第95話 未来へとつなげる
『ドライアドは食事不要種族。それなのに食事に誘う理由がわからない』
開口一番。ノワールから返ってきたのは否定の言葉だった。
「だからってそれを無視して横で食事するのもこっちが気を使うでしょ? だから一緒にどうってお誘いしてるんだけど」
だからと言って引くローズさんではありません。
この程度の駄々で引いてたなら、わたしと親友になんてなってませんもん。わたしもそれに追従し、ノワールをその気にさせちゃいます。一人でいるよりもみんなといた方が絶対に楽しいですよ。
当時の自分よがりの自分に語りかけながら、なんとか本心を引き出そうとしましょうか。
『そうですよ。それにドライアドだって食事は取れます。ほかの種族と違って満腹度に影響こそ与えませんが、様々な素材の息吹を知ることも出来るし、それに食事に参加すれば、みんなともすぐに仲良しになれるんです。どうです、これを機にお食事してみません?』
『……そうなの? 意味がないからって今まで逃げてきたかも。ごめんなさい、そして誘ってくれてありがとう。嬉しい』
あら、意外に素直。
「いいのいいの。ウチには既にドライアドが二体居るし、今更一体増えても問題ナッシング!」
『よかったね』
『うん』
ノワールはそのあとソワソワしたように体を揺らし、体全体で喜びを享受していました。
そんなに食事に誘われたのが嬉しかったのでしょうか?
もしや10年前からずっとぼっちだったわけじゃないですよね? 自分の事ながらちょっと心配になってしまいます。
酒場から出て子供二人と合流すると、表通りに併設された飲食エリアにて注文した料理が届くのを待ちます。
18歳未満のプレイヤーは、相変わらず酒場に入場することはできませんが、中に入って注文すれば、外でこうして18歳未満のプレイヤーと一緒に食事を取れるようになったのです。その場合エールを注文することはできませんが、今ではそれなりにソフトドリンクも開発されていたので蓮君にも安心。
運ばれてきたお料理は、全員で一つのお皿を突くタイプの物でした。オードブルといえば良いのでしょうか?
ユキコちゃんは微炭酸のドリンクを飲んですっかりご機嫌になっていたようです。
『蓮君、美味しい?』
柑橘系のミックスジュースをストローで吸い上げる我が子を見つめ、反応を窺う。
『味はよく分からないけど……精霊が食事をするとこういう感じ方をするんだ。それは面白いなって思う』
うんうん。好反応ですね。わたしもパクパク食べて流れてくる情報に頭の上のお花をぴこぴこ揺らします。
それを見てついにノワールも意を決して挑戦してみるようですよ。
『うん、うん……なるほど、こういうことね』
『どうでした?』
『確かに食事はできないけど、一緒に楽しむことはできるね。今までこれを知らなかったのはもったいなかったかも』
最初こそ恐る恐るといった感じのノワールでしたが、慣れたら慣れたであれもこれもと手を伸ばしていきました。
そこで我が子の蓮君と同じ皿へと手が伸びて……ここで問題が浮上します。
『あ、ボクの!』
『わたしが先に取ったんだもん』
『お母さん、あいつがボクのご飯取ったー』
駄々をこねる我が子。今まで一人っ子だった上に甘やかされて育ってきてますからね。自分の前に出されたものは自分のものだと思う気持ちが強いみたいです。逃した魚は大きいと言いましょうか、執念みたいなものが渦巻いてました。その気持ちすごくわかりますよ。でもね、蓮君。
『あらあらそれは残念だったわね。でもね、蓮君。ここにあるお料理は蓮君のだけのものじゃないの。それはわかるよね?』
『あっ……うん、ごめんなさい』
『わかればいいわ。あとノワールさん』
『なぁに?』
上機嫌で競争に勝ったお肉を吸収しながらホクホク顔のノワール。
『今のはノワールさんも悪いですよ』
『なんで? ここにあるのはみんなのものなんだよね? わたしが食べてもいいやつなんだよね?』
『そうですね。でもそれは全員が平等で、という意味です。それにノワールさんはレン君よりもお姉さんなんですから、奪うのではなく分け与えることもしなくてはいけませんよ』
『あ、そういう事か。ごめんね、わたし大人気ないことしちゃってたんだね。反省……』
『ううん、ボクの方こそごめんなさい。自分の物のように言ってて悪いのはボクも同じだよ』
ふたりとも反省をし合います。しかしいつまでたっても次の言葉が出てきません。ごめんなさいをしたら仲直り。ここにつなげた事が未だない二人に私自ら指揮をとって道を示します。
『今回はお互い始めて同士だから起こった悲劇です。ですが、今回はそれを知れた。お互いにとっていい機会になりました。レン君、これを機にノワールお姉ちゃんとお友達になってあげられますか?』
『お友達?』
『ノワールさんもそれで構わないかな?』
『友達! うん、大丈夫だよ、ドライアドの友達、初めて! それよりもお姉ちゃん……わたしお姉ちゃん?』
『ダメだった?』
『ううん、嬉しい!よろしくね、レン君?』
『よろしく、ノワールお姉ちゃん!』
『ほわぁ……』
あらあら、蓮君たらなんて素敵な笑顔で呼びかけるのでしょうか。ノワールも霰もない顔でほんわかしちゃってますよ、これ。そこに同感したのかローズさんが個人メッセを私に向けて走らせました。
◇
ローズ:あらあら、これは天然のタラシ誕生かしら?
ミュウ:ちょっと人の子を捕まえてなんてこと言うんですか
ローズ:でもノワールのあの顔見てみなよ。満更でもないって顔してるよ
ミュウ:確かに。まーちゃんを得た時と一緒の顔ですね
ローズ:あれは苦い思い出だった
ミュウ:あの時のマリさんはノワールに引っ張り回されてましたものねーぷぷぷ
ローズ:今度はあんたの息子の番よ?
ミュウ:ですかねー。でも大丈夫な気がします
ローズ:その根拠は?
ミュウ:今のあの子からは当時の私のようにか弱いものを守ってやろうって意思を感じますもん
ローズ:だといいけどね
◇
すっかり仲の良い姉弟のようにお互いを尊重し合う我が息子と過去の自分。いいえ、あの日以来自分の娘の様なものですね。今ではすっかり仲良しさんです。
そんなこんなで一つのハプニングを乗り越えたあと、もう一つのハプニングがやってきました。
それは食事の代金が圧倒的に足りないという現実でした。だって本来ならば精霊は食事を必要としません。だからと言って自分から誘っておいてまさかお金がないとは思わないじゃないですか。特にわたし達親子はお金が足りないという場面に出くわした事がありません。
では、何故足りなくなったかローズさんに聞いて見たところ?呆れた反応が帰ってきました。
「知り合いの特権を使って負けて貰おうと思ったんだ。てへぺろ!」
との事です。つまりは代金を踏み倒す気満々だったと。
ねぇ、わたし達もう40になるのですよ?
それに子供達の前で、そんなダメな大人たちの姿を見せて良いのでしょうか? 情操教育に悪影響を与えませんか?
ああ、だからユキコちゃんがこうなってしまうのですね。だとしたら納得です。そしてやたらわたしに懐いてくる理由も理解できました。
この子……未だ思考が子供のままなのですね、やれやれ、本当に手間のかかる。
『そう言えばローズさん、受け付けでなんて言って注文したの?』
「大人一人と子供3人でたくさん食べれる料理一丁って言った」
待って……その計算だと、わたしも子供にカウントされてません?
『ローズさん、わたし、一応大人だからね?』
「知ってるよ。でも見た目の問題ってあるじゃない? いちいち説明するのが面倒くさかったの」
『うぐぐ……』
『お母さん、大丈夫?』
『平気ー?』
ドライアド仲間の蓮君とノワールだけが蹲っているわたしに声をかけてくれました。優しい……普段の行いが良かったからでしょうか、この場で憤ってるのはローズさんだけ。でも同じ皿を食べた身として連帯責任なんですよね。
そこへ、唯一の顔見知りを発見。
「どうしたどうした、なんか騒ぎか?」
「あ、店長!」
「その言い方はよせって言ったろ? もっと敬意を持ってシグルドさんでいいって。なぁ?」
「ですが……それよりも、この人達無銭飲食しようとしてたんですよ!」
「そいつは穏やかじゃねーな。どこのどいつだ、うちの店でそんな舐めた真似しやがった客は!」
「それが、会長の知り合いと嘯く人でして……」
「ゲンの?」
「やっほ!」
「ん?」
言い争っているお店の人と、多分シグルドさん(当時のアバターそのまま)の間にローズさんが割って入っていきます。
「お前さん、ローズの嬢ちゃんか?」
「そだよー。今はラビットで娘連れて遊びに来たのー」
「お知り合いですか?」
「知ってるっちゃ知ってるが……恩人ではねーな」
「えーー」
「そんな事よりユミリアさんはどうした。恩があるって言うならあの人の方だ。なんせこの店の基盤を作った人だしな」
「ミュウさーん、来てきてー」
『呼びました?』
何故か必死そうにローズさんに呼ばれたので向かいます。
「またとんでもないの連れてきやがって。それにノワールまで居るじゃないか」
『その節はどうもお世話になりました』
「世話っていうか、俺らが世話になったのはマリの方だしなー」
「ではここでネタバラシを行います!」
「ネタバラシ?」
何やら切羽詰まったローズさんがシグルドさんに宣言しましたよ。と、同時にわたしに向けての個人メッセが開きます。
◇
ローズ:バラしちゃってもいい?
ミュウ:何をバラすんですか?
ローズ:あたしたちが過去にここでやってきた事
ミュウ:あー……10年も前のことですし、もう時効でいいんじゃないですか?
ローズ:おっし、希望の光が見えた!
ミュウ:程々にね?
ローズ:はっはっは。謙虚なあたしにはお似合いの言葉だね
ミュウ:どの口で言うのやら
◇
「じつはあたしがそのマリさんでありー」
『あー、うん。わたしが件のユミリアです』
「なんだって!?」
シグルドさんは驚きのあまり固まってしまいました。
あ、復帰した。そして何やら考えた後、片付かない顔をしながらも腑に落ちたと言う顔をしてました。
「そうか……道理でユミリアさんがあんなパワフルな訳だ。そしてあんたが進行役、ね。なるほどよく口が回ると思った。確かにあんた達はうちらの大恩人だわ。お前ら、と言うわけでこの人たちの食事代は俺の顔を立てて免除してやってくれると嬉しい」
「店長がそう言われるなら。ですがこちらとしてもこの人達がどういう経緯でうちのお店と関わってきたのかを知る権利くらいはあると思います」
「そりゃそうだ」
シグルドさんは、昔話……と言ってもまだこのゲームが立ち上がった当時の話を懐かしみながら従業員に語り始めました。何やらいちいち驚いている従業員さんの顔が、面白かったです。そのあとは否が応でも注目を集めてしまって、実力を出す流れになってしまいました。
わたしとしては食後の運動としては丁度いい相手です。
ローズさんはどうですか?
今回はパスですか。しょうがない言い出しっぺですね。
では蓮君、ノワールお姉ちゃんと一緒に倒してきてください。一度わたしが見本を見せますから。ね?
そういうことで、可哀想ですけどより凶悪になったレンゼルフィアに首輪をはめる作業を開始します。しました。
はいはい、お疲れ様。
『お母さん、何をやったの?』
呆然とその場で佇む我が子に、今のわたしの力は理解できなかったようです。でも一人だけ、興味深々でわたしを見てくる視線が一つ。
『やっぱり、みゅーちゃんだ!』
ノワールが、まだわたしがエルフという呪縛に囚われていた時の姿を想像して、興奮を隠しきれないという顔をしていました。
『行こう、レン君。次はわたし達の番だよ』
『ぼくにも出来るかな?』
『やれるよ……だって君のお母さんはできたんでしょ?』
『そうか、そうだね。弱気になってた。やろう、ノワールお姉ちゃん!』
『うん!』
こうしてノワール先導の元、我が子がこの世界に場所を見出しました。結果は大負けでしたけど、そこに浮かびあがった顔は、悔しさよりもどうにかしてこの力を自分のものにしてやろうという気持ちに満ち溢れたものでした。
もう彼が妹に嫉妬する事は無くなるでしょう。
だって今の彼には拠り所が出来たのですから。
この世界と、そしてノワール。その二人が越えるべきわたしという存在がある限り。
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