第12話 黄色い服を着る人

 1656年、ヨハネス・フェルメールが描いた作品に、「娼婦(取り持ち女)」がある。


 研究者によると、新約聖書の「放蕩息子」中の一場面を描いたと言われているが、注目して欲しいのが女性が着ている服の色である。題名の通りここに描かれている女性は娼婦であるが、彼女が身に纏っている服の色は黄色で、周りの男達と比べてもよく目立つ。


 また、フランス・ハルスという17世紀に活躍したオランダ出身の画家が描いた、「陽気な酒飲み」に描かれている男も黄色い服を着ている。


 ハルスは市警官や騎士、養護院の理事といった、手堅いような職業についている者たちも多く描いているのだが、これを描いた1618年頃から1630年頃は風俗画を描いている。モデルは不明であるが、描かれている人々は道化人やジプシーなど、社会になじめないような者たちばかりだ。


 この「陽気な酒飲み」のモデルとなった人物もその一人だが、フランス・ハルスの作品を並べてみてみると、とても面白いことに気づく。


 彼が描いた風俗画と、騎士や警官をモデルにした作品の色使いが全く違うのだ。社会になじめない人々を描いている絵では明るい色を用い、モデルが着ている服も明るい。それに対し、騎士や警官を描いている絵は全体的に暗く、彼らが着ている服も黒い。


 どうやらこの時期のヨーロッパ社会では、比較的上の身分であった人々ほど、装いが落ち着いた色を着ていたことが伺える。(逆に言えば派手な色は着なかった)


 また、19世紀に活躍したジョルジュ・スーラーも、大道芸人を黄色い服で描いている。「サーカス」という題の作品は、丁度この頃パリでサーカスを披露していた、フェルナンド・サーカスの様子を描いたものだ。


 スーラーは色彩の科学について深く考察していた人物で、黄色と青の色を組み合わせていることから、色の補色関係を理解していたということが推察される。


 作品の全体的に黄色掛かっており、観客席の上段から下段にかけて富裕層が多くなる席の中にも黄色い服を着た人物も見える。しかし、ここで使われている黄色は、確かにサーカス団と分かるように黄色を用いているのかもしれないが、客席にまでその色が使われているところを見ると「喜び」や「楽しみ」、つまりサーカスを見て楽しんでいる人々の感情を表しているともいえる。


 古代では明るいイメージが強かった黄色。中世になると一旦は暗いイメージを付けられてしまうが、スーラーが活躍するくらいの時代になると、負のイメージが緩和されているようである。


 しかし、近世になるとナチスドイツがユダヤ人に黄色の印をつけたり、黄色いベンチにユダヤ人に座らせるなどの負のイメージを復活させてしまう。黄色には、そういう悲しい歴史がある。



【絵画】

*「娼婦(取り持ち女)」1656年 ヨハネス・フェルメール


*「陽気な酒飲み」1628~1630年 フランス・ハルス


【画家】

*フランス・ハルス(1582~1666年)

 17世紀のオランダ絵画黄金期に活躍した、オランダ出身の画家。

 イタリア・バロック時に活躍したカラヴァッジョの影響を受け、明瞭な色彩と軽やかなタッチによる、人物の表情を自然的描写で捉える独自の画風を確立する。肖像画を多く描いている。


*ジョルジュ・スーラー(1859~1891年)

 フランス出身の画家。

 筆触分割から、点によって表現する点描表現を用いて、新たな表現方法を生み出した新印象派の創始者。色彩を科学的な面から考察し、光彩理論などを絵画に取り入れた。しかし、この手法を確立したことによって、印象派の表現の限界を示したといわれている。

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