第33話 みんなでDIY<1>
ログインすると笑顔でマリさんが迎えてくれました。いつものように背中に乗せてもらい、背中越しに通り過ぎる町並みを眺めていきます。
今日はどんな出会いがあるのでしょうか? 彼女の引き起こすハプニングがここ最近の楽しみになってきたのもまた事実。ワクワクとしながら尋ねます。
『マリさん、今日はどんな催し物があるの?』
「ふふーん、気になる? 気になる?」
『うん。マリさんの事だから想像もつかない事でしょ?』
「うぇっへっへ。ついてからのお楽しみってね!」
「さぁ、飛ばすよ」と声かけした後、マリさんはこちらを振り向きもせずに速度を上げていきました。
力強く大地を握りしめ、溜め込んでから放出する様に体重を乗せて前つんのめりで飛び立ちます。
一瞬体が浮き上がるも、羽ばたかないため空には浮かび上がりません。
今までのただバタバタ走るだけの移動法ではなく、一足跳びで飛び立つ。言うなれば短距離飛行でしょうか。一瞬浮いては着地し、それを繰り返す事で減少するスタミナを抑える走法をどこかで身につけたようですね。
しかしわたしを装備した状態ではなんの意味もありません。彼女は一体なにがしたいのでしょうか?
向かっている方角を確認すると、珍しいですね。街の西方ですか。
いつもは適当に走ってお腹を空かせてから冒険者組合にある酒場へ直行する彼女ですが、何か目的があるかのような足取りにわたしは期待を膨らませました。
街はログインエリアである噴水公園広場を中心に置き、そこから四方へ道が伸びています。
南に草原フィールドへ繋がる門があり、商業区があります。冒険者組合や素材買取屋、武器防具屋、道具屋さんが並ぶことからプレイヤーの多くはこちらへ集中していますね。
西は山林地帯と併設して農耕区。
こちらはあまりプレイヤーの手が入っておらず、閑散としています。早くファーマーさんが増えて欲しいとはゲンさんを筆頭に多くの料理人が切望しています。現状やる人が皆無なので空想だけが広がってるようですね。
東は農耕区で入手した素材をその日のうちに加工する工業区があります。
こちらでは不味いことで有名な携帯食糧やポーションなどが作られていますね。こちらは調薬や魔導科学などの生産職の聖地としてそれなりに賑わってます。
北は開拓区。実際のところ封鎖地区ですね。あれから数百年経ってそうな雰囲気でしたが、当時の記憶のままに何かが封印されている気配を感じました。
マリさんも底冷えがするから早く行こうだなんて言ってましたし、よくないことが起きそうですね。
前作では南の “開拓進度が≪4≫” へ至った時、西と東の門が開く。北はその両方が “開拓進度≪4≫” へ至った時とされていました。前作でもある意味未実装と言われたフィールドが開かれたのは本サービスを迎えて4年目。
わたしが引退する手前だったのですよね。だからあれから北がどのようになったのかは存じ上げません。
フィールドですと、南の方は草原、森林、山岳、荒野とどんどん緑が寂れていくんですよね。
わたしは、と言うか精霊全般に言えますけど得意分野以外では進度の深い場所へ進めない特性があります。弱点属性が明確にありますからね。何も精霊だから万能というわけではありません。
特に西にはいい思い出がないんですよね。砂漠があってそれを越えるとオアシス、ピラミッド型ダンジョン、活火山ダンジョンが有ります。
ドライアドって火がダメなのでそっちに存在できないんですよね。だから解放されても行こうとすら思いません。
逆に東には砂浜から海へと続いてます。水と違って塩分を多く含むので少量の摂取ならいいんですが、大量に摂取、それも長時間居るとなると色々としんどいのですよね。海って大地から遠く離れていくので
いえね、常時MP回復の容量が著しく減るのでなるべくなら行きたくないフィールドなんですよね、海。
その先には宝島、深海、海底神殿ですか。樹は性質上、どうしても “浮く” ので
だからこそ、今作から実装されるサブ種族解放システムがとても気になります。種族リセットの簡易版という噂らしいですが、なにぶんクローズドβでは解明されなかったシステムですから。
今回の検証班に期待しましょうか。
それよりも何よりもマリさんの事です。彼女は一体どこへ向かっているのでしょうか? 砂煙をあげながら爆走する彼女はどんどんと人気のない場所へ進んでいきました。
「とうちゃーく」
キキキッと、急ブレーキをかけて土煙を起こして緊急停止。意味もなく両手を広げてるのはこれで若干止まった気になるからだそうです。そんなにスピード出す必要あったんでしょうか?
きっとノリですかね。突っ込んだら負けな気がするのでノーコメントでとおしました。
「こっちこっち」
そう言うマリさんの指差した方角へ何やら大勢の人がわいわいとやっていました。えーっと、何かを切ったり繋げたりしてますね。あれは木……木材ですか。ふーん。工作的なものでしょうか? わたしは即座に理解しつつも、聞いて欲しそうな顔でニマニマしているマリさんに尋ねます。
『あれは?』
「何かわかるかなー?」
『工作ですかね?』
「お、ミュウさんにしては冴えてるじゃーん。今回はDIYにチャレンジしようと思ってね!」
『わたしにしてはって何よ。それで、今回はなにをつくるの?』
「担当者の好きにやらせてる」
『ん?』
「実はかくかくしかじかでね……」
わたしの疑問に身振り手振りで語るマリさんですが、それで通じるのは彼女の無計画さぐらいでしょうか?
なんとなくニュアンスは掴めるのですが、要約すると「何も考えてない」だそうです。
燻ってる職人候補に自由な環境を与えて好き勝手にやらせたら何を作り上げるのか? が根底にあるらしいのですが……相変わらず無茶苦茶です。
彼女は昔からこのような人物でしたのでわたしにとっては今更ですけど、今作で目の当たりにしたプレイヤーは度肝を抜く事でしょうね。
ご愁傷様です。今回の振り回されるであろう被害者へ軽く祈ってあげました。わたしができることなんてこの程度です。
すでに勢いよく回り始めてしまった歯車を止めるのは容易ではありませんからね。
しかし彼女の真に恐ろしいところはその “ふわふわとした現実味の帯びない意見” をまとめて実現してみせた手腕にあります。
彼女の立案した計画はなぜか上手く回ることが多いのです。本人は無計画と言いますが、その実どこまで計算づくで動いているか分かったものではないので油断なりません。
そして彼女は他者から注目を独り占めしてしまうのです。
わたしは別に表舞台に立ちたいとは思わない性格ですので彼女のおまけとして前作から活動していました。言うなれば彼女が計画犯でわたしが実行犯と行った所でしょうか?
そのためか前作においてわたしの悪い噂が広まってしまいます。
確かに少しやりすぎてしまった感はありますが、あれは事故なんです。好きでフィールド破壊なんてやるはずがありません。ではどうして災害指定精霊などと呼ばれたのかというと、精霊って実はフィールド復元能力を持ってるんですよね。それを復元した時の種族経験値がこれまたMOB討伐よりも美味しかったので仕方なくなんです。決して破壊を好むというわけではありません。言うなれば効率の高い狩場が精霊にとってフィールドであったというだけなんです。
わたしは悪くありませんよ! 悪いのはこんな設定を設けた開発さんですから。
そんな言い訳を考えている間にマリさんは中央へずんずんと歩いていきます。
もう、まだ心の準備もできていないのに。そんな風に考えながらもわいわいとしている風景を見て、人心地つきます。
皆さん訳が分からないなりに何だかんだ楽しそうなんですよね。各々がやりたいように動いて楽しげに指摘し合っているようでした。何故だか不思議とあの輪の中に入りたいという気持ちが強まっていきます。
「どう?」
『どうって、何が?』
「みんなで集まって一つのことを目的に頑張るのっていいでしょ?」
『ああ、そういう』
「最近ミュウさん浮かれてるから、何か悩みでもあるのかなーと思ってね。でも何も言ってこないしそれほどでもないのかなーって思いつつもやっぱり気になるから今回はこういう趣旨で攻めてみました」
『……っ、マリさんには隠しててもわかっちゃうか』
「ミュウさんがあたしに隠し事しようなんざ千年早いって。吐いちゃいなさいよ、楽になるから」
そこまで言い切りますか。
『うん……実はね』
仕方がないのでマリさんもリアル問題に巻き込むことにしました。首を突っ込んできたのは彼女ですからね。仕方がありません。
「ふーん、それで結婚を前提に同居してるんだ」
『うん……』
「もうやった?」
『…………?』
えっと、何がでしょうか?
彼女の問いかけに、わたしは頭を傾げることしかできませんでした。
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