第18話 二分された緑のイメージ ~青春と愛 編~(part2)
15世紀に活躍したヤン・ファン・アイクが描いた「アルノルフィニの夫妻」では、女性が緑色の服を身に纏っている。
題名に「夫妻」とあることから、彼らは結婚をする予定の婚約者同士であるか、もしくはすでに結婚していると思われる。そして、妻のほうが緑色の服を身に纏っているということから、この二人の結婚は愛のあるものだったのではないかと推測できる。
さらに、もう一作。アングルの作品に緑色の服を着た女性を見つけた。「ラファエロとラ・フォルナリーナ」という名の作品である。
これは、スイスの裕福な銀行家に依頼されて、アングルが描いた作品である。モデルはルネサンス期に活躍したラファエロと、その彼の永遠の恋人といわれている、ラ・フォルナリーナ(パン屋の娘という愛称で呼ばれていた女性)だ。
主題をみても、この絵に描かれている二人をみても恋人同士に見える。
椅子が二つあり、それぞれが座るために用意されたものだろうが、ラ・フォルナリーナは、ラファエロの膝の上に座っているようだ。そして、ラファエロはその彼女を抱きしめており、彼の目線の先には、自身が描いた「若い婦人の肖像(ラ・フォルナリーナ)」という絵がある。それはもちろんラファエロが愛した彼女を描いた作品で、実際に存在している。
しかし、アングルが活躍している時代(18世紀)では、すでに女性が花嫁衣裳で着る服としては「白」が主流であった。それにも関わらず、なぜ彼女の服が緑色なのだろうか。
当時、絵として描かれる聖母マリアの衣装は、白を基調とされることが多く、また白の特徴である「何にも染まらない色」、「無垢」、「純潔」といったイメージがあったことから花嫁衣裳には白色の生地が使われた。
しかし、白のイメージは聖母マリアが白い服を着るイメージができあがる以前、つまり中世の時代にすでにあった。
この理由については後に「白」の章で説明するが、当時「無垢」「純潔」イメージがありながら、花嫁衣裳が白になることはなかった。それは、結婚をする花嫁を飾るのはより贅沢で高価なものであればよかったからだ。では、この緑色の衣装は何を意味するのだろうか。
これはラファエロが活躍した時代が関係しているのではないか、と私は考えている。彼が生きた時代は1483~1520年で、丁度このとき緑色は「青春と愛」の象徴だった。それに加え、ラファエロと彼が愛したラ・フォルナリーナは恋人同士だったが、結局結婚はできなかった。
どうやらラファエロには野心があったようで、それを叶えるために彼を支持していた人々の中で最も権威のある人物のひとり、ビビエーナ
だが、このときすでにラファエロとラ・フォルナリーナは恋人同士だった。それでも自身の野望を叶えたかったラファエロは、彼女との恋愛関係に終止符を打ち、マリアと結婚をする。
しかしその後も彼の心の中には、ラ・フォルナリーナへの想いがあり続け、彼女をモデルにした花嫁を描き、また妻であったマリアが死んだ後も元恋人の絵を描いている。
そしてそれが「若い婦人の肖像(ラ・フォルナリーナ)」であった。それほどまでに彼女を愛していたといえるが、野心のために自らの気持ちをおしとどめ、彼女との結婚を諦めた。
そしてすでに前述したとおり、緑色の「青春と愛」の衣装は花嫁の衣装として着られることはほぼない。それは政略結婚が多かった時代に、恋愛から結婚に結びつくことが稀だからである。
つまり、アングルはラファエロとラ・フォルナリーナとの間にあった「愛」を、彼女に緑色の服を着せることで表したのではないはないだろうか。結婚が叶わなかった儚いその恋を、時代を超えて表現したのではないだろうかと私は考えている。
【補足】
ラファエロが生きた時代は、15~16世紀ころ。アングルが生きた時代は18世紀。つまり、彼らは同じ時代には生きていない。
しかし、ラファエロの恋人の話は有名だったらしく、それを主題にしたものを描いて欲しいとスイスの裕福な銀行家がアングルに頼んだようである。
【絵画】
*「アルノルフィニの夫妻」1434年 ヤン・ファン・アイク
*「ラファエロとラ・フォルナリーナ」1811~12年 アングル
*「若い婦人の肖像(ラ・フォルナリーナ)」1516年頃 ラファエロ
*「若い婦人の肖像(ラ・フォルナリーナ)」1518~1519年 ラファエロ
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