別している。今まさに撃たれようとしている人々には「生」を感じ、銃を向けている人物達は「影」を背負っている。またすでに銃殺された人も生きている人々よりも闇に飲まれ(暗い色で描かれ)、「死」を黒い色で表現していることが分かる。
このように観ると、この作品は特に光と闇、つまり「白(もしくは黄色)」と「黒」という色に意味を持たせていることが分かる。
【絵画】
*「聖マタイの召命」1600年 カラヴァッジョ
*「大工の聖ヨセフ」1640年頃 ラ・トゥール
【画家】
*ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652 )
17世紀に活躍したフランス出身の古典主義の画家。夜の場面を描いた作品が現存する全真作の大半を占める。厳しい明暗対比の表現から、カラヴァッジョから強く影響があったと推測される。
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