第6話 聖母マリアが纏う赤-1

 聖母マリアの絵は、彼女が中に赤い衣服を着こみ、その上に青色のマントを羽織るような姿が多く見られる。しかし時代を遡ってみると、その色の設定が逆になっていたり、全て赤い色で表現しているものもある。


 何故、マリアが青いマントを羽織るようになったのか。それには諸説あるが、その中の一つに、マリアはイエスが磔刑たっけいによって処されたとき、悲しみを表す色として青を纏ったというものがある。


 実際、古い時代に描かれたマリアは、青いマントを纏っている。しかし全てがそう描かれているわけではない。聖母マリアの絵は宗教画であるがゆえに、彼女を描くときにはある程度決まりがはずだが、それでも青いマントを描かなかったのには、「青い染料を手に入れるのが困難だったから」ということが理由の一つとして挙げられるのではないかと、私は仮説を立てた。


「赤」について述べた冒頭部分で、「青い色は手に入りにくい色」ということを述べた。後の「青」の章で詳しく説明するので、結論だけ言うと「青」はとにかく人が手にするには一番難解だといっても過言ではなく、とくにヨーロッパでは入手しにくかった。


「青」を愛した画家フェルメールでさえも、美しい青を手に入れるために借金をしていたほどだ。


 しかし、聖母マリアを「赤」で描きながら、隣に立つ人物の衣服を「青」にしている絵も見られる。それならば彼女の服の色が「赤」になったのは、「青」の顔料がなかったからではない。


 よって私の仮説は当てはまらないことになる。だったら、どういう理由なのか。

 考えられるのは、当時の画家が「赤」が持つイメージを、最大限に利用していたからではないか、ということだ。


 人間は、怪我をすれば血を流す。

 血の色は「赤」であり、そこから長いこと「赤」=「生命」を連想させる色であった。そのため、聖母マリアに「生命」というイメージを投影していたのではないだろうか。実際、マリアは自身の人生で「生命」に関わる2つの出来事を経験している。一つはイエスの誕生、そして彼の死である。


 また、「赤」というのは大変目立つ色である。現代でも危険を表す際には赤を使う。信号が赤なのも目立つからだ。

 ここで簡単に「赤」と言う色が目立つ理由を、科学的な面から述べておく。


「赤」は光の中でも波長が長い(「青」は波長が短いが、「赤」は長い。ちなみに赤外線も波長の長いものに分類される)。


 その大きな波長が、障害物を避けて目に届きやすいのだ。霧や吹雪の中で、車の赤いテールランプを見たことがある人は、想像しやすいかもしれない。白や黄色や青などの色があまり見えなくても、赤はそれらよりもよく見える。


 また、古代や中世はこのような原理は分からなかったが、「赤」が他の色のよりも目立つことを、感覚で分かっていたと言われている。



【画家】

*ヨハネス・フェルメール(1632~1675年)

 17世紀オランダ絵画黄金期に置いて、最も傑出したオランダ出身の画家。

 彼の詳しい生涯はあまり分かっていないようだが、以下のことだけは語り継がれている。それは結婚し沢山の子宝に恵まれたが、絵の具のために高価なラピスラズリと言う鉱石を使用してたため、借金をしていたということ。

 風景画や宗教画、神話画も数点確認されている。それ以外の作品は、フェルメールが生まれた街、デルフトに住む中流階級層の生活を描いた風俗画がほとんどである。

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