31.先輩の秘密④
先程の病院に入り、今は『月城総次郎』という名前のプレートが掲げられた病室の前。俺と四葉は月城先輩に付いて来ていた。
「ここが私のお父さんの病室よ。それで……」
突然困ったような顔でこちらを見る月城先輩、恐らくここからどうしていいのか分からないのだろうと思った俺はすぐさま一歩前に出る。
「良かったら、俺が扉を開けますけど。大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、お願いできるかしら?」
「お安いご用ですよ」
コンコンコンと三回ノックをして扉の取っ手に手をかけ、それからゆっくりと扉を開けた。
「どうぞ入って下さい、先輩」
「え、ええ……」
月城先輩の声は少しだけ揺れていた。きっと緊張しているに違いない。なんせ六年間だ。六年もの間ずっと現実から目を逸らし続けてきた彼女にとって今この瞬間が緊張しないはずがない。
だが大丈夫だ、きっとすぐに……。
「……お父さん!」
──きっとすぐに緊張なんてものは忘れてしまう。
月城先輩は初め病室に入るのを躊躇っていたものの、ある場所を一目見た瞬間真っ先にそこへと飛んでいく。飛んでいった先を見るとそこには静かにベッドの上で眠る壮年の男性がいた。あの男性がきっと彼女の父親なのだろう。
「ごめんなさい、私ずっと怖くて。ごめんなさい、私があの時飛び出したばっかりに。ごめんなさい、ずっとお父さんから逃げて……ごめんなさい、ごめんなさい」
ベッドで静かに眠る父親とその横で泣き崩れる娘。これで本当に良かったのだろうか、ふとそんなことを思ってしまうがすぐに首を横に振る。きっとこれで良かったのだ。これ以上俺達が出る幕はない。
「四葉、俺達は外で待ってるか」
「そうですね」
あとは家族の問題、俺達の役目もこれまでだ。それにしてもただ男性恐怖症の改善に協力することでまさかこんな厄介な目に遭うとは思っていなかった。まぁ後半は半分自分から厄介事に巻き込まれにいったという自覚はあるが、それを抜きにしても俺は色々と厄介な目──主に四葉経由で──に遭っている。だがそれも今日まで、明日からはまた平穏な日々が戻ってくるだろう。
「……凛君はもし私が困ってたら先輩みたいに助けてくれますか?」
突然の問いかけに四葉の方を見ると、彼女は不安げな表情でこちらを見ていた。
「突然どうしたんだ?」
何故いきなりそんなことを聞くんだと四葉に疑問を投げると彼女からは少々可愛らしい答えが返ってくる。
「なんとなく気になったんです。私の場合も同じように助けてくれるのかなって。……いや、やっぱり今のなしです。忘れて下さい!」
最近はぶっ飛んだ発言ばかりをしていたので忘れていたが、少し前まで四葉はこういった可愛らしい感じだった。一体彼女はどこで間違えてしまったのか。俺はただ以前の彼女が帰ってくることを祈るばかりである。それはともかくとして……。
「先のことは分からないが多分そうすると思う。まぁもうただの他人ってわけでもないしな……」
頬を掻き、恥ずかしさ混じりに返すと四葉は少しだけ照れた様子で俺から目を逸らす。
「忘れて下さいって言ったのに……」
なんだこの可愛い反応は。四葉のこんな反応は久しぶりなので少しだけ緊張してしまう。だが緊張していたのも数秒のこと、すぐにいつもの彼女が姿を現した。
「でもそれならいいんです。つまり凛君はずっと私だけのものでいてくれるってことですよね?」
何がつまりなのか分からないが、笑顔で俺に問いかけてくる四葉の姿は照れ隠しをしているように見えなくもなかった。まぁきっと気のせいなのだろうが。
とにかく今日は本当に疲れた。とりあえず帰ったらすぐお風呂に入って寝よう、そうしよう。
「お待たせしたわね、二人とも」
俺が家に帰ってからのプランを練っていると後方から先程まで聞いていた声が聞こえる。声がした方を向くとそこには泣き続けてそうなったのだろうか、目尻が少しだけ赤くなった月城先輩が立っていた。
「もういいんですか? 俺は待ちますけど」
「凛君が待つなら私も待ちます」
俺と四葉の言葉を聞いた月城先輩は一度微笑むと首を横に振る。
「そう言ってくれるのは嬉しいのだけど流石にこれ以上後輩君達に迷惑を掛けるわけにはいかないわ。……付いて来て」
月城先輩は最後に一言だけそう言ってどこかへと向かう。方向的に面会受付だろう。
予想通り面会受付を通って外へと出ると、そこで月城先輩は立ち止まった。
「本当はあともう少しお見送りしたいのだけどここまでで大丈夫かしら? この後少し用事があるの、ごめんなさい」
「はい、大丈夫です。じゃあ俺達はここで失礼しますね」
軽く頭を下げると四葉も同じように頭を下げる。
「今日は何から何までお世話になったわね。それとさっきことはその……本当にごめんなさい」
さっきのこととは多分俺を叩いたときのことだろう。あれはいきなり月城先輩に真実を迫った俺が悪いところもあるので全く気にしていないのだが、手を上げた本人からしたら気になるのだろう。気にしていないことをアピールするため、俺は笑顔で答える。
「いえ、気にしてませんよ。寧ろ良かったです」
素直な気持ちを表に出してくれて良かったという意味で言ったのだが、月城先輩と四葉は違う意味で受け取ったらしく……。
「そ、そうなのね。まぁ趣味は人それぞれだし、私は良いと思うわよ。ええ」
「……なるほど、凛君は激しめな扱いがお好きなんですね。勉強になります」
少々というか、かなりおかしな空気になっていた。目を合わせようとしても月城先輩はすぐに逸らし、逆に四葉はキラキラとした目を俺に向けてくる。実際四葉に関してはただ怖いだけである。まさか実践とかしないよね?
「とにかく俺達はここで失礼します」
おかしな空気に耐えきれなくなりやや不自然ながらも歩き始めると、少しして隣に四葉が並ぶ。
歩きながらふと月城先輩の方を見ると彼女は今まで見たことがないほど優しい笑みを浮かべていた。きっとこれが彼女の本当の笑顔なのだろうと、そんなことを思ったが恥ずかしくなってすぐに自分の頬を叩く。その際に隣から『やっぱりそういうことなんですね』と何か誤解されているような気がしたが、気にしないことにした。
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