第65話 口先の魔術師



「「今日はありがとうございました!」」

「とても勉強に……いえ、いい刺激になりました。次会う時を楽しみにしててくださいね。それじゃあ」

「乙っした」

「あざっしたー」

「はいよ、おつかれ様。頑張りたまえよ若者よ」

「皆さまおつかれ様です。ローズさんのようにはならないように」

「「「はい!」」」



 あれからたくさん羊を狩って、気づけば夕方。三人組はこれからやることがたくさん増えたから作戦会議をするんだと息巻いてオレンジ色に輝く街のどこかへ帰って行きました。

 それに続いて私達も街に入ります。それと酒場のみんなにいいお土産話もできましたし。

 拡張したばかりのアイテムバッグのおおよそ9割を占める素材を確認しながらくすりと笑う。それを横目にローズさんも楽しそうに話しかけてきました。目を見れば何を言いたいか分かります。



「いやー、あのスキルやばいね。ヤバすぎだね」

「ええ、理論上無理と思われたアレがこんな簡単に手に入るとは思いませんでした。調理器具もいくつか持ってもらって助かります」

「なーに、そっちの大きい方はあたしのバッグじゃ無理だからね。だから軽い方を持っただけよー」

「3Kで軽いとか一般プレイヤーが聞いたら頭を疑いますよ?」

「あはは、そりゃそうだ。普通この重量を軽いって言う人あんま居ないもんね」

「そうですよ」

「こりゃ豪勢な夕食も期待しちゃっていいかな?」

「その前に交渉が先かな? さっき私を言いくるめた理論展開をよろしくね」

「あ、そうか。それ忘れてた……って言いくるめたとは人聞きが悪いなー」

「まぁまぁ、ローズさんの交渉術に期待してるって事で」

「まぁそう言うことにしてあげるけど」



 街に帰り着いてすぐさま酒場へなだれ込む。前のキャラではいつものことでしたが、このキャラでは初めてのことです。

 ゲーム内時間で夕方ですからすでに満員ですが、知り合いの顔を見つけてそちらへ駆け寄ります。



「ココちゃん!」

「あ、姉さんにローズさん。すっかりゲームを堪能してるね」

「へへー、あたし達もう草原のエリア3まで行っちゃったもんねー」

「え、もうですか? だって始めたの今日の午前中ですよね? もしかして他のパーティにお世話になったりなんてしてませんよね?」



 ココットが私をじっと見てくる。

 それは迷惑をかけていないか心配している。そんな悲しげな瞳でした。



「いえ、私達のジョブを知って拾ってくれる酔狂な方達は早々いませんよ。ローズさんのジョブスキルが意外と使えただけです」

「謙遜するなぃ、リアさんのジョブスキルも大活躍だったじゃないの」

「そうなんですか!?」



 そんなに驚くことかなぁ?

 やっぱり今の時代の子は掲示板を信用しきってるんだろうなぁ。もうちょっと自分であれこれと探したりしないんでしょうか? お姉さんちょっと心配です。



「うん、まぁね。ぶっつけ本番だったけど、ローズさんがあたしにいい考えがあるって聞かなくて」

「あはは、ローズさんなら言いそう」

「よせやい、照れるぜい」



 誰も褒めてないのに胸を張って二つのメロンを揺らすローズさん。威嚇ですか? ぐぬぅ。



「それでそちらは?」



 話題をそらすためにさっきからこっちをじっと観察してくるネコ娘のラジーを紹介してもらうように誘導する。

 ローズさんは誰も相手にしていないのにしたり顔だ。よほど神経が図太いらしい。



「ああ、この子ね。ラジーご挨拶なさい」

「はい、姉様。皆さまお初にお目にかかります。私(わたくし)ラジーと申すものです。ココット姉様にはいつもよくしてもらっています」

「あらあら」

「まぁまぁ」



 私達は口元を手で押さえてニマニマと笑います。それはまるで主人に傅く従者のように洗練された動きだったからです。私達の知っているラジーとは違い、完全によそ行きの顔で丁寧に自己紹介を述べてくれました。気のせいですけどほんのり顔が赤いような?



「姉様、こちらの方々は?」

「ええ。私の新しい姉様……ユミリア姉さんとそのお友達のローズさんよ」

「まぁ、そうでしたか。姉様の……くすくす」



 含みのある笑顔でニッコリと笑いかけてくれます。可愛いんですけどちょっとその笑顔が妖艶な気がしないでもないです。きっと気のせいですね、気にしないことにしましょう。



「なになに~、ココちゃんてばこんな可愛い子抱え込んでるの~?」

「少し意外でした」

「あ、彼女はそう言うのじゃなくてほんと仲間だから。あたしのパーティメンバー」



 身を乗り出すようにしてローズさんがココットへ迫る。

 しかしココットは否定しながら顔を赤くしながら照れたように紅茶を啜りました。

 そのティーカップもお得意の影操作で手作りなのでしょうか? それとも工芸品でしょうか? 売られているなら欲しいところ。食事中に聞いてみましょうか。

 その前に……



「それで、不躾で悪いんですけどお姉さんもここにご一緒してもいいかな?」

「お姉さん達お腹ぺこぺこで困ってるの。ね、ココちゃんおねがーい」



 堂に入った芝居でローズさんが身をくねらせる。私はそれを無視して頭を下げて頼み込んだ。



「わかりました。他ならぬ姉さんの頼みですから無碍にできません。ラジー、控えなさい」

「はい、姉様」



 ラジーは席から立ち上がると椅子を譲るようにしてからココットの後ろへ移動しました。影移動ですかね? その場で影に滑り込んで一瞬で背後を取ってしまいました。ですがそれではダメですよ。



「あら、ラジーさんはご一緒にお食事してくださらないの? ココちゃんのお友達なのでしょう?」

「…………ですが、姉様の命令に背くわけには」

「固いこと言いっこなしだって。ラジーちゃんだっけ? あたしはローズ。ココちゃんとは最近知り合ったばかりだけどよろしくしてくれる?」

「これでは私が悪者ですね。わかりました。ラジー、隣へ居なさい」

「喜んで!」



 さっきまで無理して作っていた笑顔がパッと明るくなる。ココットの横はそんなに嬉しいんだ。そーかそーか。



「それじゃあご一緒しましょう。ココちゃん、今日は私達がお勘定持つわ。ラジーちゃんも遠慮なく頼んでね」

「え、姉さんそれはちょっと。ここの支払いが私に許された数少ない特権でしたのに」

「だけどそう気を遣われ続けるのも悪いわ。だから今日の支払いはお姉さんに任せて貰える? お姉さんもココちゃんにいいところを見せてあげたいの。ただ守られるだけじゃないってことを見せて、そして安心させてあげたから」

「……そういう事なら遠慮なく、ご馳走になります」

「よーし、そうとなれば早速注文だー。ウェイターさん、メニュー持ってきて! あとエールを2つ! ココちゃん達は何飲む? お酒は行けるんでしょ? お姉さん達だけ飲むのも寂しいなー」



 ローズさんは手を叩いてウェイターを呼びつけると勢いのままに発注をしていく。

 テーブルに座ってるプレイヤーをざっと見渡してからお腹いっぱいになるぐらいのおススメを一つと各自飲み物を、という相変わらず無茶振りに近いオーダーである。

 しかしそんなオーダーなんて慣れっこであるかのようにウェイターは注文を受け取って調理場へ戻りました。

 そして入れ替わるようにゲンさんがこめかみに青筋を浮かべてやってきました。ややお怒りのようです。やはりバーベキューの件でしょうか?



「お嬢さん達、よくもやってくれたな?」

「なんのこと?」



 ローズさんがすぐに切り返します。

 さすが我らが口車担当! 頼りになる!

 その横っ面を叩きたくなるような笑顔には悪意しかありません。


 ゲンさんの顔は更に赤くなっていくのがわかります。さすが煽りのプロですね。とてもじゃないですが真似したいとも思いませんし、身内でなかったら関わり合いにもなりたくないぐらいです。



「知らんとは言わせないぞ。今日の昼ごろ草原で炊き出しをしただろう?」

「うん。お肉消費しておきたかったし」

「だったら全部うちに回してくれりゃあ良いだろうに」

「それを決めるのはあたし達でそっちじゃない……でしょ? それにお腹いっぱい食べてみたかったのよ。美味しかったー」

「ぐむ……そりゃ確かにそうだがよ。草原で食った方が美味かっただの、ウチの値段が高いことにイチャモンをつける客が増えてな。それで話を聞いたら見覚えのある二人組が好き勝手やっていると小耳に挟んだんだ」

「ふふん、そりゃあたし達がその時にしっかり酒場のこと宣伝してあげたからね」

「ほう、なんて?」

「この焼いただけで美味しいお肉をプロの技術で食べたい人は回れ右して酒場へGOって」

「そりゃどうも。って事は肉だけの価値で客を釣るのは無理ってことか。新人の腕を見るために使った俺らの怠慢であると」

「ご愁傷様、とは言わないよ? 本来ここは美味しい料理を食べに来る場所。確かにあたし達の行為がここのハードルを上げた事は事実。だけどそれは食に妥協して欲しくないあたしからの愛のムチでもあるのさ」

「頭がいたいな」

「そこで美味しい話があるんだけど聞く? これこそとびっきりの情報ってやつ」

「ほう? 昨日の今日で新素材か? サイズは?」

「それはリアさんから聞いて」

「そうですね。スキルで圧縮してるので62Kで済んでますが、本来なら25M、そう……チャージシープの加工肉を仕入れました」

「! ……おいおい、それは確かに美味しい話だ。中身を確認させてもらっても?」

「それはいいのですけどその前に腹ごしらえを。ここは商談の場ではなく食事を提供する場であり、私達は客です。美味しい料理をお願いしますね。満足度によっては色々と便宜を図れると思いますし」

「…………了解した。こちらの最高の技術を披露しよう。その代わり他に持っていくのは無しにしてくれよ?」

「ふふ、期待しています。ローズさんも、お行儀よくしましょうね」

「はーい。ごめんね大将」

「いや、こちらこそ言いがかりをつけたようで悪かった。少し色をつけるとしよう」

「やったー、大将大好き! ……ごめんリアさん、そのメモに書くの本当に勘弁して」

「いえ、今度ローズさんの旦那様に会う機会があった時の貴女のゲーム内の様子を一字一句伝えようと」

「やめてーーーー」



 ローズさんは頭を抱えながら椅子の背もたれに身を預けてうなだれていました。猫を被り続けている現状が暴露された時の状況を想定してグロッキーになっているようです。



「ふふ、冗談はさておきココちゃん」

「はい」

「少しは姉さんのしっかりしているところを見てもらえたかな? 普段の私はどこか頼りない風に思えるだろうけど、こう見えてもちゃんとやれるのですよ?」

「いえ、姉さんにはいつも頼りっぱなしで私こそ頼りないイメージを払拭しようとお誘いしたのですが、逆に姉さんの凄いところばかりが目立って私は萎縮してしまいました」

「あら、では少し自粛しましょうか。夫に呆れられてしまわれたら私、落ち込む自信しかありませんもの」

「あ、大丈夫! 兄さんも少しおかしいところがあるので全然お似合いですよ!」

「本当? ココちゃんにそう言ってもらえるんなら姉さんやる気出てきちゃった。ありがとうね。私ココちゃんのお姉さんでよかった。まだまだ頼りないお姉さんだけど、もっと甘えていいからね?」

「もう十分なほど甘えさせてもらってますよ」



 少しジーンとしながらも姉妹愛を確かめて、少しどころじゃない腕を見せつけた料理が運び込まれてきました。

 その匂いにつられてローズさんも復活。

 早い……もうすこし時間を稼げると思ったのに。仕方がない、メモで精神的ダメージを与える作戦は一時中断してお料理を楽しみましょうか。この子が食事を始めると食い扶持が減るのが嫌だったんですよねー。本当、どこに入るんでしょうか?

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