ドキドキ!同棲生活
第32話 トントン拍子
あの後ゲームからログアウトした翌日に私は満を持して孝さんに告白をしてしまいました。きゃー。ちょっとどもりながらも何回も噛んで、それでも最後まで言うのを待ってくれて、少し間を置いてからOKを頂きました。
そのあとの事はよく覚えてませんけど、次の日はずっと耳まで真っ赤になって沢渡さんや社員のみなさんに心配されながら業務に殉じてました。
告白しようと思ったきっかけは、キャンプで和気藹々とした理想の夫婦像を見せ付けられて、何だかこういうのもいいなぁって思ってしまったんですよね。
っていうかあの輪に混じりたいって気持ちが強まってしまったんですよ。私も彼氏自慢したいなーって。
それで勇気を振り絞って、お付き合いする方向で一歩前進してみたんです。
そうしたらあれよあれよと翌々日から住んでいた部屋を引き払う事になり、彼の部屋へのお引越しに始まり、同棲する事に。
それだけでも気が動転していましたのに、いつのまにか黒桐から籍を抜かれて、表札には高河祐美、と記されて……訳の分からぬまま、状況に流されっぱなしの数日を過ごしました。
そこで一つお知らせがあります。
なんと!
私に
わーぱちぱちぱち
もうね、すっごい可愛いんですよ。
琴子ちゃんて名前で孝さんの年の離れた妹さんなんですって。
今年二十歳になったばかりにしては背もちっちゃくて 全然スレてなくてこんなぼっちの私にも懐いてくれる稀有な存在なんですよ。まるで存在そのものが天使! 天使は実在した!? なんて困惑してたら彼に、
「たしかに琴子は天使みたいに可愛いけど、祐美も可愛いからね?」
「も、もう……何言ってるんですか。妹さんのいる前で」
「お姉さま照れてるー?」
「知りません!」
琴子ちゃんに顔が赤くなっていることを指摘されて、語気を強くしてしまったのは反省点ですね。
もっと義姉として器の広いところを見せつけませんと。
ですが一つ問題があります。
お姉さまーって駆け寄って抱きついてくれるのはすごく嬉しいんですよ。
ですけど、その……ね?
腕にふわふわしたものが、すごく押し付けられるといいますか。
プレッシャーがすごいといいますか。
「琴子ちゃん、その、あまり押し付けられるとお姉さん困ってしまうわ」
「えー、どうして?」
「どうしてもです」
「こらこら琴子、祐美を困らせないでやってくれよ」
「ぶー、お兄様はお姉さまの肩ばかり持つんですね」
「そう言うわけじゃないんだけどな」
チラチラと孝さんの視線が私に突き刺さります。これは援軍は期待できないと言うことでしょう。
私は諦めて琴子ちゃんのされるがまま、その日はお風呂とベッドを共にしました。
寝入った琴子ちゃんをベッドに寝かしつけて、孝さんの部屋へとお休みの挨拶に伺います。
ここに来て数日ですけど、二人でいる時間はあまり取れないんですよね。こうして毎回琴子ちゃんに襲撃されて、じゃれ合っている内に、彼は就寝してしまいます。フットワークの軽い彼のことですからなんでも自分で情報を集めてしまうんですよね。それでも体を壊したら元も子もありません。これからは私が支えてあげませんと。
案の定寝息の聞こえる部屋を確認して、私は自室に戻りました。
今はもう社長ではありません。しかしだからと言って無駄に時間を過ごすつもりもありません。
彼によって変わってしまった日常ですが、これからはこの日常を過ごしていかなければいけないのですから。
私は誰よりも早く起きなければならないのですぐに就寝しました。
「おはようございます、孝さん」
「おはよう、祐美。昨日は琴子が無理を言って済まないね」
「いえ、私は一人っ子だったので妹ができたみたいで嬉しいです」
「はは、そう言って貰えると助かるな」
朝食を用意しているところで孝さんが新聞を持ってリビングに入って来ました。
今日は日曜日。世間にとって休日であろうと彼にとっては休日ではありません。
「琴子ちゃん、今日はお泊りですって?」
「ああ、あの子にもそろそろ落ち着いて欲しいんだが、毎週日曜日は昔馴染みの友達の場所へ遊びに行くんだ。軽く何か作ってあげてくれないか?」
「わかりました。サンドイッチとかでよろしいですか?」
「うん、それぐらいでいいだろう」
新聞を折り畳み、孝さんがまだ湯気の立つ朝餉に口をつけました。今日のメニューは白米とお味噌汁、沢庵にキュウリの浅漬けと純和風です。
彼は英国の血筋ですが、日本で生まれ育ったから日本の食事を取るのが当たり前だと口を酸っぱくして語っていました。
デートの際も和風レストランばかりだったなと思い出します。
なので私が用意するのもそちらへシフトしていました。
こう見えて花嫁修行はある程度お母様から施されていましたからね。いつでもお嫁に行ける準備はばっちりでしたが、相手に恵まれず、と言ったところですね。
彼とテーブルを共にして食事を取ります。彼の視線は新聞に向けながら、ああそうだと会話を繰り広げるのが数少ない彼との時間だったりします。
最初こそもっと自分を見て欲しいと何度思ったことでしょうか。しかし忙しい身である彼は、朝食をとっている時間も情報収集を欠かさない凄い人なのです。そう思い直してからは、それでも私の事を気にかけてくれているのだと嬉しくなりました。
玄関で見送り、今日は帰れそうも無いと聞き、少し表情に出してしまいます。
「いつも寂しい思いをさせてごめん」
そんな言葉を選択させてしまったと言うことに気づき、私はブンブンと頭を振りました。
「いえ、ごめんなさい。私ってダメね。まだ甘え癖が治ってないみたい」
そんな言葉を紡いだ直後、私は身体ごと抱きとめられました。
「あの……」
「今少しこのままで……」
「はい……」
困惑する私を諭すように、彼は弱音を吐き出します。
彼はこうやって言葉を使わずにボディランゲージで示す時がありました。
甘えたいのにそれを許せる相手が居なかった現れでしょうか?
彼もまた私と同じだったのでしょうか? だから惹かれた?
考えすぎですね、
私はポンポンと彼の背中を優しく叩き、大丈夫、大丈夫と子供をあやすようにしてあげました。
「ごめん、こんな急に」
「良いんですよ、これから夫婦になるんですから」
「そうだったね」
いつになく優しい気持ちに包まれて、私は彼を再度見送りました。
すぐ後ろからは瞼をこすりながら琴子ちゃんが起き出して来ます。
そこにはネグリジェを押し出すように、二つのメロンの存在感が……
うっ眩しい!
「おはようございます、お姉さま」
「おはよう、琴子ちゃん」
「お兄さまは?」
「先ほど出られましたよ。電車を一本早く乗るべき案件が生まれたとかで」
「もー、お目覚めのチューもしていませんのに!」
「まあ。では今度からは足止めしておきますので急いで起きてらっしゃい」
「さすがお姉さま! 話がわかるー」
「もちろん。私も孝さんの事大好きですし」
「お姉さまには負けませんからね!」
琴子ちゃんはお兄さん大好きっ子です。
可愛い妹分どころか恋のライバルとして敢然と立ち向かって来ていたのです。
でも、その気持ちも分からなくもありません。
両親は彼女が幼い頃に他界しており、今の歳まで孝さんに育てられてきたのですから。恋人と言うよりはお父さんという感じなのでしょうね。だから私はいつもこう返します。
「こちらこそ手加減しませんからね。そうそう、朝食出来てるから早く食べてしまってくださいね」
「今日のメニューは?」
「特別にフレンチトーストとスクランブルエッグを用意しておきました……孝さんには内緒ですよ?」
「わー、さすがお姉さま。お兄さまは日本人は日本食を食べるべきだ! なんて頭の固いことばかりでそこだけはウンザリ」
「私もそこばかりは同意出来ないですね。食に文化はあれど貴賤はないのですから」
「私、お姉さまのそういうところ大好き!」
調子のいいことを言って琴子ちゃんは自室に戻り、着替えて洗顔を済ますと朝食をとりました。いい食べっぷりです。
やはり血筋ですか。この食べっぷりはゲーム中のマリさんを彷彿させますね。
まさか遠い親戚? いや、まさかね。
「どうしたの、お姉さま?」
「なんでもないの、よく食べるなぁって感心していたのよ」
「お姉さまは少食過ぎます。よくそれで持ちますね」
私の前に置かれている小振りな皿を見て琴子ちゃんは唸りました。皿の上には根菜サラダとクロワッサンが二つ。私の一日のカロリーが計算された食事に彼女は不満の声を漏らしました。
クロワッサンをサクリと口に入れて、発酵バターの芳醇な香りを楽しんでいますと、なんだかお姉さまって不思議、だなんて言われてしまいます。ムッ、失礼ですね。
「今日はお出かけなんですって?」
「うん、お友達と小旅行にね」
「私は昔から体が弱くて外出する機会がありませんでした。帰ったらお土産話を聞かせてもらえますか?」
「お姉さまって体が弱かったんですか?」
食事の手を止めて、琴子ちゃんに少し哀しげな顔をさせてしまいました。
「今はそうでもないのよ? 昔の話だから」
「そうだったんですね」
「うん。出かける時にサンドイッチ作って置いたから持っていってね」
「わー、ありがとうございます」
「これも孝さんからのお心遣いよ」
「でも作ってくれたのはお姉さまですよね? だからありがとうです」
「どういたしまして。お友達もお気に召してくれるといいのだけど」
「お姉さまの料理なら間違いないですよ」
そう言って琴子ちゃんは出掛けて行きました。下の階に友達が来ていたようですね。メールで催促をされて焦って出掛けて行きました。慌てん坊さんなのまで遺伝でしょうか?
先ほどまで騒がしかった部屋も静寂に包まれて、ポツンと一人取り残されてしまいます。
三人で暮らしていると狭く感じたお部屋ですが、こうして一人でいるとこんなにも広く、寂しい。
「これからはこれが日常になるんだから早く慣れないと」
食洗機に食後の皿をセットしてスイッチオン。毎日過剰なまでに掃除機をかけていますので部屋は埃など落ちてませんが念入りに清掃をしてしまいましょう。洗濯はクリーニングにお任せしていますので一纏めにして取りに来てもらいます。
受け取り員さんに挨拶を交わして一仕事終えた私は自室に戻るとパソコンの電源を入れました。
そこには茉莉さんからのメールが3通も来ていました。あら、こんなに来るなんて珍しいですね。
一通目はキャンプの反省会の開催について。期日はもう過ぎてしまいましたね。気づかなくてごめんなさい。
二通目は今日のログイン予定についてですね。今は……朝10時ですか。今入るとゲーム内はお昼ですね。今から連絡して間に合うでしょうか?
一応してしまいましょうか。
彼女のクイックレスポンスに期待しましょう。
返信を待っている間に三通目を確認してしまいましょうか。
なになに? 日曜日のレクリエーションは期待してて??
驚きを提供してあげるから???
きっとまた良からぬことを企んだのでしょうね。
そう言えばあの後すごい悪い顔してましたし、私はそれを少し楽しみにしているのもまた事実です。
返信が返って来ました。
今から入るところですって。本当かどうかは知りませんがログインしてしまいましょうか。
彼女にはたくさんの土産話がありますからね。
何から話しましょうか。
ログインをするタイムラグにあれこれと考えて、私は向こうの『わたし』に切り替えました。
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