第96話 集う英雄達<上>



「最近、蓮はどうしてる?」



 お仕事を終えた主人は、何やらレン君の動向が気になるようです。それもそのはず、学校や塾を終えたらすぐに自室にこもるものですから、親としては心配ですよね。



「昔のあなたと同じですよ。ノワールと一緒に遊んでは、その力のあり方に追いつこうと懸命にその背中を追いかけています」

「そうか……君の目から見てあの子は伸びると思うか?」



 新聞から視線を外さずに、それでもそのことが気になるのかいつもより多くの時間をその話題に割いていました。

 やはりそこのところ渡しの口から聞いておきたかったのでしょう。



「はっきり言ってしまえば──才能の塊ですね。私達が英雄だというのもあるのでしょうが、技術を吸収するのがとても早いです。うかうかしてたらあなたも私も追い抜かれちゃいますよ?」

「そんなにか!」



 少し発破をかけたら主人は焦ったように新聞を折り畳みました。どうやら私と同じく息子の前に立ち塞がる決心がついたみたいです。

 彼もまた私を追い抜くことを諦めきれない一匹の獣です。だから彼の正体を知った時も、私の正体をバラした時も……彼はその気持ちを心の奥底にしまってくれました。

 生まれてくる我が子のために、道を譲ったのです。

 ですが、我が子に出し抜かれるのは我慢ならないのでしょうね。今まで溜め込んできた感情の蓋を開いて覗かせて来ました。


 それはあの日に見せた貪欲なまでの力に対する渇望。

 ただ純粋に戦いを、想像力の具現化を楽しみたいと望む視線を私にぶつけて来たのです。



「祐美」

「はい」

「週末少し付き合ってくれるか?」

「その言葉をお待ちしておりました」



 普段の彼ならデートのお誘いと取られてもおかしくないやり取り。しかし今の彼は言葉の端々に抜き身の刃のような剣呑な気配を乗せていました。

 ですから私も嬉しそうに、その気持ちを受け取ります。



「本気で行く。だから本気でかかってきてほしい。それに相対出来なければあの子のストッパーにはなり得ないだろう」

「はい。一切の容赦なく、持てる全てを持ってお相手させていただきます」

「怖いな。こんな風に君を怖いと思ったのはいつぶりだろうか。ノワール……君は僕の憧れだった。最初こそはその強さに、そして想像力の高さに惹かれ、恋に落ちた。

 僕は一度道を間違えてしまった身だ。それでも君はこんな僕を許してくれた。今度は間違えないよ。だから僕は彼の好敵手として立ち上がろう。それで父親としての面目躍如を果たすつもりだ」

「それがあの子にとっての成長の一助になるというのであれば、是非もありません」

「本当はちゃんと父親として振る舞いたかったんだが」

「まだいくらでもチャンスはありますよ。私達がそうであったように」



 これ以上ないというようにその言葉は彼の胸に響く。

 私達のように。その意味は、敵同士として出会ったあの時から始まりました。



「そうだな、そうだ。僕はすぐに悪い方へと結びつけてしまいがちになる。祐美、君が居てくれるから僕は道を違えずにここまでこれた。君と出会えた事をこれほど感謝したことはないだろう。これまでも、そしてこれからも」

「それは私も同じです。もしもプロポーズしてくれたのがあなたでなかったら、未だにお一人様である可能性は非常に高いと思われましたから」

「そうか」

「はい」



 目と目で通じ合うと言うのでしょうか?

 お互いに褒めあうのはこれぐらいにして、出社に向かう愛しい主人の身支度を済ませてしまいます。



「今夜は早く帰るよ」

「あまり無理をなさらないでください。仕事も立て込んでいるのでしょう?」

「だからこそだよ。奥さんの手料理で英気を養って、万全な体制で臨みたいんだ。それじゃあダメかい?」

「そんな風に言われたら私からはお断り出来るはずもありません」

「では、晩餐を楽しみにして仕事を頑張ってくるとしよう」

「行ってらっしゃいませ、あなた。腕によりをかけてお作りしておきますね」



 その日主人は宣言通り夕方までに帰ってきました。

 腕によりをかけて作った手料理に舌鼓を打ちながら楽しい食卓を囲めました。

 レン君は相変わらず食事を終えたら自室にこもりきりです。

 どこまで進んだのと聞いても『ナイショ』の一点張り。

 どうやら私のを打倒するまで情報は打ち明けてくれる様子はなさそうでした。うぅ……お母さん、寂しい!



 ◇



 時間が流れるのはあっという間。

 週末、蓮君が自室にこもったのを見届けてから、私たちも動き始めます。


 お婆様に娘を預け、寝室へと向かいます。

 少し仲間はずれにされて寂しそうなお婆様に見送られ、私達は主人のマイホームにお呼ばれして今後の方針を決めます。



「あなた、本気を出すのなら、武器や防具などが必要なはずです。作製など、今現在職人に伝はありますでしょうか?」

「茉莉さんをこちらへ引き込めないだろうか?」

「あー、どうでしょう」

「本人にやる気がないのであれば、頼みにくいが」

「そう言うのではなくてですね、彼女を動かそうと思うなら、彼女の欲しがるもので釣らないと首を縦に振りません。如何に親友といえど、あの子はタダ働きはしませんから」

「祐美からのお願いでもダメなのかい?」

「残念ながら」

「仕方ない、幸雄の秘蔵エピソードをいくつか持ち出すとしよう」

「それなら食いつくかもしれません。こちらから話を通してみましょう」

「頼む」





「了承が取れました」

「随分と早いな」

「彼女の中でもそろそろ威厳を見せないと家庭崩壊の危機だと申してましたので、そこを突いたらあっさりと」

「あの人は一体何をしてるんだ……」

「なんでも年甲斐もなく実の娘と旦那様を奪い合う仲だそうです」

「娘を持つと男親は大変だと聞くが、あいつの口から一言もそんな話しを聞いたことないぞ?」

「あの二人の子供ですから、表面上は平静を装いつつも秘密裏に水面下で事を運んでいるそうですよ」

「末恐ろしいな」

「瑠璃も大きくなったらあなたにべったりになるかもしれませんし今のうちに覚悟だけでもしておいたほうがいいのではないですか?」

「考えておく。それよりも今は長男坊のことだ」

「そうですね。では私はひとまずログイン致します」

「待ち合わせ場所は?」

「森で宜しいかと」

「因縁の場所か」

「お互いにとっての思い入れのある場所ですしね。私にとっても、ノワールにとっても」

「わかった。ローズさんと合流後そこを目指す」

「お待ちしております」




 ◇




 私がログインすると『わたし』の姿を見るなり表情をひきつらせるプレイヤーが後を絶ちませんでした。


 あーこれはレン君達、結構な感じでPKしてますね。種族評価は……どれどれ、-200ですか。普通ですね。

 わたしがドライアドやってた時は-1000とか普通でしたし、特に気にしなくていいでしょう


 絡まれても面倒ですし、ちゃっちゃと森に向かいますよ。足元に【ノック】を置いて上空に飛び上がり、同じ勢いで【ノック】を横方向で森林フィールドに狙いをつけて飛び立ちます。


 あの子達はー……っと居ました。視界の端の森の中央部分、突如樹木がある数本上空に飛び上がり、どこかに向かって一直線に落ちていきました。あれですね。相変わらずわかりやすい能力です、ドライアドって。


 騒ぎの場所に訪れると、何やら見覚えのあるモンスター達が、レン君と思しきドライアドと、ノワールと一緒に一般プレイヤー達を相手取ってバトルをしてました。

 ここを再現しちゃいますかー。道理でわたしにヘイトが集まるわけです。


 ピョン吉、トリまる、ポチ太。

 わたしがノワール時代にプレイヤー達と相対した時、共に戦ってくれた森の仲間達。あの頃は第三勢力として運営から公式に敵対プレイヤーとして認められてましたからね。多少ハッチャケてしまってましたが、何も今やらなくても……と思ってしまいます。


 それにしてもノワールはレン君を確実に悪の道に引きずってますねー。

 ドライアド的には何も問題はないのですが、やはり親としては息子に他のプレイヤーとも一緒に遊んでもらいたいのです。ユキコちゃんとかとも最近遊んでないと言いますし、せっかくお近づきになれたのに勿体ないですね。

 まぁ昔のマリーさんそのままの性格でしたから、その強烈なキャラが合わないのも分かりますが。


 っと、何やら苦戦してますね。

 あの黄色い毛皮とキャラの濃すぎる衣装は……

 もしかして!

 わたしは居ても立っても居られなくなり、その場に乱入してしまいました。横殴りは失礼だとは存じてますが、確認ぐらいはしたって構わないでしょう。






 ◇side.????


 今日は久しぶりの休日。帰郷した娘と共に孫を連れて懐かしいゲームの中を練り歩くことになった。


 アバターは相変わらず当時の再現……とは行かないらしい。それもこれも当時英雄だった者はそれらを剥奪されちまうらしくてな。娘も残念そうにしていたっけ。


 そこで森に行ってみれば懐かしい顔が雁首そろえて立ちはだかって来た。どうも向こうは俺のことなど覚えちゃいないようだったから、多分例のNPCなのだろう。お供のドライアドはプレイヤーっぽいが粗が目立つ。

 肩が温まるまではいい感じに勝負できてたが、いざ本気を出したらあっさりと勝負がついて肩透かしだった。

 その時だ、乱入者がエントリーしてきたのは。



『ちょーーっとまったー』

「ん?」

「この声は……」

「お爺ちゃん、あそこ!」

「また新手か……いや、プレイヤー?」

「もしかしたらご本人かも?」



 纏った雰囲気と、明らかに練度の違う立ち居振る舞い。

【ノック】の扱い方から見て本物だろうと、娘は言う。


 確かにあの威風堂々とした立ち姿は本物認定してもいいだろう。だが……あれから20年。もういい大人のはずの彼女がこの場に現れる理由は……若しくは後ろに隠れて震えているプレイヤーが原因か。

 ふむ。ここは状況を見守った方が面白くなるかも知れん。孫のアリスにはちと厳しいだろうが、娘が本気を出せば守りきれるだろう。そういうことにして茶番に乗ることにした。





 ◇side.ミュウ


「おいおい、ここに来て応援とかさっきまでの威勢はどうした」

『そんなの僕に言われたって困るよ! ちょっとお母さん、どうして来たの!』

『みゅーちゃん、あいつすごく手強いの。このままじゃ負けちゃうかも!』



 困惑気味に怒鳴り込んでくる息子と、いいタイミングできてくれたと声を上げるノワール。それだけでどちらが優勢か手に取るように分かりました。

 レン君としてはここでの敗北を乗り越えて糧にして欲しいところですが、相手が悪すぎますからね。

 彼はわたしと同じ英雄で、当時のわたしですら価値を拾えなかった剛の者です。それに過去にお世話になった先輩の親御さんですし、まずは親として挨拶にで向かわねばなりません。



『ごめんなさいレン君。お母さん本当は様子だけ見て帰るつもりだったの。でもね、アレは辞めておきなさい。立ち向かっていい相手じゃないわ』

『お母さんがそこまでいう相手だったんだ……』

『みゅーちゃん、あの人ってもしかして?』

『多分だけど英雄ジョージ、その人よ』

『やっぱり! わたしあの人苦手ー』

『だからここはわたしに任せて。レン君はお姉ちゃんであるノワールに任せてもいいかな?』

『わかった!』



 内輪の会話を終え、わたしはそのパーティへと一歩歩み寄る。



『お久しぶりです、ジョージさん。それとそちらはシャーリーさんですか?』

「お久しぶりって事ぁ、本物で間違いなさそうだな。ノワールの嬢ちゃん。マサ坊は元気か?」

「お久しぶり、ノワールさん」

『お久しぶりです、お二方。彼なら知人と合ったのち、ここで会う約束をしてきました。なので少ししたら来るはずですよ』

「そう……それで、もしかしてだけどNPCと一緒にいるプレイヤーって?」

『うちの長男です』

「まぁまぁ、通りでいいセンスをしていると思ったわ。私が狙って当たらなかったプレイヤーは久し振りだもの。やはり貴女が手ずから教えたの?」

『ほんの触りだけ』

「なるほどなぁ、英雄とのハイブリッドか。だがまだまだ引き出しがすくねぇなぁ」

『それはしかたありませんよ。この子はここに来てまだ一週間かそこらですから』

「ふーん、それでその成長速度か。十分お前らの子だわ」



 当時のことを振り返りながらの昔話に花を咲かせていく。

 そこでもう一つの存在にようやく気づきました。



「お爺さま、あの精霊さんはお知り合いなの?」

「そうさなぁ、爺ちゃんよりもお前の母さんの方に並々ならぬ因縁が渦巻いていると言った方が正しいか」

「へぇ、お母様の仇敵ですのね」

「そうだぞ」

「ちょっとお父さん! 子供に何教えてるんですか!」

「事実だろ?」

「そうですけど、そうではなくてですねー」

「と、まあうちらは終始こんな感じで今も仲良く親子三世代でゲームしてらぁ。んで、お前さんとこはどうよ?」

『わたしも当時のまま、あの人と相対する気持ちでここに来ています。でもその前に……ウォーミングアップは必要ですよね?』

「言ってくれるぜ。元英雄二人にその余裕、確かにお前さんはノワールだよ。勿論、だからと言ってこちらもただでやられてやるわけにはいかねぇなぁ。特にうちの娘はな」

「お父さん、いい加減にして! タカ君の事はとっくに吹っ切ったから! もう大丈夫だから」

「ったく、どの口が言うんだか。まぁそんな訳で久しぶりの戦いと行こうか。そういう訳だシャーリー、覚悟を決めとけよ?」

「言われなくてもそのつもりです。英雄ノワール相手によそ見する暇なんてないですからね。アリスはそこで待っててね。お母さん少し運動してくるから」

「あの人はお母さんの恋敵だったの?」

「昔ね、色々あったのよ」

「そっか、じゃあわたしはお母さんの味方をします」

「ありがとう、お母さんそれだけで勝てる気がして来たわ」



 いい娘さんですね。

 でも彼女と恋敵だった思い出は一度たりともなかったのですが?

 勝手な思い込みで言いがかりをつけてくるのは辞めてほしいです。そう思っていますと、我が子から心配の声をかけられました。なにせ相手は最近特に勢いに乗っているノワール&レン君を簡単に打ち負かす相手なのですから。



『お母さん、頑張って!』

『ん』

『みゅーちゃん、勝てるの?』

『勝てるか勝てないかではないのよ、ノワール。何をしてでも勝つの。これからいくつかその見本を見せてあげる。レン君もそこから学んでね?』

『うん……わかった!』



 各々準備は整った。

 そして待ち人来たれり。

 そこには精神を研ぎ澄ました当時以上の力を纏ったあの人がいた。研ぎ澄まされた気配を纏って前座の試合を見据える我が愛しの旦那様。でも彼の視線は師匠のジョージさんや、同級生のシャーリーさんではなく、その奥のわたしだけを見つめていました。照れてしまいますね、そこまで猛烈アピールされますと。せいぜい彼に失望されない様に全力でお相手しませんとね。

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