32.平穏な生活と思いきや

 現在地は学校の屋上、時間は昼休み、季節としてはもう夏に近くなってきた頃だろうか。梅雨も終わり青い空がよく見れるようになった今日この頃、俺はというと二人の女性に挟まれていた。


 いや、これだけを聞けば羡ましいと思うかもしれないが実際は違う。どういうことか具体的かつ簡潔に説明すると俺は事実上拘束されていた。


「凛君から離れてください! 先輩」

「後輩君から言われるのはまだ分かるのだけど、どうしてあなたから言われないといけないのかしら? 祝さん」


 俺の左隣にいた四葉は俺の左腕を容赦なく引っ張り、一方の月城先輩は俺の右腕を引っ張る。これはもう一種の拷問である。


「その、そろそろ二人とも離れてくれないか? 腕が痛い」


 そもそもどうしてこういう状況になってしまったのか。

 事の発端は一ヶ月以上前まで遡る──。


◆◆◆


 あれは月城先輩の問題が解決して、やっと少しは落ち着いた生活が出来ると思っていた時の事。

 俺はいつものように学校生活を送っていた。朝起きて、四葉と登校し、授業を受け、孝太と駄弁り、四葉と帰宅する。そんないつものルーチンワークをこなしていたそんなある日、一通のメッセージが俺の携帯に届いた。


『放課後、いつもの場所で待つわ』


 相手は月城先輩、彼女の問題が解決してからというもの一切といっても良いほど関わりがなかった相手。一体何の用事なのかと疑問に思う反面、もしかしたらまた何かあったのかもしれないと、そんな心配から俺は放課後に目的地──図書室へと向かった。



 何も準備をしていなかった。だから突然のこの言葉には対応出来なかった。


「私どうやらあなたのことが好きになってしまったみたいなの」

「それって人間としてですよね」

「いいえ、一人の男の子としてよ」


 そう、突然の愛の告白には対応出来なかった。そのときはただ慌てることしか出来なかったのを覚えている。


 ──そもそも何故月城先輩が俺のことを?


 そんなことを考えていると彼女は続けて言葉を発した。


「ごめんなさい、いきなりだったわよね。別に返事は求めてないの。ただ伝えておきたくて……その、今日の用事はこれだけよ。じゃあ私は失礼するわね!」


 月城先輩はいきなり別れを告げると背を向け、どこかへと走り去っていく。彼女の男性恐怖症が治ったのは良いこと。だがどうしてだかそのときは今まで以上に面倒なことになるような、そんな予感がした──。


◆◆◆


 そういうわけで今のこの状況、バッチリ俺の悪い予感は的中していた。四葉と昼食を取っていたところ、急に月城先輩が乱入してきてこの有り様である。先輩のこの様子を見る限り、あの告白は俺をからかっていたわけではなさそうだ。


「それなら後輩君に決めてもらいましょう」

「そうですね。まぁ凛君の答えは決まっているでしょうけど」


 二人は視線のぶつけ合いを止め、同時にこちらを見てくる。正直急に話の矛先を向けられても困るのだが、これは雰囲気的に答えないといけないのだろう。

 どちらかを選んだら場が荒れる。かといってこのまま選ばないということも出来ない。こうなったら残る手段はあれしかない。


「あの、俺は三人で仲良く食べたら良いと思うんだが……」


 間を取って平和路線を選んだのだが、四葉は納得いかなかったようで……。


「それは無しです、凛君。先輩の前で恥ずかしいのは分かりますがここは素直に私の名前を呼ぶところですよ」


 顔に笑みを浮かべて猛反対してきた。そもそもこの争いは月城先輩が乱入してきたことをよく思わなかった四葉から始めたこと。彼女が反対してくるのは考えてみれば自然なことだった。それにしても彼女の笑顔ほど怖いものはない。


 どうしようもなくなって困った表情のまま月城先輩の方へと顔を向けると彼女は仕方ないと首を横に振ってから一つの提案をしてくる。


「祝さん、それなら時間帯で分けるというのはどうかしら?」

「時間帯で分けるですか? でもそもそも凛君は私のものです!」

「そうね、その通りだわ。だからこれは単なる私のお願いよ。放課後のあなたが委員会の活動をしている時間だけで良いの、後輩君を私に貸してくれないかしら?」


 何故俺ではなく四葉に許可を求めるかなど今さらなので突っ込まないが、それでは少し前まで図書室で話をしていた時とあまり変わりない。俺が言うのもおかしいが本当にそれで良いのだろうか。


「私が委員会をやっている間だけですか?」

「そう、その時間だけの話よ。どうかしら?」

「まぁそれなら考えなくもないですが」

「ということは大丈夫なのね?」

「……はい、そういうことなら」

「じゃあそういうことでよろしくお願いするわ。とりあえず今日のところは退散するわね」


 月城先輩はもしかして最初からこれが目的だったのかと思ってしまうほど素直に引き下がる。前々から思っていたことだが彼女の考えていることは四葉と同じくらいに分からなかった。



 そうしてやって来た四葉が委員会の日、俺が彼女に『絶対油断しないで下さい』と最大限注意をするよう促された中で向かった場所──図書室に入るとそこには一ヶ月前と同じように月城先輩が本を読んで待っていた。


「それにしてもよくこの場所が分かったわね。指定もしてなかったのに」

「まぁ先輩と言ったらここですからね。それで俺はこれからどうすれば良いんですか?」

「あら、何かしてくれるつもりなの?」


 これは自分でも気づかないうちに四葉に毒されてきたということなのだろう。無意識でのことなので正直苦笑いすることしか出来ない。こうなってしまわないためにも、たまには彼女のお願いとやらを聞くだけでなく、断ることも必要なのかもしれない。


「いやそういうわけではないですが」

「あら残念ね。でも私はただ話をしてくれるだけで満足よ」


 突然向けられた笑みに月城先輩が多少魅力的に見えてしまうが、視線を逸らして平常心を保つ。そうして自分自身と戦うこと数秒、いつの間にか月城先輩は立ち上がって俺のすぐ隣まで来ていた。


「でもそうね、先輩とイイコトをするっていう選択肢もあるわよ」


 ふっと耳元に生暖かい吐息をかけられる中で俺は思った。

 この急変するパターン、どこかの誰かでも見たことがあると──。

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