第34話 みんなでDIY<2>
キョトンとするわたしに、マリさんはニマニマしながら聞いてきます。
「なにウブなフリしてんのよー。子作りはしたのかって聞いてんのよ!」
『な、ななななな……!』
顔が真っ赤になる……事はないけれど、思考が沸騰しそうになって取り乱してしまいます。昼間からなんてこというんですか、この子は。
「まだしてないんだ?」
『ま、まだお付き合いも始まったばかりですし、それに彼も時間が取れなくて……』
「ふーん、将来的に欲しくはないの?」
『まだわかんないよ。彼の人となりを確かめてる途中なんだから』
「でもそうやって悩んでるうちに身体はどんどんと年老いて行くよ? ミュウさんは本当に今の自分にそんな時間が残されていると思う?」
『そ、そういうマリさんだってまだお子さんいないじゃないですかッ!』
つい、売り言葉に買い言葉で反論してしまいます。すると彼女は今まで見せたことのないような寂しそうな顔でポツリポツリと語り始めました。
「うん……居ないよ。それはどうしてだと思う?」
『それは……』
「あたしね、赤ちゃんなんて居なくてもダーリンさえいればそれで良いってどこかで思ってたの」
『……』
「でもね、ダーリンはそうじゃなかったみたい。ずっと子供が欲しくて頑張ってくれてたの。だけどさ、あんまりにもあたしがその気にならないもんだから、飽きられちゃったんだと思う。それが向こうに伝わってから夜の関係は疎遠になっちゃった」
『マリさん……』
「同情はいらないよ? これはあたしの自業自得だもん」
『…………』
「でもね、あたし諦めてないよ? ダーリンの事は本当に好きなの。だから幸せになる為にいろんなことを我慢してきた。
だけどそれも、もうおしまい。これからは本心を見せていこうと思うんだ」
『……子供は産むの?』
「うん、もうワガママばかり言ってられないしね……あたし産むよ。随分と遅くなっちゃったけど、今夜にでも誘ってみるつもり」
『じゃあ、わたしもマリさんに負けてられないね』
「ミュウさんは別に無理しなくていいんだよー? それこそゆっくりマイペースで頑張るといいよ。子供が欲しいと思った時はすっかりおばあちゃんになってたりして。うぷぷ」
『ぐむむ……そうやってすぐバカにするー』
「あはは、ミュウさんに気持ち打ち明けたらすごく楽になった。こんなつまんない話聞いてくれてありがとね」
『ううん、こちらこそ夫婦はお互いの気持ちを尊重し合うものなんだって教えてくれてありがとう。わたし、心のどこかで結婚さえすれば幸せになれるんだって思い込んでた部分があったし』
「それは考えなさすぎじゃないかなー? それ抜きにしたって主婦はいろんなしがらみが巻きついてきて大変よー?」
『そ、そうなの?』
こ、怖いこと言わないでよ。
「もちろん。自分のことだけじゃなくって旦那さんの事や、その親戚にまで気を使うもん。子供ができたら、それこそ幼稚園や小学校、中学、高校、大学。社会人になっても親はいつまでも気になるものよ」
『そっか……わたしのお母様もそうなのかな?』
「30近くまでお一人様だったんでしょう? そりゃ心労もMAXよ」
『うぅ……だってぇ……わたしも社長業で忙しかったんだもん』
「言い訳は聞きたくないわ」
『うぐっ』
「ミュウさんのお母様も相当ご苦労されたと思うわよ。ミュウさんて結構面食いでしょ? それに相当ワガママだし、気に食わないとすぐ顔に出ちゃう」
『なっ……!』
そ、そそそ、そんなことありませんよ?
言いがかりです!
「自分はポーカーフェイスだと思ってるでしょ? 誘った時も言ったけど、ミュウさんみたいな大根役者見たことないわよ?」
『…………』
「いじけてる? でもこの程度でへこたれてちゃ主婦なんてやってけないわよ」
『そうなの?』
「そうなの。どうしても小姑や姑、この場合はダーリンのお姉さんやお母さんね。彼女たちはあたしの協力者じゃないからね。「そんなこともできないのか」っていつも口うるさく言われちゃうのよ。ダーリンは庇ってくれないしでいつも一人で泣いてるわ」
『そんな事が……』
「そういう時こそゲームで憂さ晴らしよ」
『……さっき一人で泣いてるって』
「そんなの最初だけ。2回目以降は流石のあたしもあったまきてゲームにログインしてMOBに八つ当たりしてたわ」
『同情の涙返してよ』
「へへーん、騙されたミュウさんが悪いんですー」
『もう! でもいつものマリさんだ』
「しんみりするのはあたしらしくないってか!」
『うん、マリさんはこうでなきゃ。じゃないとどう接していいかわかんないもん』
「あはは、んじゃ気を取り直して目的地に行こっか?」
『お願いしまーす』
すっかりいつものペースに戻ったマリさんはそう笑いかけて、人の多く居る場所へ歩いて行きました。
「やあやあ皆の衆。怪我なくやっているかね?」
「ちわーっす、進行役。先に進めてたけど大丈夫だった?」
「もち。あたしはキミの要望を叶えただけさ。あとは好きにやってくれたまえよ」
「わはは、それなんのキャラ?」
「なんだろう? お偉いさん風? ノリで言った」
『こんにちわ』
「ん……この声は、ああ、君が噂のミュウ君か」
馬鹿笑いをしているマリさんの背中からひょいと頭を出して挨拶をします。するとマリさんの話しかけたエルフの男性は顎をさすって何かを思い出したように呟きます。
『噂の?』
「そそ、あたし達のリーサルウェポン」
『もーなによそれー』
「それで調子はどう?」
彼は新しくマリさんの計画に参加したウッディさん。木工師さんだそうです。
“また” 掲示板でマリさんが何かしでかしたそうで、それにつられる形で参加したのだとか。まあ、マリさんの無計画さが露呈するわするわ。だけどウッディさんはそれを笑い話のように語っていました。
「とりま土台組んでますけど、木材が全然足りない感じ。良ければ追加頼めます? こちらから休憩中の人足連れて行っていいんで」
「ほいよー。結構揃えたつもりだったんだけどね?」
「ああ、試行錯誤してたらだいぶ消費しちゃって間に合わなくなって、すんません」
「ありゃま。まあぶっつけ本番だし仕方ないよね。目的達成には後どれくらい必要?」
「もう二、三千程」
「その程度でいいの?」
「大分盛ったんだけど、それ以上可能なんだ? 持って運ぶのも大変でしょうに」
「うちのリーサルウェポンのご到着だからね。大船に乗った気持ちでいたまえよ」
「ははは、どうやら僕はだいぶ噂を軽く見積もっていたようだ。ではよろしく頼むよミュウ君」
『任されたー』
「あはは期待してるよ。じゃあウッディさんは計画進めててねー」
「ほいほい」
ウッディさんと楽しくおしゃべりした後見知った顔……ゲンさんとシグルドさんの元へ一直線に向かいました。心なしかマリさんの足取りが忙しないです。きっとまたお腹が空いちゃったんですね。
この食いしん坊さんめ!
「おう、進行役。お疲れさん」
「ゲンさんおはよー」
「もう昼だぞ?」
「リアルじゃ朝じゃない」
「そういう事か。このゲームじゃもう3日経ってるからそこら辺の感覚ねーや」
「もう、また連続インしてるの?」
「酒場で魚料理が売れまくっててな。書き入れ時なんだよ」
「ザインのやつに催促入れて釣りに行ってもらってる。ルイゼ姉さんもお供にな」
ゲンさんの脇からシグルドさんがのっそりと現れると情報を付け足してくれました。足元で何やらゴソゴソとやっていると思ったらガスコンロ型魔導具の設置をしていたようですね。
「ああ、だからここに居なかったんだ」
「それもあるけどウッディのやつが木工スレで暇なやつ集めたら結構来てな、人手が余ってるんなら仕事もないしって理由で釣りに行っちまった。こっちとしては超助かるけど」
「あちゃー。あとで労いの声かけてあげなきゃ」
「まあ、あいつもきっとそっちの方が性に合ってるって言うぜ?」
「でも仲間外れにされたって思われちゃうじゃーん」
「どうかね? あいつは生粋の釣り人だろ」
「まぁ進行役が気にかけてくれるっていうんだ、こっちはこっちの仕事しようぜ」
「だな、早速だが一本食うか? 少し火の調整が甘くて焦げちまった」
「もちろん!」
ゲンさんとシグルドさんは本日の事業の賄い担当だとか。作ってばかりで疲れないのでしょうか? それにしても美味しそうな焼き色ですね。わたしも料理はできますが、このお二人クラスの料理が作れるかというと、答えはNOです。
プロにはとてもじゃないですが敵いません。孝さんには及第点を頂いてますが、飽きられないようにさらなる努力をして行きませんとね。
『それにしてもお二人の作る料理はいつ見ても美味しそうですよね。作る時のコツを聞いてもいいですか?』
「ミュウちゃんは料理出来る人?」
『多少は』
「そういう謙遜できる人って結構できる人多いよな。少なくとも進行役よりはできそうだ」
「むっ! ミュウさん、あたしの肉じゃがにケンカ売ってんの!?」
『肉じゃがですか? 和料理はあまり得意ではありませんが、ジャガイモをホクホクに仕上げるコツならいくつか存じ上げていますよ?』
「師匠!」
装備状態を切り離すとマリさんは土下座をしながら泣きついてきました。
「おいおい、進行役の立場ねーな」
「こっちは切実なのよ! ミュウさん、あとでこっそり教えてくれる?」
『後でね』
「やったー。これでダーリンに振り向いてもらえるー!」
あらあら。
余裕そうでしたが相当必死な様ですね。
あのマリさんがここまで必死になる姿なんてあまり見かけませんが、ふふ。
こういう日常もいいですね。
「そういや進行役はイベント参加しねーの? もう今日で終わりだけど」
「ああ、ワールドクエスト? 鬼畜難易度のやつでしょ? 出たって時間の無駄じゃない?」
「まぁな、俺らもこうやって料理作ってる方が性に合ってるわ」
おや?
『もうワールドクエストの時期なんですね。知りませんでした』
「ミュウちゃんはリアルが忙しいんだっけか? じゃあ知らなくても無理ねーか。
夜のレンゼルフィアクラスのMOBが闊歩する特別な平原フィールドで仲良く素材集めって言うお題でな。ポイント制でランキング作ってるよ」
『素材集めですか。物によっては利益あるんじゃないですか?』
「いつもより教会が立て込んでるらしいぞ? 死に戻りするプレイヤーがあまりにも多いからって増築予定だと」
『うわぁ……でも活躍しているプレイヤーもいるんですよね?』
「ココットとラジーの二人組がポイント荒稼ぎしてるね」
『あの二人ですか……確かに隠密特化ですからね。ですがあの二人は装備の更新必要ないくらい己の体が資本じゃないですか?』
「そうなの? よく知らないけど。知り合いに高く売るんだーって言ってたよ」
『ふむ、売却目的という手もあるんですね』
シグルドさんとの会話にマリさんが入ってきて結論に至ります。
確かにジョブによっては旨味の少ないクエストですよね。報酬もお金と素材と聞きますし、一見新規向けなのかな、と思わせておいて難易度は鬼畜。ここの運営のいつものやり口ですね。逆に安心しました。
「ミュウちゃんは参加しないのか? つっても今日までで集計終わりだけど」
『精霊の特徴をお忘れですか?』
「あー……アイテムの入手も出来ないしお金も必要ないんだっけか?」
『はい。このクエストは精霊プレイヤー、または魔物型プレイヤーにとってなんの旨味もありませんし』
「どうせ今回は運営の統計でヒューマンと獣人が多くてそれに合わせたとかじゃないか?」
『あり得ますね。あ、そこのお肉ください』
「ミュウちゃんて精霊の割に結構食うよな」
『お二人の料理は見ててお腹空くんですよ。精霊は満腹度とかないのでいくらでもいけます』
「あんがとよ」
「わかる! って事でこっちのお皿にもお代わり頂戴。もちろん大盛りで!」
「おいおい、今日一番働いてない奴が一番旨いところ持って行くなよ」
「にゃはははは、お偉いさんの特権なのだ!」
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