『 』

宮崎詩織

『 』

ここに1つの詩がある。機関誌に載せるために書き上げた、文芸部であるわたしの一篇。一応思い描いた情景を詩の型に落とし込むことはできたものの、肝心のタイトルがまだついていない。何がいいだろう? わたしは近頃書店で見かける文章の一節のような長いものより、『緋色の研究』や『秘密』といったシンプルなものが好きで、それが意味深だと尚良い。この詩にもそのようなタイトルを付けようと考えているが、どうも”これ”といったものが出てこない。案はあるけど、理由付けがイマイチ腑に落ちないところがあり決めかねている。ただ漫然とタイトルを付けるのは簡単だが、そこに意味を持たせるとなると話は大きく変わる。一単語か二単語で、となるとハードルはより一層高いものになる。提出期限は今日中、急いで決めないといけないのだが一向に思いつきそうにない。どうしようか? そう悩んでいたところに、ある人物がふと思い浮かんだ。文芸部の先輩で頭のキレは文芸部の中でもピカイチなあの人なら、何かいいタイトルを付けてもらえるかもしれない。強い根拠がある訳でもない淡い期待を胸に先輩に相談することに決めたわたしだった--


「というわけなんですよー」

「『というわけなんですよー』じゃねぇよ」

部室の椅子に座り、不機嫌そうに応える先輩。放課後、家に帰って好きな著者の新刊を読むという予定を後輩であるわたしの強引な頼みで壊してしまったのが原因だ。これに関しては本当に申し訳ないと思っている。ごめんなさい。それでもわたしに付き合って相談に乗ってもらえるのは本当にありがたいと思ってる。ありがとう。

「大体なぁ、タイトルなんて自分で付けるものだろ。『これがわたしの著書です』って皆に紹介する大事な要素だってのに、それを他人任せでいいのかよ」

「うっ……」

先輩の正論に言葉が詰まる。仰る通りで。でもわたし一人ではどうしようないのだ。

「わたしも色々考えたんですけど、どうにも”これ”というのが出てこなくて……。お願いします! 先輩だけが頼りなんです!」

「……はぁ、まぁかわいい後輩の頼みだ。聞いてやるとするか」

溜息混じりて呆れながらも応じるあたり、先輩は本当いい人だ。

「ありがとうございます! 」

お礼の言葉を述べた後、わたしが書いた詩を先輩に手渡す。

「これなんですけど……」

恐る恐る手渡した詩を先輩は雑に受け取り目を通し始める。

詩の内容は以下の通りである。


タイトル:

窓辺に佇む一輪の花

穏やかで淡い光を浴びて

仄かに色づき綺麗に映えている

その姿に妖艶な美を感じる


でも

どこか儚げで

今にも消えて了いそうな

哀愁に似た感情が湧き上がる

床に伏しているわたし

重い病気で寝たきりの身を

自然と花に映し合わせる

すると命の散る光景が思い浮かぶ


瞬間

わたしの目に涙が溢れ

静かに流れ落ちる

わたしの頬に浮かぶ二つの軌跡は

濡れている


「……」

読み終えててもいい時間になっても黙ったままわたしの詩を見ている。中々言葉を発さないので耐えかねたわたしは遠慮がちに言葉を発した。

「えっと、どうでしょうか?」

すると、先輩は思い出したかのように反応した。

「あぁ、内容はこれといって言うべき感想はないな。善し悪し付け難い、って感じだな」

「うっ……」

また言葉が詰まった。自信があっただけに結構傷ついた。でもわたしが聞きたいのは感想じゃない。

「違いますよ、先輩! わたしが聞きたいのはタイトルです! タ・イ・ト・ル!」

そう、わたしが聞きたいのはタイトルで感想ではない。まぁ感想も聞ければ御の字くらいには思ってたけど。今はそうじゃない。

「『タ・イ・ト・ル!』ってもなぁ、易々と決めれるものじゃねぇからな。花をテーマに置いてるのは分かるが……。そうだ、お前の方で何個か候補あるだろ。簡単でいいから理由もつけて言ってみろ」

かなり上から目線の物言いだが、相手は先輩だし今に始まったことではないのでそのまま話を続ける。

「先輩の仰る通り花をテーマに置いてます。できれば死に関連する花をタイトルにしたいと考えてるんですけどーー」

「詩、だけに?」

「……先輩、一ミリも面白みがない上に悪寒まで襲ってきました。どうしてもらいましょうかね?」

先輩の冗談にキツめの冗談を当ててみた。

「ちょっとした冗談じゃねぇか。分かんねぇ奴だなー」

さすがにキツすぎたのか少し拗ねた先輩、ちょっとかわいいかも。尤もここはスルーが安定。

「ここに書いてあるのがタイトルの候補です」

そう言ってわたしは一枚のメモを渡す。一応理由付きで記している。

「ふむ……」

先輩は受け取るなりメモを片手に詩を読み始める。

そしてある程度の時間が経った後、先輩はこう言った。

「……まぁこれならいいだろ」

「もしかしていいの思いつきました!?」

わたしは少し前のめりに尋ねた。ついにタイトルを付けることができるのだから。

「少し落ち着け。まぁいいのが思いついたのは確かだ。ーーこれだ」

先輩が指で示したのは私のメモに書いてある候補の一つである--だ。

「--ですか? 確かに詩の雰囲気に合ってるとは思いますが、何故これを?」

「もちろん理由もある。順序立てて話すとしよう」

どんな内容なのかワクワクしながらわたしは話の続きを待つ。

「--、この花はお前の詩に欠けているピースを埋める重要な要素を持っている」

「欠けているピース? それは一体どういうことですか? 全然分からないです」

「まぁそうだろう。分かってたら苦労してないだろうしな」

その言葉に思わずむっとなってしまう。事実とは雖も指摘を受けるのは嫌だ。そんな思いを他所に先輩は続ける。

「何が欠けているのか、それは文字だ。--というも文字そのものがお前の詩にないんだ」

先輩はルーズリーフを取り出し、私の詩を全て平仮名で書き出す。

以下は私の詩を平仮名に置き換えたものである。


まどべにただずむいちりんのはな

おだやかであわいひかりをあびて

ほのかにいろづききれいにはえている

そのすがたにようえんなるびをかんじる


でも

どこかはかなげで

いまにもきえてしまいそうな

あいしゅうににたかんじょうがわきあがる

とこにふしているわたし

おもいびょうきでねたきりのみを

しぜんとはなにうつしあわせる

するといのちのちるこうけいがおもいうかぶ


しゅんかん

わたしのめになみだがあふれ

しずかにながれおちる

わたしのほおにうかぶふたつのきせきは

ぬれている


「これと五十音表を照らし合わせてみろ。そしたら俺が示した文字が浮かび上がるだろ」

先輩の言葉を受けわたしは五十音表をメモに書き出し、わたしの詩と照らし合わせる。すると--

「……あっ!」

驚きのあまり思わず声が出てしまった。確かに先輩の言葉通り--が浮かび上がってきた。

「これは……すごいです! わたし好みでたまらないです!」

「……ふっそれならよかったや」

「にしてもわたし、すごいですよね! こんな意味深な詩を書けたんですし!」

「調子に乗るな、バカが。俺の教えあってようやっと成り立つようじゃまだまだっての」

先輩の窘めにしゅんとするわたし。尤も調子に乗りすぎたのは否めない。

「ありがとうございます、先輩! また次も頼みますね!」

「なーにが『また次も』だ。次回以降は自分で考えろ。頼ってばかりだと成長できねーぞ」

「はーい、善処しまーす」

「する気ないだろ、その返事……」

私の気の抜けた返事に呆れ顔の先輩。それを他所に大喜びするわたし。なんせタイトルが決まったのだから。先輩、本当にありがとう。

その後タイトルを書き込んで詩を提出して家路に着いた。


一週間後、わたしの詩が機関誌に載ることが決まった。部員からの評価もそこそこで少し安心した。中でもタイトルの話は好評だった、つまり先輩のお陰だ。本当に感謝してもしきれない。詩にピッタリなタイトルをいただけたのだから。それは--

『 』



 お気づきであろうか? 本文全体にも主人公が書いた詩と同様の技巧を用いているということに。よろしければ今一度お読みいただきたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『 』 宮崎詩織 @tikage625

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る