第51話 善悪の分岐路<1>

 こんにちは、過去の私ノワール

 という事で英雄NPCであるノワールとフレンド登録をします……しました。

 それじゃ解散バイバイというわけにもいかず、酒場を出た後自己紹介も兼ね、お散歩しながら女子トークに花を咲かせました。


 ノワールはお酒を飲めませんからね。いつまでも酒場にいる利点がありませんし、どこか不安そうにしている彼女をそのままにしておくのもどうにも居心地が悪い、という事ですお散歩です。


 食事も経験上、摂取できないわけではないですが、精霊は必要ないと言われているので、それを頑なに信じ込んで食べる必要性すらないと思っているのです。


 それに目が覚めたのがこの酒場。ただでさえ苦手な場所なのに、どうして良いかもわからずにしどろもどろとしていた様です。


 今まで【英雄】という称号に恐れをなしてか遠巻きに見守られてきた彼女でしたが、今日ようやく彼女の中で勇気を振り絞って声をかけた第一村人が私だったらしいですね。

 基準はなんでしょうか?


 尋ねたら『何故か分からないけど懐かしい感じがした』とのこと。

 運営め、招待IDに何か仕込みましたね?


 一応念の為。離れ離れになっても困らないようにパーティ申請を送っておきます。

 ノワールのLVは前作での基準でカンストの200なのでこれ以上あがりません。

 しかしただでさえ【英雄】の称号が目立ってしまうので保護目的でのパーティ申請。

 それを伝えたところ、最初こそ戸惑いを見せていたものの『そういう事なら』となんとか信用を得ることに成功。

 無事パーティメンバーになりました。


 では一緒にお散歩開始といきましょうか。


 マリさんを装備から解放してノワールと一緒に歩かせます。

 精霊虐待じゃありませんよ?

 ノワールが装備して欲しそうにたまにこちらをじっと見つめてくるので仕方なく、です。

 装備させてもらってるマリさんが羨ましかったんでしょうね。目は口ほどに物を言う、とはこういう事でしょうか。

 なるほど、これは確かにわかりやすいかもしれません。当時の私はここまでわかりやすいのかと愕然としました。


 しかしですよ?


 精霊装備が一度にどれだけ装備できるかは実際のところ分かりません。

 もしかしたら同時に装備もできるかもしれません。

 ですが、肩車しながらおんぶってどう思います? 確実におんぶしてる子の顔の位置に肩車している子のお尻が来ますよね?


 自分がドライアドだからわかる事ですが、それはもう無理って感じになってしまいます。

 だってマリさんにおぶって貰ってる状態で、更に誰かを肩車し出したら……なんて事考えたくありませんしね。だからこれは一度フリーにして、いつでもおんぶしてあげますよってポーズなんです。


 ただ、マリさんはフヨフヨとその場に浮くことはできますが、移動する事ができません。

 固有スキルが《浄化》という、全状態異常回復というとっても頼りになるサポートスキルだけなのですが、それを使って移動……とは出来ないんですよね。世の中そう都合よくいかないものです。


 ぶっちゃけますと、精霊全般は移動する事ができません。その中でも唯一ドライアドのみ固有スキルを使っての移動が可能です。肉体がありますからね。

 他の精霊は精神体なので、肉体がありません。だから自分の体にダメージを与えることができないんですよね。


 そこでノワールの出番です。

 幼少の頃からぼっちでずっと同世代の女友達、もしくは妹が欲しくてたまらない彼女にとって、マリさんは理想の妹分でした。


 だからか急にお姉ちゃん風を吹かし始めた彼女が『こっちだよ、案内してあげる』とマリさんの手をグイグイと引っ張ります。

 マリさんもされるがままに引っ張られ、どこか楽しそうにしていました。


 はて? まだ子供を産んでないのに、目の前の風景に自らの未来を幻視してしまうのはこれから子を産む母親の心情でしょうか?

 少し頬が緩む思いですが、見失わないように後を追いかけていきました。


 てか、早っ。

 待って~置いてかないで~





 イマジンの街・南門 > 草原フィールド



 ノワールとマリさんは仲のいい姉妹のように草原フィールドを駆け回っています。無邪気でいいですね。

 私もそれを遠くで見守りながらのほほんとお散歩を敢行。


 私達のパーティは攻撃力が0なので、アクティブでないMOBに襲われる事がないのが最大のメリットですね。

 何も攻撃されないのは精霊だけの特権ではありません。攻撃力のある武器を持たず、筋力のステータスが0のプレイヤーにもヘイトは向かない仕様です。


 とはいえ戦闘の意思を見せればその限りではありません。


 ちょうど今ノワールがマリさんに良いところ見せようとして襲いかかっている最中でした。後方でマリさんが応援し、それを聞いたノワールがやる気を見せて行く。


 しかし拙い。それが私の今のノワールへ対する感想でした。

 マサムネの時もそうでしたね。ステータスは英雄の時のものですが、熟練度は当時の面影をまるで感じさせない、未熟なものでした。

 まるで久し振りにその体を使った様な感じです。うまく扱えないなりに、記憶を頼りに手繰り寄せ、なんとか形を保っている様なものでした。


 何かキッカケがいるのでしょうか?

 最後までダメージを受けることはありませんでしたが、倒すまでにハラハラしたのも事実。それでも良くやったねとマリさんと二人で労いました。



「お疲れ様、かっこよかったよ」

『えへへ、お姉ちゃん強いでしょ?』



 呼びかけた私には気づきもせず、ノワールはマリさんに対して自慢していました。あらあら。そんなに妹分ができた事に喜びを感じている様ですね。

 少し寂しく思いますが、過去を知っている自分ですから、少し甘やかしてあげたい気持ちの方に軍配が上がりました。

 それに楽しそうにしている過去の自分ノワールを見ていると、それだけで辛い過去がほぐされて、癒されて行くんです。



『すごーい、強いね!』



 マリさんは駆け寄っていけないので、ダッシュで突っ込んでくるノワールを受け止めて、きゃあきゃあ言い合ってました。

 あの中へ混ざりたいとうずうずとしてしまいますが、そこへ大人の私が入ると彼女のやる気が崩壊してしまいそうで、呼びかけることができずにいました。

 それぐらい当時の私は荒れやすく、そして自分の殻に閉じこもりやすい子でした。そこかしこに地雷が埋まっており、どこで機嫌を悪くするかわからない。

 今夢中になっているのは妹との時間。そこに保護者は割って入れない。そんな空気感が目に見えるようでした。


 その後もノワールの好きな様にさせながら森林フィールドに足を向けていきます。


 ノワールの快進撃は止まることを知りませんでした。完全に調子に乗っていますね。マリさんが囃し立てるものですから後に引けなくなった様に、ノワールはブラウンフロッグに攻撃を仕掛けました。


 当時のままなら余裕。

 でも今のノワールには重荷な相手。

 ここで手を貸すとへそを曲げてしまいかねない。当時の私はそれぐらいに扱いづらい子でしたからね。ええ、自覚してます。


 危ない局面もありましたが、それでも全て責任を持たせてやらせる事で、時間はかかったものの、ノワールは無事、ブラウンフロッグを倒し切ることに成功しました。

 湿地帯の為、泥濘に滑らせたり、泥まみれになりながらも失敗を積み重ねて、彼女は少しづつ前に進んでいきました。

 マリさんもすっかり姉妹の様に振舞っています。



『お姉ちゃん、大丈夫? 《浄化》!』

『ありがとう、まーちゃん』

『えへへ、あたちこれしか出来ないから』

『そんな事ないよ。まーちゃんがいてくれたからお姉ちゃんは頑張れたもん』

『うん、それじゃあどういたしまして、だね』

『そうだよ、こちらこそ、だね』

『『えへへ~』』



 お互いの顔を覗き込みながら笑い合い、急に立ち上がったノワールに連れられる様にしてマリさんが声を上げた。



『みゅーちゃん、早く早く~』

『早く~』



 それに合わせてノワールも声をかけてくる。良かった。マリさんに夢中になりすぎて忘れ去られていると思った。

 私は過去の自分があんなに楽しそうに笑ってはしゃいでいる光景になんだか目頭が熱くなる思いでした。



「待って~もう少しゆっくり」



 本当はすぐに追いつくけれど、じゃれ合う様に抱き合う二人をいつまでも見守ってあげたい気持ちを湧き上がらせながら、ゆっくりと後を追いました。


 森林フィールド前キャンプ地では今日もワイワイと賑わっておりますね。

 パーティを組んで正解でした。

 人混みに紛れた二人はあっという間に迷子になりました。


 あらあらどこへ行ってしまったのでしょうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る