クマさんと、ワンナイトドリーム その1
ミミーとポリンカの言い合いがあってしばらく経ちました。
今日、正式にドンタコスゥコ商会ニアノ村店が開店したんです。
大急ぎだったのですが、店の中には
衣料品
調理器具
農具
生活雑貨
と、多種多様な商品がずらりと並んでいたんです。
農業で生計を立てている人が多いこのニアノ村では、特に農具の人気が高くて、三つ叉鍬や一輪車、スコップ、ツルハシのような道具が飛ぶように売れていました。
……気のせいでしょうか……僕が以前暮らしていた世界で流通していた農具に形がそっくりな物がすごく多かった気がしたんですけど……ポリンカによると、
「あぁ、それ、ドンタコスゥコ会長が余所のお店から仕入れているんスよ」
と、教えてくれたんです。
こんな品物を扱っているお店って、どんなお店なんだろう……今度、ドンタコスゥコが来た時に聞いてみようかな。
中には物珍しさから、
「これはなんだい?」
「これはどうやって使うの?」
そんな感じで、気になった物を手当たり次第に質問してくるお客さんも少なくなかったのですが、ポリンカはというと、
「はい、それはっスね……」
「あぁ、それはっスね……」
常に笑顔で、その全てに対して懇切丁寧に応対していました。
お店の前を通りかかる人にも、
「おはようございますっス!」
「今日もいい天気っスね」
笑顔で気さくに声をかけるポリンカは、あっという間に村人達の間に溶け込んでいたんです。
僕も折りを見てはポリンカの手伝いをさせてもらっています。
もっぱら荷物運びばかりなんだけど、こういうときに僕の超バカ力が本当に役にたちます。
本来であれば5,6人掛かりでないと運べない荷物でも片手でひょいっと持ち上げることが出来てしまうんです。
一つの仕事が終わると、
「さ、ポリンカ。次は何をしようか?」
そう声をかけていきます。
元の世界にいた頃の僕は、こうして誰かに指示されるのがあまり好きじゃなかったんです。
周囲がみんな僕より年下だったっていうのが一番の理由でした。
僕のちっぽけなプライドのせいだったのですが……でも、年下の同僚達に、
「あ、あれ持って来て」
「あ、あれの移動たのんます」
そう言ってこき使われることがしょっちゅうだったんだけど……なんかそれって
『どうせ暇なんでしょ?』
年下の同僚達にそう言われているようで、本当に嫌だったんだ。
そんな嫌悪の気持ちがつい顔に出ちゃうこともあったりしたんだけど、そういうときに限って
「なにあの態度? マジむかつくんですけど?」
そんな陰口を、わざと聞こえるように言われたりしたもんでした。
……でも
この世界では、不思議と僕はそんな気持ちを抱くことがなかったんです。
それは、シャルロッタをはじめとしたみんなの役にたちたいって、心のそこから思っているからに他ならないと思っています。
何より、こんな僕のことを、
「クマ殿、ちょっと頼まれてもらえるかの?」
「クマ様、申し訳ないんだけどさ、ちょっといい?」
『クマさん~、少しお願いしたいことが~』
『ダーリン!ねぇねぇちょっとお願いしたいの』
「クマ! ちょっと手伝って!」
「クマ氏、ちょっと頼まれてほしいっス」
いつもみんなが笑顔で頼ってくれるんです。
だからこそ、僕はそんなみんなの役にたちたいって思っています。
……元の世界ではダメダメだった僕だけど、この世界では少しはみんなの役にたててるみたいです。
そう実感出来ることがこの上なく嬉しく思えているんです。
* * *
その日、ポリンカの店の手伝いを終えた僕は、
「じゃ、また明日顔をだすよ」
ポリンカにそう告げながら店を出ました。
「あ、クマ氏、ちょっと待ってほしいっス」
そんな僕を、ポリンカが呼び止めました。
「どうかしたのかい?」
「あぁ、その……大したことじゃないんスけど。本当にお世話になっているっス。感謝してるっス」
「え? あ、あぁ、そんなこと……別にそんなに大したことはしてないしさ。気にすることはないよ」
「いえ、気にするっス! すっごく気にするっス!」
そう言うと、ポリンカは僕の右手を掴むと、
「あの、よかったら今夜、晩ご飯ごちそうさせてもらえないっスか?」
「晩ご飯を?」
「はいっス」
気のせいか、そう言うポリンカの顔が少し赤くなっている気がしたんだけど……うん、ちょうど夕焼け空だし、そのせいだよね。
「うん、せっかくだし、ごちそうになろうかな」
「うわぁ、うれしいっス!」
僕がそう言うと、ポリンカは満面の笑顔を浮かべました。
ただでさえ、シャルロッタの次に、うん、次にですよ、僕の趣向ど真ん中なポリンカなんです。
そんな彼女にそんな顔をされたもんだから、僕の胸が思わず、
トゥンク
と高鳴ったのは言うまでもありません。
お誘いを受けた僕は、一度シャルロッタの邸宅に戻ると
「今日は、ポリンカとご飯を食べてくるから」
そうシャルロッタに伝えました。
「そ、そうなのか……う、うむ、楽しんできてほしいのじゃ」
シャルロッタは笑顔でそう言ってくれたんだけど……気のせいだろうか、少し声がうわずっていた気がしないでもないといいますか……
その後、一応服を着替えてからドンタコスゥコ商会ニアノ村店へ向かいました。
この店の2階で、ポリンカは暮らしています。
……まぁ、食事といっても、ピリの食堂で一緒に食べることになるんだろうな
そう考えていた僕なんだけど、
「あ、クマ氏、いらっしゃいっス!」
僕を出迎えてくれたポリンカの後方からすごく美味しそうな匂いが漂ってきました。
僕の予想に反して、食事はポリンカが作ってくれていたんです。
「さ、クマ氏、座って座ってっス」
案内されて、僕はリビングにあるテーブルの椅子に腰掛けました。
テーブルの上にはポリンカの手料理が並んでいます。
え? おおお女の子の手料理?
ちちちちょっと待って……そそそそんな大層な食事会に招待されたのなんて、ぼぼぼ僕、産まれてはじめてなんだけど!?
たたた確かに、手料理といえばシャルロッタが1度振る舞ってはくれているけど、今回のポリンカのこれはわざわざ自室に僕なんかを招いてくれているわけで、あれとはかなり趣が違うというか……ピリの料理も手料理だけど、ピリの場合はお店の商品というか……
「クマ氏はタクラ酒とスアビール、どっちがいいっスか? どっちもとっておきっスよ」
「え、あ、そ、その……ととととりあえずスアビールとかいうやつで」
思いっきり緊張しまくっている僕は、ドギマギしながら返答していました。
「どうしたんスか? 変なクマ氏っスね」
挙動不審な僕を見て、ポリンカがクスクス笑っています。
よく見ると、いつもはつなぎの服を着ているポリンカなのですが、今は胸元がざっくり開いたシャツと、ホットパンツという……なんかちょっと露出多めな服装をしているような気がしないでもありません。
一度そんなことに気がいってしまうと、必要以上に緊張してしまうというか……
とにかく、終始緊張しまくっていたもんだから、せっかくのポリンカの料理の味がよくわからなかったというか、ほとんど覚えていなかったんです。
「お代わりどうっスか?」
「ははははい、よよよ喜んで」
「あはは、いっぱい食べてほしいっス」
そんな会話を交わしながら、出された料理を片っ端から口に運び続けていました。
そういえば、出されたビールが凄く美味しかったのはよく覚えています。
「このスアビールは、ウチの本店でも超人気なんスよ。うまいでしょ?」
「うん、これはすごく美味しいね」
元いた世界ではあまり酒やビールを飲んだことがなかった僕は、アルコール類の善し悪しなんて本来わかるはずがないんだけど、このスアビールっていうこの世界のビールが美味しいというのだけは本能的に理解出来た感じでした。
うん、これは美味しい。
これならいくらでも飲めそうだ。
そんな感じで、その貴重なスアビールを僕はガンガン飲んでいた気がします。
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