第64話 今を歩く若者達へ<下>



「よーし皆の衆、次はエリア2へ向かうぞー」

「「おー」」



 なんだかノリノリですね。


 ローズさんの《鞭打ち》の効果が強すぎた。ミミさんがヘイトを稼ぐ暇すら与えずに、それの効果範囲以内では対象のヘイトを消失させるというのはMOBにとって致命的な隙になり得る。

 それのおかげで調子づいた男子達が快進撃を広げていく。

 すっかりとローズさんは男子達の中心に立ち、少し離れてミミさんは私と一緒に歩いていた。



「ほんとうちの馬鹿共がご迷惑をおかけしてすいません」

「いいんですよ。うちのローズさんこそごめんね? ああいう性格だから誰とでも仲良くなってしまうの。でも彼を奪ったりなんてしないからそこだけは安心して?」

「!」

「あら、違った?」

「か、彼なんて……私達……そういう風に見えますか?」

「うん、なんていうか青春してるなーって」

「あの、私がそういう気持ちを抱いてるってことはあいつには秘密に……」

「もちろん。ただしローズさんにはまだ言わないほうがいいよ。あの子って強引だから無理やりくっつけようとするし」

「あはは……まぁ、そんな気がします」

「だから相手がどうしても振り向いてくれないときは頼るといいよ。強引だけど、ちゃんとミミさんの気持ちはわかってくれるから」

「はい……それは最後の切り札として取っておきます」

「ふふ。さ、少し遅れ気味になっちゃってるから。追いつこうか?」

「もう、あいつらたら、もうすこしこっちも気遣えっての!」

「あはは。でも順調だと周りが見えなくなっちゃう気持ちも分かるよ。だからミミさんがこれから引っ張っていかないとね?」

「はい……」




 草原フィールド・エリア2



「あれ? 目の錯覚かな?」

「いやいや、君たちの目は正常だぞー?」

「え? マジ。あの軽自動車クラスの奴が雑魚MOBな訳?」



 エリア2へ入るや否や、男子チームは先ほどまでの余裕モードを一気に崩し、引きつった笑みを浮かべていた。

 内心ビビっているのがモロバレというやつですね。隣に歩いているミミさんにも呆れられてます。

 そこへローズさんがフォロー……ならぬ発破をかける。



「おやおや~? もしかしてビビっちゃった?」

「へへ、ルッツ言われてるぜ?」

「ジークのことを言ったんだろ? オレはまだまだ余裕だし」

「ふむ。じゃあいつも通りやれるね?」

「「やったらー!!」」

「元気でよろしい。ミミさん、ここからはあたしだけじゃ厳しいから貴女にも働いて貰うわよ?」

「はい!」

「私は?」

「いつも通り後方待機で。あわよくば加工食品の確保」

「ここのエリアは無理じゃないかなー? ただでさえウサギ20も入ってるし」

「もし入ったらでいいよ。あたしに回してもらえば餌として使うから」



 なるほど、そういうことでしたら無駄にはなりませんね。



「おっけー。餌が足りなくなったら数言って」

「了解であります!」



 最初こそへっぴり腰だった男子チームも戦闘回数を重ねるごとに動きが見違えてきました。やっぱりこういうのは慣れですね。行動パターンが割れれば後は自分の攻撃パターンの擦り合わせのみですからね。この攻撃の時は自分が何ができるかが判断できます。

 ここのカエルは大きいだけで動きは鈍いですからね。だからこそ動きを読むのはたやすくなっています。


 危ないところは何度もありましたが、ちょうどいいタイミングでミミさんの放った矢が刺さり、ヘイトを散らすことでことなきを得ている。これは流石にローズさんにもバレてるかな?

 ホワイトラビットの加工肉も順調に減っていき、残り10を切ったところでマッドフロッグの加工肉が入る。

 その重さは単品で40000。

 実にウサギ40個相当……やはり体格差が重量に直接関わってきますか。



「ローズさん、マッドフロッグのお肉入ったけどバッグの空きはどれくらいある?」

「お、ないすー。6万ぐらいまでなら」



 なんでそんな隙間空いてんのよ。

 まぁいっか。入るみたいだし送っちゃおう。



「お、余裕そうだね。それじゃあ送るよー」

「おっし、ばっちこい……って重! 一気に2/3も埋まったんだけど!」

「だから空いてるか教えてって言ったじゃない。入りそうだから送っただけですぅー」

「ぐぬぬ、確かにそうだけど……それよりリアさんジョブレベルはどんな感じ?」

「んー、さっきのカエルで一気に5になって新しいの生えたよ」

「どんなの?」

「圧縮保存てヤツ。でもパッシブスキルっぽくてこっちから操作できないんだよねー」

「それでも字面見る限り便利そうなスキルじゃない?」

「うん、その時になったら使えると思うよ。その時はまた教えるね」

「おっけー。それじゃあもう一匹カエル仕留めたら次行こっか?」

「だね」



 ローズさんとその場で予定を決めて、行動に移します。まぁ今回は特にどこまで行こうかなんて決めてませんし。のんびり気の向くままに歩いていきましょうか。

 そこへ新しい顔が3つ入るだけ。


 カバンに新しいカエルを入れて、私達一行はエリア3へと足を向けました。



「ところで次はどんなMOBが居るんですか?」

「おっきな羊さんよー」

「最初はここのカエルにビビったオレらだけどよ、ちょっとくらい大きいぐらいじゃもうビビらなくなったよな?」

「なー」



 そんな風に声を掛け合っていた男子チームはエリア3に入った直後に凍りつく。

 そこはエリア2よりは見渡す限りの草原が広がっている。

 遮蔽物は一切なく、踏みならされた大地は均一化されていた。

 そこへ存在する羊の強大さはまるで25tトラックを彷彿とさせている。

 その威圧感から足をガクガクとさせてその場で尻餅をついてしまうザマだ。



「いや、いやいやいやいやいや」

「んだっこれ……ムリゲーだろ」

「へいへーい、ボク達ビビってんのー?」

「いやいや、あればっかりはムリですって。いくらローズさんでも……」



 いくらローズさんが喝を入れても男子組は戦意喪失してしまっていますね。

 まぁこうなるよね。

 そうなるって知ってる上で連れてきたんだけどね。



「んじゃ仕方ないか。あたし達だけでやるから見ててね。リアさん加護をよろしくー」

「はいはい、しょうがないですね」



 一切物怖じせずに立ち向かう私達へ、腰の抜けた者達の声が刺さる。



「ムリだ、あればかりは、いくらローズさんだって! それに……ユミリアさんはバトルコックだろ? どうやって……?」



 その表情に渦巻いて居るのは諦めの色。勝手に諦めて、勝手にムリだと思い込んでいる。だからこのゲームの本質を新人のこの子達に教えてあげましょうかね。



「大丈夫ですよ。実は私達は一度この羊達に勝ったことがあるんです。ね、ローズさん?」

「その通り! それを今から見せるね。そして学ぶといいよ。自分だったらどうするかって」

「…………」

「とりあえず見てて。という事で頑張ろっか、リアさん」

「はーい。こっちはバッチリよー」



 いつものように一匹釣って鞭打ちでいうことを聞かせていきます。

 ウサギ肉よりカエル肉の方が食いつきがいいですね。一個で十分らしいです。

 ここで加護(シオコショウ)を振りかけて、やる気十分で送り出しました。



「イケイケー、あいつらをぶっとばせー」



 一人ノリノリでシャドウボクシングを始めるローズさん。その拳は羊を仕留めると同時にまっすぐと伸ばされ、脇をしめるように再装填されると再び突き出された。

 やはり与える餌によって活躍具合は違いますね。

 ぽんぽんレベルは上がっていき、全員のLVが10になるまでその快進撃が続き、息絶えてその分の経験値が一気に流れ込んできます。すごーい。カエル肉の効果は眼を見張るものがありますね。



「いやー、愉快痛快だったね。どう? 創意工夫で戦闘を有利に回すことが可能なのは知っての通り。これがあたしの猛獣使いの真骨頂であーる!」

「半分以上は私の仕入れた餌のおかげですけどね」

「たはは、そこは二人の共同作業じゃん? あたしだけじゃムリだし、リアさんだけでもムリでしょ?」

「確かに。これでカエル肉が無駄にならなくてすみますね」

「いやいやいやいや、そういう問題じゃないから!」



 人が食べる予定のないお肉を仕入れて、それの処理を真剣に困っていたのを突っ込まれた。解せぬ。



「もしかしてバトルコックや猛獣使いって掲示板で言われているほど弱くないんですか?」

「さぁ? あたし掲示板見てないし」

「私も知りませんね。というか他人の評価がそんなに気になりますか? 私はバトルコック楽しいと思いますよ?」

「あたしも猛獣使い楽しいよー。鞭打ちが万能すぎてつらいぜ」

「ほんとよね。絶対下方修正案件よ、それ」

「げー、それは勘弁」



 心底嫌そうにローズさんが項垂れる。

 そんなに悔しいのか。



「俺たち、どうやらとんだ勘違いをしてたみたいだな」

「ああ、要は使い方次第ってことか」

「ローズさん、この事を掲示板で公開してもいいか?」

「どうしてそれを掲示板に流す必要があるの?」

「えっ……馬鹿にされたままでいいんですか? こんなに強いのに」

「猛獣使いは確かに強いと思うけど、これはきっとローズさんだから扱えてる事だと思うよ? それに拡散して広まっても餌は何処から仕入れるの?」

「そりゃもちろんバトルコック……あっ」



 気づいたようですね。バトルコックの戦闘手段の面倒臭さを。



「バトルコックの戦闘法は私しか知りえません。そしてローズさん、ドロップ肉と加工肉の違いを教えてあげてください」

「おっけー。まぁ君たちの気持ちも分からなくはないけど、これもいいことばかりじゃないんだ。

 例えばリアさんの言った通りドロップ肉はせいぜい重量100~500のところ、単品でもウサギ肉なら1000、カエル肉なら40000ととっても重い。この時点で相当数のプレイヤーは脱落するだろうね」



 ローズさんの言葉に加工肉のデメリットが浮き彫りになる。料理人にとって旨味しかないその素材は、一般認識では重すぎて邪魔になってしまう。

 特に初心者は自分の力より武器に頼る傾向にある。

 だからいくら有利と言えどそこまでリスクを犯せないってわけ。



「確かに……体力でアイテムバッグの容量をあげてもそのほとんどがそれで埋まるとなると求められるプレイヤースキルが相当高くなる。確かに新規には勧められないですね」

「それもあるけど根本的にはこういう発見は自分で探して欲しいっていうのがあるかな? 確かに一部分的だけ見ればこれは凄く美味しい。でもドロップ素材の入手が一切入ってこないというデメリットもあるのよ。だから普通に遊びたい人にはオススメできないんだな、これが」

「ははぁ、良いことづくめでも無いんですね」

「そりゃそうだよ。キミ達だって自分のアイディア次第で色々戦闘法を変えてるじゃない?

 それを他人にメリットを説明をしてうまく伝えられると思う? 自分でなら目を瞑れるデメリットを押し付けるわけだけど」

「あー、それはムリっすね。ただでさえ二刀流はロマンだの言われてるし。オレは好きっすけどね」

「うんうん、つかタイガーって思った以上に戦いづらいのな。掲示板では体術やってる人向けとか言われたから選んだのに、全然見せ場ねーわ。スタミナもすぐ切れるしな」

「あはは、それはその人だからやれたってだけだよ。まさにメリットがデメリットになる例えだね」

「なるほど、これが本質ですか……」

「んー、ちょっと違うかな。これはどっちかというとプレイスタイルの話。ミミさんに私が話したかったのはもっと別のことだよ。例えばだけど持ってるスキルとその扱い……自分の考えを教えてくれる?」

「はい、それは良いですけど」



 少し考えるようにしてから諦めた表情で手持ちのスキルと自分の扱い方を教えてくれた。それはまさにゲームの枠にはまった考え方。だから自分ならこう使ってみるという指標を与えてみた。



「えっ!? これをそう使うんですか?」



 そりゃ驚くか。

 私が教えたのは《鷹の目》。ただの命中率UPのスキルです。ただし私はその本質に踏み込んだ。



「はい。例えばですがこれはミミさんのMPを使って視力を高める効果がある。つまりはそういう風に扱っていると?」

「ええ、認識している事を説明するならばそうですね」

「それだけでは命中率が上がる理由が弱いですね。目が良くなったところで手元から放たれる矢にはなんの補正もかかってないことになります」

「あっ……確かに」

「最初に認識を改める必要があるんです。だからこれは自分の目ではなく、矢に付与される魔法ではないですか? 例えるならホーミング性能を付与する……とか」

「それはこじつけが過ぎませんか?」

「ふふ、そうかもしれません。しかしその想像力がこのゲームではとっても重要なんです。私のタコ糸も本来ならなんの有用性もありませんでしたよ? だからムリだと決めつけないでもっとそのスキルの可能性を、視野を広げてみてください。自分だけは自分のスキルを信じてあげてください。それがきっと貴女の力になるはずです」

「…………悔しいけど反論出来ません」

「別に思い悩む必要はないですよ? それこそこじつけですから」

「いえ、ユミリアさんの言う通りです。私はどこかでこういうものだと思い込んでいたのもまた事実でしたから」

「では私からはもうかける言葉はありません。あとはミミさんの宿題ですね」

「はい! 私頑張ります。このスキルでもっと上に行っていつか……貴女を超えてみせますから!」

「はい……お待ちしております。さぁ、まずはその力の可能性を探りに行きましょうか。彼らもやる気を出したみたいですし、私達も頑張りましょうか」

「はい」



 かけた声にミミさんは言葉少なめに答え、頭の中ではすでに試したいこともあるのだろう、その目はやる気に満ちていた。


 それ以降の戦闘は見違えました。

 そう思ったのは私だけじゃないはず。

 それ以上に使った本人が目を丸くさせているんですもの。自分の思い込み以上の結果が出た。そんなところでしょう。

 そんなミミさんに触発されてか男子チームも自分のペースをゆっくりとだが掴んでいく。

 楽しい時間はあっという間に流れ、その戦闘はいつも以上に長引いた。


 自分だけの可能性が彼らのやる気に火をつけたのだ。

 真上から差し込んでいた光もいつしか黄色からオレンジ色に輝きを変え、それぞれに横長の影を作っていた。

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