はじめに

 「色」は、私たちの世界に溢れている。


 朝焼けの紫色の空。

 鮮やかなあかい薔薇。

 風に揺れる、青々とした木々。

 何処までも続く、紺碧の海。

 人々の個性豊かな肌の色。

 真っ白い雪の世界。

 

 そして私たちは時に、自分が手にする「色」を拘って選ぶ。


 スマートフォンの色。

 購入する車の色。

 壁紙の色。

 靴の色。

 ドレスの色。

 Tシャツの色。


 ただでさえそうなのに、真っ白なキャンパスを全て色で埋め尽くす「絵画」というのは、画家それぞれが技巧を凝らして描いた「色の結晶」であると私は思う。


 絵画は、宗教を布教させるためのものであったり、歴史を示すものでもあるが、中には色彩を科学的に理解しようとして、描かれたものもある。そして、いかにしてキャンバスに載せる「色」を効果的に出すか、ということを追求するため、科学的に理解しようとする画家もいた。


 もちろん、彼らが重視していたのは「色」だけではない。立体的に人物を描く技術や、構図、配置、具体的な表現。そういうことに拘っていたことも分かっている。

 しかし、ここではあえて「色」にだけ注目して絵画を見ていくつもりだ。


 先ほど私は「色彩を科学的に理解しようとして、描かれたものもある」と言ったが、実は画家がそれについて意識しているかしていないかに関わらず、彼らが選んだ色には意味が含まれている場合がある。


 そういうものは、「色彩心理学」の点から解剖していくつもりだが、「画家が無意識に選んだ色だとしても意味がある」と言われても、ぴんと来ない人もいるだろう。


 これについて、浜本隆志氏が述べていることを読めば、少し理解しやすくなるかもしれない。よって、以下に引用する。


 ところが色彩は、あまりにも自明なものであるので、日常生活ではほとんど意識することはない。ふつう無意識のうちに色彩の織りなす光景が、目の前の視界から次々と通り過ぎていく。ただ、そうであっても実際には、色彩の一部のイメージや残像は意識下に残り、それが人間の感情に作用し、心をいやしたり興奮させたりすることはよく知られている。

(伊藤誠宏・浜本隆志 編者『色彩の魔力 文化史・美学・心理学的アプローチ』より)


 このように「色」は、私たちの生活に知らず知らずのうちに影響を与えている。

 そうでなければお店の外装や、お菓子のパッケージの色を決める時に「ああでもない」「こうでもない」と、頭を抱えて考える必要はずだ。


 そして商業活動に関係のない者でさえ、実際に色を選ぶ場面になったら、必ず自分の中の何かを根拠に選んでいるはずである。たとえそれが表面上、はっきりとした理由がなく「ただ好きだから」だったとしても、必ず「好き」な理由が心の奥底にあるのだ。

 そしてそれを、心理学的に解き明かすのが「色彩心理学」なのである。


 これから私は、色の結晶ともいえる絵画の中に見え隠れするものについて探っていくつもりだ。時代の色のイメージ、考え方、また「何故作者がその色を選んだのか」を、宗教的や文化的の側面からと、現在の色彩心理学と色彩科学から読み解いてみようと思う。


 しかし、色は限りなく多く、それを全て見ていくと終わりがない。

 そのため、六つの色、「赤」「黄」「緑」「青」「白」「黒」を取り上げて話していこうと考えている。


 さあ、準備は整った。

 この前段で、少しだけ「色」について興味を持っていただけただろうか。

 もし興味を持ったならば、次のページを捲られたし。

 「色」と色の結晶である「西洋絵画」が、あなたを待っている――。 

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