第50話 迷子のノワールさん
西地区から噴水公園広場を通り抜け、私達は一路、人気のない北地区を目指した。
マリさんはどうしてもここでやっておかなければいけないことがあると言って聞かなかった。その内容とは。
『じゃーん、どうだぁ!』
一瞬消えたかと思えばすぐに現れてクルンと、その場で舞う。
《交信》を通して彼女の音声は幼女のそれへと変換された。
水の精霊/セイレーン
水をドレスのように纏う彼女はその姿で私の前へ降り立つ。
「お、サブ種族とったんだ?」
『うん、あたちもバードのままだとなにかと目立つでしょ? みゅーちゃんがエルフの時はこっちでいようかなって』
早速口調がそれっぽく変化してきましたね。それにとっても可愛いです。
いいですね。ナイスです。これで昔のあれやこれに絡まれてもシラを通せるってものです。
「それじゃあ行こっか、まーちゃん?」
『うん、まーちゃんて何?』
「私、みゅーちゃん。あなた、まーちゃん」
『そう言うこと、わかった、今からあたち、まーちゃんね。そっちの方がいいやすいかも。よろしくね、みゅーちゃん』
気に入ってくれたようで何より。
「分かりました。それじゃ、まーちゃんはどこ行きたいですか~?」
『森! 探検ちたい!』
「はーい、それじゃあいきまちょうね~」
ペシペシと頭を叩かれる。
「なんでちゅか~?」
『その口調やめて、あたち赤ちゃんじゃないもん!』
「とは言いましても、私としては今後に備えてママの予行演習もしておきたいので」
『やーだ、やーだー』
「おーよしよし、泣かない泣かない」
『泣いてないもん! あたち我慢できる子だもん!』
「えらいでちゅね~、よしよし」
赤子をあやすように抱っこして揺らすと、目尻を釣り上げてキッと睨んできました。やだもぉマリさんたら可愛すぎませんか? 普段ならもっと憎たらしい笑顔を振りまいてくるのに、今の彼女には母性本能をくすぐる愛くるしさしかありません。
このままお持ち帰りしてしまいたい衝動に駆られながらもグッと我慢して、彼女を定位置に装備——肩車します。
セイレーンは頭装備ですからね。
肩車をしているような感じになるのです。
水でできているので首がひんやりとしてとても気持ちがいいです。
これ良いですね。夏に欲しいです。
一家に一台セイレーン。気候によっては便利かもです。
そんな事を考えながら、頬に触れる彼女の太ももに頬ずりしていると、ペシペシと頭を叩かれてしまいます。
どうやら私達は注目の的だったようですね。生暖かい視線を複数感じました。
私達はそそくさとその場でから逃げ去りまました。
◇
セイレーンはよく目立つのでしょう。
私達は頻繁に声をかけられました。
にじり寄られながら距離を詰めてくる感じですね。最近こういうの多いなぁ。
「君、可愛いね」「お嬢ちゃんいくつ?」「これから俺たちと良いところ行かない」「優しくしてあげっから」「俺βテスターなんだぜ?」「おい無視すんなよ」「黙っていればつけあがりやがって」「野郎ども、取り囲め」「へへ、もう逃げられないぜ、お嬢ちゃん」「おい、見世物じゃないぞ!」「あっちへ言ってろ!」「なに、俺らとちょっとそこでお話をするだけだ」「時間はとらせないから」「ちょっとだけだよ」「へへへへ」「何にも怖いことなんてしねーからよ」「おい、こっち見てくんじゃねーよ、見りゃワカンだろ、フレンドだよ!」
という言葉が私たちを置いてけぼりにしながら展開されて行きます。テンションが高いですね。楽しそうで何より。
それにしても……これが巷で噂のナンパというやつでしょうか? 初心者によくあると聞きますが、どうして私達なのでしょうか……ああ! 今の私はエルフの初期装備のままでしたね。だからでしょうか? 御誘い頂きましたのは。
いつものマリさんのような笑顔を浮かべた、複数の大柄の男達に囲まれてながらそんなことを思っていました。
マリさんに尋ねると「間違いなくそうだよね」と言っていました。
どうする? え、話を聞いて見ても良いんじゃないかって? それじゃあそうしましょっか。別に予定もありませんしね。
という事です、そう言うことになりました。
場所は酒場を選択。奢ってくれると言うので遠慮なく注文。先ほど食べ損ねた春巻きを5皿、辛いのも二皿いただきましょう。マリさんと分けてもぐもぐ食べて行きます。さっきも食べたのですが、少し歩いて小腹が空いてしまったので丁度良かったです。直ぐにお腹いっぱいになったので残りは包んでもらい、アイテムバッグの中へ。お会計は彼らが払ってくれるらしいので、そのことをシグルドさんへ言伝し、テーブル席にいる顔を確認してもらってから席に戻ります。
「さて、お話を聞きましょうか」
「こいつ……遠慮ってもんを知らないのか?」
呆れられてしまいました。男の一人が財布の中身を心配しているようですね。何か不都合があったのでしょうか?
「だがここまでたっぷり食ったんだ、今更約束を反故にするってのは無しだぜ?」
「約束? えっと、話を聞くだけですよね? 約束はまた別問題だと、まーちゃんも言ってます」
「はぁ!?」
「おいおい嬢ちゃん、そりゃ契約違いもいいとこだぜ?」
そう言ってナンパ男Aが見たこともない書類を出しました。
とても気になったので『糸』を展開してそれを掴み、引き寄せて中身を改めた後に『切断』を付与してシュレッダー加工を施します。見ていて不快でしたので、つい。あとで弁償しておきましょう。お安く済めばいいのですが。
それにゲームないとはいえダメですよー。奴隷契約なんて。私これから結婚するんですから。ゲームの中でとはいえ、奴隷になるとか意味がわかりませんもん。
「あっこら!」
「これで言うことを聞かせるつもりでしたか? 残念……仮にそれが本物でも貴方達が私を従えるのは無理だと思いますよ?」
「何? 5000Gもしたこいつが偽物だっていいてぇのか?」
「まーちゃん、看破お願い」
『おっけー。出たー。
マリさんの声はエリア全体に聞こえるような音量で酒場へ響き渡る。それを耳にした人達から私達のテーブルは一斉に注目された。そこへ、直ぐ後ろの席に座っていたおじさんが声をかけてくる。
「おいおい兄さん方、あんた今このお嬢ちゃん達に何をしようとした?」
目の奥に尋常ならざる気配を宿し、それを察知した男達は慌てふためき、負け犬の遠吠えをしながら蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行きました。
あ、お支払い済んでませんよ?
「あいつら、うちの店で食い逃げたぁ、いい度胸じゃねぇか!」
シグルドさんはお怒りモードで組合員に掛け合っていました。
特徴を伝えると直ぐに組合員前に張り紙が添付されました。中身は食い逃げ犯を捕まえた者にはランクに応じたポイントを付与、となっています。これは美味しいですね。特にランクが低い人には朗報ではないでしょうか?
金一封ではないあたり、実にこのゲームらしいですよね。それにしてもそんな魔導具も出てきたのですねー。
さて、支払いの件も終わりましたので仲介役に入ってくれた常連のおじさんに挨拶を済ませ、出て行こうとしたところで裾を掴まれました。
まーちゃんは首元にいますし一体誰でしょうかね?
体をひねって後ろを見ますと、過去の私がじっとこちらを見ていました。
そう、ノワールさんです。どうしたのでしょうか? 迷子ですか?
「どうちたんでしゅか~?」
『ねぇあなた、わたしの事知ってる?』
そこにいたのはまだ注目される前の私でした。そういえばマサムネの時もそうでしたね。
開放された直後は、英雄になる前の状態。レンゼルフィアをキルした回数に合わせてあいつは成長していった。
今では一端の勇者。でも英雄には遠く及ばない。何かのイベントを乗り越えない限り、力が解放されないのかもしれないですね。
ですので、もしかしたら記憶とかそこらへんの情報が、ボスのキル数に関係しているのかも知れません。
私は当時の自分へ優しく語りかけました。
「あなたはなんていうお名前ですか? 私はミュウ。今はみゅーちゃんと呼ばれているの」
『ノワール。わたしノワールって言うの』
「そう。ノワールちゃんね、それでノワールちゃんはどこから来たの? ご家族の方は一緒じゃないの?」
『一人。わたし一人で平気だもん』
「ノワールちゃんは凄いですね。私は一人じゃなにもできませんよ。だから一人でなんでもできるノワールちゃんは立派です。そんな立派な貴女を子供扱いするのは失礼でしたね。ノワールさんと呼ばせていただいてもよろしいですか?」
びっくりしたように目を見開き、ノワールはゆっくりと首を縦にコクリと落としました。
「ではノワールさん、お友達は居ますか?」
『居ないの、わたしはずっと一人だったから……』
「それじゃあ私とお友達になりませんか?」
『いいの?』
「もちろんです。まーちゃんもいいですよね?」
装備を解除してノワールの隣にまーちゃんを降ろします。
『あたち、まーちゃん。のわちゃんのお友だちになりたいです』
「お願いします」
『え、あう……そんな風に言われたの始めて。こ、こちらからもよろしくお願いします』
この日私に新しい友達が増えました。
彼女はノワール。遠い昔に置いてきた、過去の自分。その抜け殻。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます