19.先輩とメッセージ

 放課後の図書室、窓の外から聞こえる運動部の掛け声を聞きながら俺は本棚、もとい月城先輩と話していた。


「……それでそんなにげっそりした顔をしてどうしたのかしら?」

「いえ、ちょっと四葉と色々ありまして」

「そうなの、大変だったわね」


 内容とは裏腹に全くそう思っていないように聞こえる月城先輩の言葉。実際、彼女は俺の身に起こった事実を知らないわけでそういった反応になるのは仕方ないことなのだろう。それに寧ろ彼女が知らなくて良かった。あんなことは他の人が知っていて良いようなことではない。


「それで昼休みのメッセージについて聞きたいんですけど」


 そろそろ本題だと話を切り出すと彼女は記憶を辿るように『そうね』と言葉を発しながら顎に手を当てる。


「昼休みと言ったらあれかしら? ちょうど私、一年生の男の子に告白されていたわね」


 月城先輩が告白された? 冗談だろ? あの月城先輩が? そもそもどうやって告白した?

 頭の中に様々な疑問が浮かぶが最終的にはこの一言に落ち着いた。


「冗談は良いですから早く教えて下さい」

「冗談ではないわ。これでも私、月に一回は告白されているわよ」


 真実とは到底思えないが月城先輩の表情はわりと真剣だった。


「でも先輩は男性恐怖症なんですよね?」

「ええ、今のように障害物を挟まずにあまり近くで男の子と話すことは出来ないわ。だから彼には距離をとってもらったの。あそこは普通の空き教室だったから確かこの図書室の端から端の半分くらいの距離かしら。それでも襲ってきた場合を考慮して私は教室の外に出ていたわね」


 告白するのに距離をとってもらって、その上自分はその教室の外にいるって……それどういう状況なんですか。率直にそう言いたい気分だった。月城先輩が既にその教室にいないというのなら最早それは告白ですらなんでもなくただの独白である。流石に告白した彼には同情せざるを得なかった。


「大変でしたね、その彼」

「ええ、大変だったわって……彼?」

「いえなんでもないです。気にしないでください」


 それにしてもあの月城先輩がモテることには驚きだった。二年生の間で変人扱いされていると孝太から聞いていたので、てっきりそういうのとは無関係だと思っていたのだが、相手が一年生となると話が違うのだろう。確かに見た目だけ見れば、落ち着いた雰囲気でナイスバディの美人なお姉さんだ。見た目だけを見れば。


「まぁそれはいいです。そろそろ俺の質問に答えてくれませんか?」

「だから答えたじゃない。私はお昼休みは告白されていたのよ?」

「それはつまり知らないと、そういうことですか?」

「それ以外にないわよね」


 一体どういうことだろうか? 月城先輩があのメッセージを送ってきたのではないとすれば一体誰が……。


「先輩、すみません今携帯持ってますか?」

「ええ、それならここに……ってあれ? ないわね」


 慌てる月城先輩の声が聞こえたところで図書室に新たな来訪者の足音が鳴り響いた。軽快に鳴る足音がする方に顔を向けるとそこには若干嬉しそうな四葉の姿があった。


「あ、凛君。ここに居たんですね。それに先輩も……って二人とも何やってるんですか?」


 四葉は多分今の俺と月城先輩の状態──間に本棚を挟むという立ち位置について言っているのだろう。


「まぁこれは先輩に対する考慮というか、そういうもんだ」

「そうよ、後輩君がいつ襲ってくるのか分からないからこうしているの」

「凛君はそんなに先輩を襲いたいんですか?」

「いやそれは断じてない」


 そう、断じてない。相手がどんなに美人でタイプど真ん中だったとしても俺にはそんな度胸ないし、そもそもそんなことで捕まりたくはない。


「そうですか、凛君が犯罪者にならなくて良かったです。……ところで先輩、携帯落としてましたよ」

「あら、ないと思っていたら落としていたのね。どうもありがとう、祝さん」

「いえいえ」


 今の二人のやり取りに俺はふと違和感を覚えていた。

 四葉はどうして携帯を落としたのが月城先輩だと分かった?

 先輩の携帯はどこにでもあるような機種で外見上、目立った特徴はない。普通に考えたら落とした携帯が先輩のものだと分からないはずだ。


「なぁ四葉、それどこで拾ったんだ?」

「普通に朝の昇降口で拾いました」


 朝の昇降口、今日四葉と俺は一緒に登校してきたはずだが、彼女が携帯を拾う光景など見てない。


「朝か、確か今日は一緒に登校したよな?」

「ああ、それはそうですけど携帯は私の靴箱に入っていたんですよ」

「靴箱か?」

「はい、靴箱です」


 どうして靴箱に? という疑問が頭の中に浮かんだところで本棚の向こう側から月城先輩の声が聞こえてくる。


「もしかしたら私が間違えたのかもしれないわね。一年生のときはちょうど今祝さんが使っている靴箱を使っていたから」


 単純に靴箱を間違えたというところまでは分かった。しかしその先の行動までは分からなかった。


「それでどうして携帯を靴箱に入れるんですか?」

「体質克服のために訓練をしようと思ったのよ。ほら、朝の昇降口で録音しておけば色んな人の声が取れるでしょ?」


 つまり月城先輩は録音した音声に含まれた男の声で体質の克服をしようとしたのだろうか。実物が駄目ならまずは声からという考えは納得できる。まぁそのまま忘れていたら意味はないのだが。


「ということは今の今まで先輩の携帯は四葉が持っていたのか……」


 あれ、それだと不味くないか? 今日俺は月城先輩に色々とメッセージを送っている。先輩の携帯の通知欄には俺からのメッセージが表示されていてそれはロック画面からでも見ることは出来るし、そのまま返信も出来る。そして今日送ったメッセージのいくつかには返事が来ていた。


「四葉、もしかして先輩の携帯を見たのか?」


 そう考えるのが普通だ。先輩の携帯の通知欄に表示されたメッセージを見れば、それが誰の携帯なのかも分かる。それはつまり……。


「何のことですか?」


 俺の相談が四葉にバレたことを意味していた。そしてその相談を知った上でのあの一件、あのときの彼女は俺の体温が目的だと言っていたが、果たして本当にそうなのだろうか。もし他に何か別の目的があるのだとしたら……。


「いや、やっぱりなんでもない。忘れてくれ」

「そうですか、おかしい凛君ですね」


 そう考えるととても怖かった。目の前で小悪魔な笑みを浮かべる四葉に今はただ恐怖しか覚えなかった。

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