21.彼女との初デート②
目的地の駅の改札を出るとそこは別世界だった。駅を出てすぐに広がる無数のビル群にその近くを歩く多くの人達、地元駅前の風景とは大違いである。そんな風景に感嘆のため息を吐いていると俺の横で四葉が俺と同じような反応をするのが見えた。
「すごいですね。私こんなにもたくさんの建物が並んでいるところは初めて見ました」
「まぁ地元とは違うからな」
「それに人もすごいですよね。なんだかはぐれそうです……」
心配そうにこちらを見る四葉は何かを要求しているように見えた。今の言葉で要求しているといったらこれしかない。一応俺は四葉の彼氏で今はデート中、これくらいは問題ないはずだ。
「それなら手でも繋ぐか?」
「良いんですか?」
「ああ、前に言ったからな」
「ありがとうございます!」
その言葉の直後にどうしてか俺の胸の方に倒れこんでくる四葉。いきなりのことで動揺せずにはいられなかった。
「あ、あの四葉さん。この状況、手を繋ぐっていうか……なんか違くないか?」
「そうですか? ちゃんと手は繋いでますよ? ほら」
四葉に視線を促され見ると確かに手は繋いでいた。というより握られていたと言った方が正しいかもしれない。
いや違う、そういうことではない。どうみても手を繋ぐ以外の余計な動作が入っている。
「でもこれってあれだよな。世間一般でいうと抱き合っているように見えるよな」
抱き合っているように見えるというか、まさに抱き合っているのだが、とりあえずは四葉に合わせておく。
「そんな細かいことは気にしなくて良いんですよ。それより空いている方の手を私の背中に回してください」
この状況で更なる要求かとは思ったが、既に抱き合っているのも事実、四葉の背中に手を回すくらいなんてことない。それに彼女の機嫌を悪くもさせたくない。そういった思いから彼女の背中に俺は手を回した。
「どうですか? 温かいですか?」
「それはまあ。人の温もりは感じる」
俺の言葉を聞いた四葉はそれから背伸びをすると、俺の耳元で囁く。
「私も同じですよ。凛君の温もりを感じます」
こそばゆいというかなんというか、吐息混じりの声に一瞬ドキッとしてしまったのは仕方ないことなのだろう。これは耳元で囁かれれば誰でもこんな反応になってしまうのであって、別に四葉だからとかそういうわけではない。そう、決して四葉の吐息が生々しくて変な気分になったとかそういうわけではないのだ。本当だ。
「凛君、顔が赤いですけどどうしましたか?」
「いや何でもない、それよりそろそろどこかに行かないか? いつまでも駅から動かないのもあれだし」
「確かにそうですね。実は私、このデートが決まってからずっと行きたいところがありまして……」
俺からすっと離れた四葉はそれから少し遠慮がちに提案をしてくる。先程まであんな大胆な行動をしていた彼女が今更遠慮などらしくなくて、それが俺には少しおかしく思えた。
それはともかく、駅から少し歩いたところに目的地はあった。外観はとにかくビル。四葉が目的とする場所は目の前のビルの中にあるのだろう。
「さあさあ、こっちですよ。凛君」
「あ、ああ……」
そうして四葉に引っ張られるようにして連れられて来たのは落ち着いた雰囲気をした外観のカフェだった。ただ落ち着いているのは外観だけで店の中は賑わいを見せている。
「ここに何かあるのか?」
俺の純粋な質問に四葉は『知らないんですか?』とまるで常識を知らない人でも見るかのような目を俺に向けてきた。
「ここにはものすごく……いや、ものすんごく美味しいと有名なモンブランがあるんですよ!」
これほどまでに四葉のテンションが上がるのはきっとこのカフェのモンブランがずっと食べたかったからなのだろう。それにしても今の彼女はいつになくテンションが高い。
「四葉がそこまで言うんだったら俺も気になるな」
「ですよね! 早速中に入りましょう!」
四葉が楽しそうなのは良いこと。彼女が店内に入って行くのを後ろから見ながら、俺も同じように店内へと向かった。
店の中に入り、店員から席の案内を受けて着席する。その後は俺と四葉で合計二つのモンブランと紅茶のセットを注文していた。
「そんなにモンブランが好きだったのか?」
「はい、昔から。特に凛君と同じで甘過ぎないところが好きですね」
遠回しに好きだと言われているような気がして少しだけ狼狽えてしまうが、なんとか平常心を取り繕う。きっと四葉が言いたかったのは
「俺ってそんな感じに見えるか?」
四葉の言葉に含まれていた甘過ぎないというのがなんとなく気になって聞いてみれば、彼女は少し考えるように店の外を見る。
「はい。甘過ぎず、かといってそんなに苦いわけでも、辛いわけでもない。凛君はそんな人です」
そんなことは生まれて初めて言われた。一見褒められているような気もするのだが、実際俺は喜んで良いことなのか困っていた。彼女が言っているのはつまり俺と四葉には一定の距離があるということ。受け取り方によっては良い方にも聞こえるし、悪い方にも聞こえる。
「私にはそれが丁度良いんです。あまり甘過ぎるとバチが当たっちゃいますからね」
そう言って笑みを浮かべた四葉はどこかぎこちなく見えた。
もしかしたら今まで彼女は良いことというものに怯えて生きてきたのかもしれない。良いことがあったら、必ずそれを打ち消すような不幸なことが起きる。これはよく聞く考え方の一種であるが、彼女はまるでそれが自然の摂理であるかのように話していた。もし本当に彼女の場合は良いことの後に必ず不幸なことが起きるのだとしたら……。
それはきっと悲しいことだ。少なくとも俺はそう思った。
「お待たせ致しました。こちらモンブランセットでございます」
「ありがとうございます。ほら来ましたよ! とても美味しそうです!」
「ああ、そうだな。でも俺甘いものそんなに食えないんだったよ。良かったら半分食べるか?」
「……良いんですか?」
「ああ」
「すみません、ありがとうございます。このお礼はまた」
「そんなのいいから」
だからというわけではないが、せめて今日くらいは笑顔でいて欲しいと、大事そうにモンブランを口の中にしまう四葉を見ながら俺は勝手にそんなことを考えていた。
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