20.彼女との初デート①

 土曜日晴れ、自室のカーテンを開けて天気を確認した俺は早速、身支度に取りかかっていた。というのも今日は四葉と都心の方に遊びに行く日、いわゆるデートの日だった。


「とりあえずこれでいいか」


 クローゼットの中から適当に服を取り出し、急いでそれに着替える。その後自室のある二階から一階に下り、顔を洗ったところで一階中に家のインターホンが鳴り響いた。


「凛君、起きてますか?」


 小さいながらもしっかりと通る声に急いで玄関の鍵を開けると、そこには予想通り四葉の姿があった。彼女は片方の手でくるくると髪を弄りながら、もう片方の手で恥ずかしそうに自らのスカートの裾を掴む。そこまでソワソワされれば周りから鈍感だと言われている俺でも流石に分かる。


「その服、似合ってるぞ」

「そうですか? ありがとうございます!」


 若干嬉しそうに口元を緩ませている辺り、やはり四葉はこの言葉を待っていたのだろう。


「ところで四葉、こんなに早く来てどうしたんだ? 時間まではまだあるだろ」

「それはもちろん、あれです」

「あれ?」

「はい、あれです」


 あれと言われて咄嗟に何も思い浮かばず、何も言えなくなる。それを見た四葉は手持ちのバッグから一枚の布を取り出した。


「朝ごはんを一緒に食べましょう」


 取り出したのはどうやらエプロンのようだった。よく見るとエプロンには花柄の刺繍が施されていて実に女の子らしい。それより何より女の子がエプロンを身につけるというシチュエーションにはなんかこうグッと来るものがあった。


「ああ、分かった」

「じゃあ、ちゃっちゃと準備しますね。凛君は身支度を続けてて下さい」


 エプロンを着ながらの四葉にどうして俺が身支度をしている最中だったことが分かったのかと聞こうとするが、その前に四葉が答えを言う。


「デートに頭ボサボサのままは止めてくださいね?」

「分かってる」


 四葉にそう言われるのはなんだか照れ臭くて、俺は彼女と目を合わせることが出来なかった。



 それから身支度を終えて、リビングに行くとそこにはパンの焼けた良い香りと肉の香ばしい匂いが漂っていた。遠目から見るに彼女が作ったのはベーコンエッグトーストだろう。


「身支度終わりましたか?」

「悪い、待たせたか?」

「いえ、私もちょうど今作り終えたところです……っと少しこっちに来てもらっても良いですか? 凛君」


 なんだと思いながらも言われた通りに四葉の近くまで行くと彼女は少し背伸びをして俺の頭へと手を伸ばす。


「取れました」


 そう言った四葉の手のひらには糸屑のようなものが乗っていた。どうやら俺の頭についていたらしい。


「悪い」

「いえ、これくらいお安いご用です。それより早く食べないと冷めますよ」

「そうだな」


 軽くはにかむように笑う四葉はエプロン姿と相まって、とても魅力的に見えた。今この時、彼女は何を考えているのか。ふとそんなことが気になったが、それがまるで好きな人に対してする行動のように思えた俺は恥ずかしさから咄嗟に考えていたことを外に追い出した。


◆◆◆


 都心までは自宅の最寄り駅から電車で一時間程かかる。今日は土曜日、現在俺達が乗っている電車には平日の通勤ラッシュのような混雑さはないが、多少の居心地の悪さがあった。通勤ラッシュではないにしてもそれなりに混んでいるとかそういう話ではない。単純に周りからの注目の視線が痛かった。

 もしかしてあれか? これは四葉のせいなのか?

 そう思って彼女を見ると、彼女は心配そうに俺を覗き込んでいた。


「どうしましたか? 顔なんか青くして、もしかして体調でも悪いんですか?」


 四葉に心配されるとは相当顔が青いらしい。元々人混みが苦手なのでもしかしたらその影響かもしれない。


「いやちょっと周りの視線が気になってな」

「視線ですか……」


 四葉は一度周りを確認し、再びこちらを見る。周りを確認して何を思ったのか彼女はどこか悪い笑みを浮かべていた。しかしそれも一瞬のこと、すぐに弱々しい表情へと変わる。


「凛君、なんだか私も気分が悪くなってきました。肩を貸してくれませんか?」

「へっ?」

「へっ? じゃないです。私もちょっと気分が悪いので肩を貸して下さい」


 ついさっきまで元気だったはずなのだが、四葉も人の視線やられたのだろうか。それにしても急すぎるような。


「でもさっきまで普通に元気だったよな?」


 そう思って四葉に聞いてみれば、彼女はわざとらしく咳をし始める。


「なんだか咳も出てきました。風邪ですかね? ええ、きっとこれは風邪ですね。でも凛君が肩を貸してくれたら治る気がします」


 明らかに肩を貸してもらうための演技にしか見えないが俺には四葉のお願いを断る理由がない。どうしてそれほどまでに肩を貸して欲しいのか疑問だが彼女の行動の理由が分からないのはいつものこと、それならいっそのこと気にしない方が良いのだろう。まぁこれでさらに注目が集まるのは必至だが仕方ない。


「分かった、好きに使ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 そうして返事をした四葉はすぐに自らの頭を俺に預けてきた。彼女から漂ってくる洗剤の良い香りに、服越しに伝わってくる彼女の体温、悪くない感覚だが少々気恥ずかしい。


「へへ、凛君の良い匂いがします」


 これはもうあれだ、無心になることが一番良い。反応してしまえば四葉の思うつぼ、彼女の行動の更なる激化に繋がりかねない。だが完全に無心になることなど不可能だった。ドキドキと脈打つ心臓の音は次第に大きくなっていく。


「……もしかしてこうするのは嫌でしたか?」


 俺の心臓の音はどうやら四葉にも聞こえていたらしく悲しそうな表情で彼女に迫られる。


「い、いやそんなことはない」


 そんなことをされれば嫌と言えるはずもなく二つ返事で四葉の質問に答えるしかない。


 しかし何も考えずに返事をしたのが悪かったのか彼女はそれならと更に体を近づけてくる。そのとき俺の腕には彼女の胸が当たってしまっていた。これって俺悪くないよね?


「ということはもっとくっついても大丈夫ということですよね」

「まぁ確かに嫌じゃないとは言ったがこれ以上は……」


 あなたの胸が当たってます。本当はそう言いたいが、普通に考えてそんなことを口に出して言うことなど出来るはずがない。


「どうしてですか? やっぱり嫌だったんですか……」


 これが天然なのか、それともわざとやっているのかは分からない。ただ一応言っておくとここは電車内、彼女の行動のおかげで俺達が更に注目されていたのは言うまでもなかった。

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