第29話 みんなでキャンプ<2>
釣りポイントで荷物を下ろすとザインさんは釣竿の用意を始めました。餌はうねうねとした虫ですね。ちょっとだけ引きました。慣れた手つきで釣り針に餌を仕込み、湖に放り込みます。長丁場になると踏んで専用のチェアーを用意してきているあたり、本格的ですね。
その間に料理班は先ほど仕入れたホーク肉の処理をしていくわけです。
わたし達は感心しながらあーだこーだいう係ですね。
ゲンさんとシグルドさんはそこらへんから石を拾ってきては組んで、その上に掘り起こした土を被せてある程度の高さを作りあげました。見事な連携プレーでお手伝いするまもなく、と言った感じです。
そこを土台としてその上にアイテムバッグから取り出した石製のまな板を置きます。これで簡易的な調理場が完成したわけですね。お見事です。
調理は基本的に魔道具を加工した特別製で行うみたいです。
ゲンさんがアイテムバッグから取り出したのは大きなお鍋でした。煮込み料理でもするのでしょうかと考え込んでいるとそこへ水道の蛇口の様なものを取り付けて、捻るとなんと水がジャバジャバ溢れて来るではないですか。不思議ですねー。
なんでもコロボックルの魔導具職人に改良を加えてもらった専用水道施設らしく、多少の重量は嵩むものの、持ち運びができるギリギリの重量にこしらえてもらったのだそうです。これで流し場も準備OKですね。
お次はメインの火です。獣人であれば生食も良いのでしょうが、今回はヒューマンも多くいますので当然火を通します。
生憎と魔法を使えるジョブの方もいないのでこちらも魔導具頼りになるそうです。
ガスコンロ型の魔導具らしく、下の空洞に魔石……モンスターから取れる固形燃料を焚べると火が出てくるらしいです。
原理は住民でも理解してないのできっとオーパーツなのでしょう。このゲームは謎の超文明がそこらに散見してますのでそれを見つけ出す楽しみもあるんですよね。そして有効活用して今の生活があるらしいですよ。
さて、調理場が整いました。
シグルドさんがアイテムバッグから取り出したのは先ほど討伐したズー……ではなく少し小ぶりのホーク肉。
それをまな板の上に乗せて、装備した石包丁で切りつけていきます。
ドロップした肉は部位ごとに別れているのか下処理も楽な様ですね。部位に合わせて筋切りや軟骨、余分な脂身も取り除いていました。
これを残しておくと鶏の場合ですと余計な臭みが出るのだとか。
ホーク肉にそれが通用するかわかりませんが「肉として出た以上は調理するのが料理人よ」とシグルドさんは笑います。
石の包丁である程度の大きさに叩き切っていくと、今度は石包丁を装備から外し、消耗品である “木の矢” を装備に選択……これどう見ても串焼きに使われてる木串ですよね?
これって武器扱いだったのですね、わたしはおろかマリさんやリッセさんも驚いていました。
そして肉に串を刺していくと見慣れたいつもの串焼きのスタイルになっていきます。そこでわたしはあることに気がつきました。それはゲンさんやシグルドさんが扱っている調理器具についてです。
『ところでマリさん、石の素材が目立つけど、鉱物の発見はあまりされていないの?』
「ああ、草原じゃまだ石素材しか手に入らないからね。毒鉱石じゃ毒が付与されるから武器ならともかく料理には使えないし。山岳フィールドに行ければ銅や鉄が手に入るんだけどね~」
『へー、そうなんだ』
「そいつは本当か?」
わたし達の雑談にシグルドさんが入ってきます。
「前作と同じなら。あたしこう見えて昔は鳴らしてたのよー? 今じゃこうして落ち着いたけど」
ぷらぷらと手を振ってマリさんが微笑む。それを神妙そうな顔つきでシグルドさんが見返していました。
「へぇ、どっちにしろ鉄が入るのなら包丁として精度が増すからありがてえや。今の石包丁じゃ研磨するのも大変だしリアル料理人には物足りねぇ。勢いで叩き切るのがやっとでレパートリーの広さがまるで活かせてねぇんだ」
「それな。武器があるのに包丁がないとかおかしいだろって常に思ってた」
「そうは言いましても我々の中では切れるならなんでも良いだろう、というのが住民の認識でしたから。
この様に食べるためだけに専用の刃物を用いるというのは我々住民にとって逆に斬新な発想なのですよ?」
料理人同士の会話に素材買取屋のバイヤーでもあるリッセさんが新たに加わります。
「そうなのか?」
「はい。だから旅人のみなさまにそれらの技術は一任されているのでしょう。普通弟子入りしたばかりの新人が師匠に意見出すとか破門もいいところですよ? 特にこの街では我の強い職人が多いですからね」
「ああ、そういう意味じゃミシルに無理させてたんだな」
ミシルさんと言うのは料理人クランの専属鍛治職人らしいですよ。尋ねたら気前よく答えてくれました。
石素材の武器は重く、なかなか売れ行きが悪いとの事で職人泣かせらしいのです。そこで手を空かせてるのなら協力してほしいと言う事で調理器具も扱うようになった……と言う経緯があったようです。みなさん苦労されているようですね。
「後は山岳フィールドに安全にいけりゃあ解決か? 鉄素材なんかは武器にも使えるし日常品にも活かせるだろ。俺らはそれを座して待つ……果たして何ヶ月かかるのやら」
ゲンさんが大きな溜息を吐きながら不満を口にします。食材の入手が手安くなったからこそ、扱っている調理器具の質の悪さが目立って仕方がない風でした。
それを聞いていたマリさんがまた悪い顔をしてる。まーた何か思いついたって顔だ。
会話に花を咲かせているうちにリッセさんともすっかり仲良しになりました。
彼女も本当は交流の機会を持ちたいと常々思っていたようですが、なかなか重い腰が上がらずに今までかかっていたようです。
冒険者組合と素材買取屋は一時期不仲説が囁かれていましたが、それもこれも素材の出回らなさから来た誤解から始まった様でした。
リッセさん曰く、お金持ちが買い上げるなんてのは根も葉もない嘘で、いくら品質が良かろうと、持ち込まれた時点で劣悪な扱いをされて質の落ちた素材を高品質だと言いきる悪質な旅人が後を絶たず、頭を悩ませていたのだとか。
対応手段として買取価格を一新、冒険者ランクを信用として買取価格を一律化したのだとか。
住民からしたら冒険者なんてのは荒くれ者の集まりですからね。しかし腕に自信があるのならランクも自然に上がっていくことだろうとその案を採用、それをどう捉えたのか売り控えが続いて共倒れする一歩手前だったのだと話します。
今回こうして参加する機会を与えてくださってありがとうございますなんて深々と頭を下げていました。今回参加を決めたキッカケになったのはマリさんの冒険者ランクも関わってたそうですよ。
まだ一人しか居ないというのも魅力的だったのでしょうね。昨日までFだったくせにね。
それと噂というのは怖いですね。特に良く無い噂というのは広がるのがとても早いんです。うちの会社の不祥事も瞬く間に広がりましたし、前作でも根も葉もない噂に悩まされたクチですからその悩み、わかりますとも。わたしは話を聞いてうんうんと唸る様に首を振りました。
そして話も聞かないで調理工程に釘付けにされているマリさんの頭をペシペシ叩きます。
どれだけ食いしん坊なんですか、全く……隙あらば食材をガン見なんですから。
じゅうじゅうと肉の表面から油が滲み出て下に置いたガスコンロ型魔導具から立ち昇る火が油をパチパチと焼いて皮目の油を弾けさせます。そのおかげでもわもわと煙が上がり、マリさん達が何とも言えない表情をしました。
屋台に並んでいるときの様な顔です。余程お腹のすく匂いなのでしょう、マリさんなんて口の端からヨダレを垂らして小躍りしていました。
ほんと落ち着きのない。
「これは……うさぎとは違う感じだね」
「一回ズーで蒸し料理作ったけど油が多くて焼きに向かなかったんだよな。寸胴鍋ギトギトになっちまったしウォーターの魔導具でも落ちきらねぇし、あん時は参ったぜ」
「おお、早速使ってくれたんだ」
マリさんは目を輝かせて素材としての反応を聞いてました。既に冒険者組合と提携しており、肉素材は料理人クランに下ろして酒場の調理場でその腕をふるう……という形を取り入れていたのです。
後で聞いた話なのですが、はじめこそゲンさんと冒険者組合との談合で決まったやり取りでした。
その時は週に一度の炊き出しを頼むというごく一般的なお願いだったのですが、耳聡いマリさんが横から高品質肉素材をチラつかせて話を持っていき、この形にまとめたのだとか。
三者三様に利益があり、満場一致で可決されたと聞きます。
ほんと、そういう時の行動力は素早いですね。悪だくみが得意なのは前から知ってましたが、未だ衰えずなのが羨ましいやらなんやら。
その案が通っただけで料理人達は素材を提供してもらって料理の腕を住民にふるって受け入れてもらい、冒険者組合はお金が常に回って活気に満ち、マリさんは常に美味しい食事ができる環境を作り上げたのだそうです。それもこれも率先してマリさんが肉素材を組合に提供しているからこそ成り立っているらしいのですが、それでもうまく回っているのは冒険者の胃袋をがっちり掴めたのが大きいみたいですね。
「こっちは回ってきた素材で調理するのが仕事だからな。生憎とホークは若いのにとられちまった。だからこうして調理すんのは初めてなんだが……いいな。包丁が一新されたら創作意欲が湧く素材だわ」
シグルドさんは苦笑しながら串をひっくり返して余分な油を落としながら会話を続けていきます。ゲンさんはその横で厚手の葉っぱを石を薄くスライスした様な皿の上に乗せてました。聴くとあれは油をよく吸ってくれる素材らしく、この様に油気の多い料理にうってつけなのだとか。
「おお、楽しみにしてるよー」
「その前に安定供給をだな……おし、こんな感じでいいだろう。ザインとルイゼに進捗を聞くついでに持っていってくれ」
「ええ! 食べたいたべたーい」
「後でいっぱい焼いてやるからちっと我慢しろ」
「ちぇー。しょうがないかミュウさん、いこ」
『うん』
皿に乗せられた焼きたての串焼きをガン見しながらマリさんは進捗を尋ねます。
成果はダイレクトにログに残るのでまだ釣果は上がってないのは一目瞭然です。
しかし手応えというのは釣り人にしかわからないのでそれを聞くのがポイントらしいです。
「差し入れー。さっき手に入れた奴だけど食べやすいようにって串焼きスタイルだよ」
「お、悪いな」
「進捗どお?」
「反応はあるが餌に食いつかない……餌を変える必要があるかもな」
「そっかー。やっぱりこの地域のMOBじゃないと食いつかないのかな?」
「その可能性もあるね」
マリさんの呼びかけに休憩を入れていたザインさんとルイゼさんが参加して食事を交えて会話をしていきます。
おい、ちゃっかり食べるな。
すぐに手を出したマリさんの頭へ、わたしの無慈悲なチョップが落ちるのはほぼ同時の事だった。
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