クマさんと、ワンナイトドリーム その2 後編
しどろもどろになりな言葉を続けながら、立ち上がったシャルロッタ。
その顔は真っ赤になっていて、すごい汗をかきまくっていました。
そんなシャルロッタを見つめながら、僕は目を丸くしていました。
……これって……ひょひょひょひょっとして……姫騎士物語の超レア親密イベントと同じシチュエーションなんじゃ……
そう……
元の世界にいた頃の僕がはまりまくっていたスマホゲーム『姫騎士物語』。
このゲームに登場する姫騎士のパラメーターの中には、強さや剣技習熟度、美麗度などの他に、プレーヤーとの『親密度』という隠しパラメーターが存在していました。
その親密度を一定期間一定以上の状態で維持出来ていた上で、さらに一般には公開されていないレアイベントをこなすと、極々希に超レアな親密イベントが発生するんです。
目の前にいるシャルロッタと瓜二つといっても過言ではない姫騎士物語の登場人物であるシャルロッタの超レア親密イベントというのが『待ち疲れて』っていうものだったのですが……
他の姫騎士の誘われて夕食を共にするというイベントに参加すると、そんなプレーヤーの帰りを待っているシャルロッタに出くわすという……
プライドが高くて、プレーヤーに対しても常に上から目線の物言い繰り返しているのに、それでいて時折デレる。
そんなシャルロッタが、他の姫騎士と食事にったプレーヤーのことが気になって気になって仕方なくなってしまい、プライドも何もかもをかなぐり捨ててプレーヤーの元へ駆けつけてくるという……
僕は、改めて目の前へ視線を向けた。
そこにいるのは、間違いなくシャルロッタです。
……多分、寝ようとしていたんだろう……いつもの正装ではなく、寝間着姿のシャルロッタです。
案外、本当に寝ていたのかもしれません。
髪の毛もぼさぼさだし、顔を真っ赤にしながら一生懸命言葉を続けているんだけど、意味不明な内容に終始しています。
このシチュエーション……まさに、シャルロッタの超レア親密イベントと酷似しまくっている……
ただ、唯一違うのは……ここが姫騎士物語のゲームの中ではなく、実際に僕が生きて生活している世界だってことです。
「え、えっと……その……早かったのじゃな……妾はてっきり朝まで帰ってこないのかと……」
笑ってはいるものの、どこか緊張しているというか、ぎこちない感じのシャルロッタ。
僕だって、姫騎士物語でのあのイベントを経験していなかったら、自分が今置かれている立場を理解することが出来なくて、
『あ、はい、帰りました』
そう言って、そそくさと自室の中に逃げ込んでいたかもしれません。
でも
そのイベントを経験している分、ちょっとだけ……多分、本当にちょっとだけだけど、今のシャルロッタの気持ちがわかるような気がしていました。
ゲームの中のシャルロッタの受け答えを、勝手にシャルロッタに当てはめているだけかも知れません。
でも
そうじゃないかもしれません。
僕の目の前のシャルロッタは、顔を真っ赤にしながら自分の様子がおかしい事をごまかそうとしている様子がありありなのですが、僕がかなり早く帰って来たことで気のせいか安堵しているように見えなくもないといいますか……
でも
だだだだからといって、ぼぼぼ僕はここで何を言えばいいんでしょう? どうすればいいんでしょう?
姫騎士物語のあのイベントはすべて自動進行だったから、プレーヤーの僕が何か選択することなんてありませんでした。
……いや、違う
その時、僕はある事を思いだしました。
そう……自動進行するあのイベントだけど……1つだけ、たった1つだけ選択肢が存在したんです。
そう……それは……
僕がそのことを思い出している前で、シャルロッタは
「……ぶ、無事帰って来たようで何よりなのじゃ……じゃ、じゃあ妾はこれで失礼するのじゃ……」
あたふたしながらそう言うと、僕の前から立ち去ろうとしました。
そう……ここです
姫騎士物語のあのイベントでの唯一の選択肢……それは、
『立ち去ろうとするシャルロッタの腕を掴み、引き留める』
ででででも……ほほほ本当にいいの?
僕なんかがここでシャルロッタの腕を掴んでいいの? 引き留めていいの?
シャルロッタが、本当に僕の事を恋い慕ってここにいた……って、思ってもいいの?
そもそも、三次元の存在のシャルロッタが、ぼぼぼ僕のような冴えないデブのおっさんを好きになってくれているなんて思ってもいいの?
いろんな思考が僕の脳内を駆け巡っていきます。
……あぁ、そうだ
営業回りに行った時に、相手から理不尽な理由で怒鳴りつけられたり
目の前で、一回り以上若い同僚達に嫌みを言われたり
上司から、理不尽な理由で怒鳴りつけられたり
その度に……僕はただ、うつむいてジッとしていたんだ。
何か言わなきゃ……
何かしなきゃ……
頭ではそう思っているのに、体がピクリとも動かない。
頭の中が真っ白になっていて、言葉を発することが出来ない。
そう……今まで何度も出くわしてきた、あのシチュエーションと同じ……
僕はまた、あの時と同じように……何もしないまま……何も出来ないまま、シャルロッタを行かせてしまうの?
……それだけは、嫌だ
「……クマ……殿……」
シャルロッタがいます。
シャルロッタが……僕の腕の中にいます。
僕はシャルロッタを抱きしめていました。
僕の前を過ぎ去り、そのまま自室に戻ろうとしていたシャルロッタ……その腕を掴んだ僕は、そのままシャルロッタを抱き寄せたんです。
体中から、変な汗が噴き出しているのがわかります。
心臓がばっくんばっくん躍動しまくっているのがわかります。
全身の血管が破裂寸前な勢いで血液を循環させているのがわかります。
今、僕の顔を鏡で確認したら、間違いなく茹で蛸のように真っ赤になっていると思います。
まともに呼吸が出来ません。
肩を上下させながら、ふー……ふー……と、口呼吸を繰り返しています。
そんな僕の腕の中で……シャルロッタは僕の胸にそっと自分の顔を押し当てています。
僕に抱きしめられたことで、最初はあたふたしまくっていたシャルロッタなのですが、今は少し落ち着いたみたいです。
「……クマ殿……貴殿がの……いつもみんなのために頑張ってくれているのはよく知っておる。
いつも自分のためじゃなくて、みんなのために身を粉にして頑張ってくれているのも知っておる。
……そんなクマ殿なのじゃ……だから、皆がクマ殿を慕っておる……」
ここで、シャルロッタは一度大きく息を吐き出すと、ゆっくりと顔をあげました。
僕の顔を見上げています。
「……妾は卑怯者なのじゃ……臆病者なのじゃ……
皆のように、クマ殿に好意を伝えることが出来ぬ……
他の女子(おなご)達がクマ殿が仲良くしておるのを見ると、胸がチクチク痛む……
そのくせ……自分で行動することなど、何も出来なかったのじゃ……
こんなにクマ殿のことを思っているのに……嫌われるのが怖くて、何も言えなかったのじゃ……
出来た事といえば、せいぜい兎耳のカチューシャと眼鏡をかけたくらいだったのじゃ……」
……いいいいえ、ああああれはあれですごい破壊力だったといいますか
場違い的にそんなことを思いながら、僕はシャルロッタを見つめかえしていた。
「……不安なのじゃ……クマ殿が誰か他の女子と仲良くなってしまって……いつか妾の前からいなくなってしまうのではないかと……
妾は、仕事しか能のない女じゃし……
素直ではないし、
すぐ嫌みを口にしてしまうし、
嫉妬深いし、
すぐに怒るし、
全然女らしくもないし、
可愛げもないし……」
ここで、僕はシャルロッタを改めて抱き寄せました。
抱き寄せて……そして、シャルロッタの口を、自分の口で塞いだんです。
……とにかくひどいキスだったと思います。
緊張しすぎて、タコのようになってしまった唇のまま、僕はシャルロッタの口を覆っていったんです。
そんな、とんでもないキスだったっていうのに。
シャルロッタはゆっくりと目を閉じ……僕の首に腕を回してくれました。
その腕が小刻みに震えているのが、僕の首に伝わってきました。
シャルロッタも緊張しているんだ……
その事に気づけたおかげで、僕は少しだけ落ち着くことが出来ました。
僕は、一度シャルロッタから口をはなした。
……はぁ
シャルロッタの吐息が聞こえました。
潤んだ瞳で、僕を見上げているシャルロッタ。
僕は……僕は……僕は……
「ぜぜぜ全部ひっくるめて、シャルロッタのことが大好きなんですぅ!」
やっとの思いで、この一言を絞りだした。
もう必死だった。
もうギリギリだった。
なんかもう……体中からいろんなものが吹き出しました。
肩を上下させる僕。
ぜぇぜぇ荒い息を繰り返す僕。
「……クマ殿……嬉しい……」
そう言うと、シャルロッタは……今度は自分から僕にキスしてくれました。
しばらくそのまま口吻をを交わす僕とシャルロッタ。
永遠とも思える時間が過ぎていく……
僕は、ここで最後の勇気を振り絞って……シャルロッタをお姫様抱っこしました。
嫌がるような仕草が少しでもあったら、すぐに降ろすつもりでした。
でも
シャルロッタは……僕の首に腕を回したまま
「……そ、その……あまり形がよくないので……胸はあまり見て欲しくないのじゃ……」
真っ赤な顔でそう言ったんです。
そんなシャルロッタに、僕は。
「いいい、一生大事にします」
声を裏返らせながら、大きな声をあげたのですが、そんな僕の口に、人差し指をあてるシャルロッタ。
「く、クマ殿……こ、ここでは恥ずかしいのじゃ……その……早く部屋の中へ……」
「え? あ、は、はいぃ!」
僕に抱き上げられて、顔を真っ赤にしているシャルロッタ。
その姿に、色々と刻限まで限界に達しながら、僕はそのまま部屋の中へ入っていっきました。
そして僕は……生まれて初めて、大好きな女性と一夜を共にするという……一生に一度も訪れないと思っていた、夢のような一夜を過ごしたんです。
僕は、この夜の事を一生忘れません。
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