第五十五話『暗号』
戦友、エルシーの死。
留意していた事だ。
帝国中枢に踏み込む以上、命の危険は危惧すべきだった。
私も、彼女自身も。
最初から『死ぬだろう』と言う事は、心底から察していた。
この任務はそれ程までに危険だった。
エルシーは、良くやった方ではあるだろう。
必ずや、仇を打って見せる。
『祖国の為に』と命を投げ打った君の御姿を、私は忘れない。
「死んでしまいましたね、エルシーさん」
「そうですね」
レネが残念そうに呟く。
その通路の奥で、警備兵と生徒が何十人か立ち尽くしている。
あそこはエルシーの部屋だ。
警備兵を盾に締め切られたその部屋の内部がどうなっているかなど。
……残念ながら、もう察せている。
「見に行かないんですか?」
「いえ。向かったら逆に怪しまれます」
「……冷淡な人ですね」
「──────どこが」
警備兵の目がこちらへ向く。
早々に立ち去ろう。
この状況が悪化する前に。
私は私で、すべき事を成さねばならないのだから。
早歩きで通路を歩き、進む。
その突き当たりには──────リアルが居た。
「リアル。エルシーの見舞いにでも?」
「まぁ、それもしたい所ですが……」
問いを投げるも、顔色を濁して答えるリアル。
何か事情があるのでしょうか。
あの『暗号』関係だったら嬉しいですが……。
事実エルシーは殉職なさいましたし、可能性としては薄いものがあるでしょうか。
「何かご意見でも?」
「え、ええ。まぁそうなんですが……まずは。機械兵科に来てください」
リアルは周りを忙しく見渡しながら、そう言った。
周囲の人目を嫌ってるのでしょう。
人前で話せない話題……。
もしかして、彼女のことでしょうか。
「……リベンさんが何かやらかしたのですか?」
「いえ、そう言う訳では。兎に角、見てもらいたいものが」
違うのですか。
ですがまぁ、再び興味を持ちましたね。
「分かりました」
ついていくことにしましょう。
多分エルシー関連のことですので。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
暗くもない、カーテンを全開にした機械兵科。
かの汚い部屋とは打って変わり、ここは機能性が重視された家具配置に。
確実にリベンの手が入ってますね。
彼女、案外に綺麗好きそうですから。
「たった数日でよくここまで仕上げましたね」
機械兵科に入り、そのまま鍵を閉める。
その入り口近くでは、リアルの舎弟と思しき二人が駄弁っている。
目の前にはリベンもいると言うのに。
そう思っていると、彼女達は答えてくれた。
「リベン姉さんと手伝って、頑張ったんですよー」
「埃まみれで、非常にタイヘンでしたけど」
……ああ。彼女達もこっちサイドですか。
確かにリアルのご友人ならば、ありえないこともないですか。
「そうですか」
適当に会釈をして、そのままリベンに目を向ける。
……ユリスと何か言い合っていますが、まぁ放置でいいでしょう。
「───で、リアル。見てもらいたいモノとは?」
「はい。まだ私たちも見てないんですが……」
そう呟きながら、リアルは言い争うリベン達に寄り添い。
「すみませんが」
「あ?なんだリアル」
「い、い一応こっちも取り込み中なんだけど」
「──────エクセルさんが来ました。あれを」
「ああ?……ああ、あれね。ユリス、宜しく」
「え、あ、は、はいはい───」
リベンの言葉に従い。
ユリスは怠惰にキーボードを叩き、とある文字列の反映に急いだ。
そう、文字列である。
その後ろ姿を見て一応疑問が湧いたので質問してみると、リベンが言った。
「何かの暗号か何かですか?」
「まぁそんなとこだな。
でも何かめっっっっちゃ重要そうな奴でな。
目次に『エクセル第一王子へ』と書いてあったから……」
「……私に急遽知らせた、という事ですか」
ふむ。
送り主は、確実にエルシーでしょうね。
ならば、あの暗号の解析結果か……もしくは、帝国について新たに分かった事があったとか。
どちらか……いや。
──────どっちも、という可能性もあるのか。
エルシーは銃殺された。
だが彼女を、学校中に警戒態勢を敷かせるという事をさせてまで、殺すだろうか。
だが。
急遽殺す事になったのならば。
確実に、エルシーは下手をこいてしまったのでしょう。
では実行犯は?
何故殺した?
うーむ。
……やめましょう。確証がなさすぎる。
「この文字列は、あらゆるサーバーを介してここに送られて来てた。
そこまでするって事は、かなり重要なモノなんだろうな」
画面に密着するほどに近い場所で、そう呟くユリス。
……刻限を以ってして。
その文字列の解析は完了し、大きく画面上に写し出された。
「……ここから先は見ないでおく。殺されたりしたらやだしな」
「分かりました───感謝します、ユリス」
皆が席を立ち、リベンだけを残して機械兵科の部屋から出て行く。
その後に鍵を再び締めたリベンに対し、私は物申す。
「あなたも、見るつもりですか」
「まぁな。というか元々から、あたしは帝国に狙われてるし、いいだろ」
「……ああ、そうでしたね。なら良いでしょう」
リベンは私と同じく液晶を覗き、程なくして溜息を吐いた。
「何これ。いち、よん、ご、なな、ぜろ……駄目だ。わっかんね。お前分かる?」
随分な距離感ですね。
でもまぁ見逃しましょう。
帝国に反旗を翻す、同じ仲間ですから。
「分かりますよ」
「まじか!?やっぱり暗号か!」
「……ですね。
──────数列に複数のシエル古代文字を用いた、暗号。
シエル王国諜報部でよく使われていた暗号の内の一種です」
そう説明してもなお。
私の隣からは、狐疑な声が聞こえてきた。
「ふーん。よく分かんねぇな」
「……貴方、天才じゃないんですか?」
「あたしは感覚派だ。理論を積んで研究する頭の作りしてねぇ。
──────で、事実どうなんだ、これ?」
「……」
解読はできる。
かなり難しい部類ですがね。
でも。
王族の記憶力と学習能力、舐めないでください。
黙り込み、静止して。
頭の中を整理し、そのままに解読を始める。
組み立て、添削し。
どんどん解読して行く。
そして、見えたのは。
──────とある、一つの報告書類だった。
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