第28話 みんなでキャンプ<1>
軽めに夕食を頂いてログインまでの時間を潰します。
先週は少し無理をしてしまったので、今回は軽めにいただきました。翌日少し身体が重かったのですよね。ゲームで体を動かしてもリアルにそれは反映されません。そこが問題として取り上げられることもVR問題として度々取り上げられたりしますしね。
さて、そう言っているうちにメールが届きます。茉莉さんにしては硬い文面ですね……と思ったら相手は孝さんからでした。
予定が入っているとのことで少し意外でしたが私はワクワクした気持ちで中を拝見しました。
そこには私に対する想いを少々大袈裟気味に書き加えた恋文が記されていました。
今日ほど焦がれた日はないのだとか。
言葉だけのやり取りですが、私もです! なんて心の中で反応してしまうぐらいには昂ぶってしまいます。
最後に予定の空いてる日を尋ねられてメールは終わってしまいました。
直ぐにお返事出来ないところが心苦しいです。お父様が熱を入れていた業務が傾いて以降私にかかる負担が重くのしかかってきてますので平日のスケジュールは常にビッシリなのです。
それも日曜に休日を取るためのシワ寄せなのでなかなか外せないものばかり。
ではゲームにログインするのをやめれば良いのでは? と思うかもしれませんが、相談相手がゲームの中にしかおらず、進退窮まった状態なんですよね。
そんなこんなしているうちに茉莉さんからのメールをいただきます。
相変わらずの柔らかい文面でホッとします。それでも心が以前よりもワクワクしないのはきっと彼に出会ってしまったからでしょう。
今の私はきっとゲームには息抜きと言うよりも恋愛相談をしにいっているんでしょうね。なんとなく、そう思っている自分がいました。そのせいでココットとも距離をおいたりしていたのかもしれません。私って本当にワガママなお嬢様だ……なんて事を頭の片隅に追いやってログインしました。
私が寝て、わたしがゲームに接続されると目の前には何やら良からぬことを思いついたような表情でマリさんがほくそ笑んでいました。
『おまたせ。って何悪い顔してるの?』
「え、今の顔に出てた?」
心の内に止めてたのに……と本気でショックを受けた顔でマリさんは俯きました。話を聞くと、一足先に『ランクD』になったらしいです。昨日の内に納品を済ませていたのは知っていましたけど、まさかそこまで好評価を得られていようとは知りませんでしたから。
それからDランクで得られた情報をどこに売りだそうか思案していた最中にいい所を見つけたのだとか。
今までの浅い付き合いの中でどこに検討をつけたのかは知りませんが、マリさんが楽しそうで何よりです。
わたしはいつもの様にマリさんの背中に揺られ、彼女と同じ景色を眺めていきます。いつのまにかマリさんは有名人になっていました。
多くの功績を残しているので当たり前といえば当たり前ですね。道行く住民に声をかけられるなんて言うのはわたしであったら萎縮してしまいますが、彼女は平然と対応していきます。そこから話題を広げていってはフレンド登録を気軽に投げ合ったりと、口八丁手八丁で交友関係をぐんぐんと広げていくのです。
もしわたしが同じ地位を得られたとして、同じことができるかと問われたらハッキリとNOとお答えできるくらいに、わたしは交友関係を築くのが下手くそです。
だから当たり前のようにそれをこなすことができる彼女を何処かで尊敬しているのかもしれませんね。
マリさんに連れられて着いた場所は中央公園広場でした。どうやらここで待ち合わせをしていたようです。彼女にしては珍しく食料の買い込みをしていかないみたいですね、珍しい。午後から雨でも降るんじゃないでしょうか?
「いたいた。おーい、こっちこっち」
マリさんが手を振ると待ち合わせしていた人たちも手を振り返します。人数は2人。
釣竿を担いだ熊獣人の男性と、クーラーボックスを肩にかけたヒューマンの女性が片手を上げてマリさんの呼びかけに応えてました。
あれ、こんな人達どこかで会いましたっけ? わたしが何かを考えている隙にマリさんは移動を開始しました。二人も一緒に並んで歩きます。こちらへチラチラと視線を送ってきますけど、手を振った方がいいのでしょうか? 少し恥ずかしいです。
着いた場所は冒険者組合前です。そこで料理人のゲンさんと、同じく料理人兼ウェイターのシグルドさんと合流します。
今日は一体なんの集まりなんでしょうか?
そのまま一行は素材買取屋に向かうと職員のリッセさんを誘い、パーティを組みました。
え? これどういうことですか? せめて説明プリーズ。
『マリさん、これなんの集まり?』
「ん? 言ってなかったっけ?」
『聞いてないよ!』
「おいおい嬢ちゃん、事前説明なしで連れてきたのか?」
ゲンさんがわたし達のやり取りを見ていられなくなったのか口を挟んできました。マリさんたらテヘペロと可愛く舌を出して誤魔化しましたよ、この子ったらまったくもぅ。
つまりこの集いは新たに発見された森林フィールドの釣り場でレジャーを楽しむ為に集められた……そういうことらしい。どうも売り込み先とは違うみたいだけど、マリさんの考えていることが本気で理解できない……けどこういうのもいいよね。予測できないのも面白い。
そういえば、彼女は初めからゲーム内を遊び倒す事を前提に動いている……そう言ってましたね。そして一人で動かないのは、わたしもその中に初めから入っているという事。事前に知らせなかったのはもしかしたらサプライズだったのかもしれませんね。彼女は昔からお茶目な子でしたから。
気持ちを持ち直し、一行は草原フィールドを歩いて特に苦労することなく森林フィールド前キャンプ地へと進みます。
ここでわたしの出番が回ってきました。
「……本当にこの方法で安全なのか?」
ゲンさんが一行を代表して声をあげます。ムッ……わたしのノック空輸を信じられないというのですか?
と、機嫌を損なうこともなくその技術を見せることにしました。
ポヨーン、ポヨーン
5人の足元に低反発の板を設置して、そこをゆっくりと持ち上げる。ラジーを空に浮かせた舞空術もどきと同じ発想のものです。それよりもはるかに反動の少ないものですね。
【ノック】は目に見えない透明な反発する壁を任意の場所に発生させる事が出来るスキルです。詠唱もリキャストタイムもなくMPも低燃費でとてもお得ですよ。火力はありませんが。
「う、おぉおお……なんだこれ。空飛んでるのか?」
『厳密にはスキルで押し上げ続けてる感じです』
「それじゃあ束の間の空の旅、出発しんこー」
マリさんは5種類の悲鳴をまるっと無視して森林フィールドのエリア4へ羽ばたいていきました。わたしは5人を【ノック】で前後左右上下を優しく包んで持ち上げました。
安全な空の旅……とは行かず、エリア5のズーと出くわします。ここは穏便に対処していきましょう。いくら大きいとはいえ所詮鳥です。風がなければ空を飛ぶこともできません。知ってますか? この世界では風の属性は樹が賄っていることを。つまりわたしは風を操れます。まあ魔力サークル範囲内に限りますが。
だから5メートルまで近づいて貰う必要があるんですよね。皆さましっかりつかまっててくださいね。
『フィールド操作風/凪』
突如ズーは手応えを感じていた風の力を失い、バランスを崩しました。そこからいくら羽ばたこうとあなたは風の恩恵を失ってます。ここでもう一押しします。
『位置反転【ノック】!』
下から上に押し上げるノックを上から下へ弾くスキルに切り替えます。
これはお昼のレンゼルフィアに使ったやつですね。これの他に手前から後ろと色々パターンがあります。
と、もう一つ。このスキルは込めるMPによって弾く威力を変えることができます。ダメージは相変わらず与えることはできないので勢いがつくだけですね。
これによってズーはバランスを崩したままその巨体を大地に落下させて、高さ×MOBの重量でダメージを算出をするとあら不思議、その体の大きさが仇になりましたね。ズーは光の粒子を立ち上らせて行きました。さぁ、進みましょうか。
ホークも数匹巻き込まれましたけど気のせいでしょう。マリさんも鶏肉ゲット~♪ なんて喜んでますし、大丈夫でしょう。
エリア4へ辿り着き、全員を無事に降ろします。エリア効果の幻覚効果を【ノック】で上空へ吹っ飛ばします。
このスキルって物理以外にも使えるんですよね。もちろん雨も弾く傘がわりにもなる便利スキルです。
さっきからパーティメンバーが面食らってますね。どうしたのでしょうか?
「なぁ、もしかしなくても精霊って相当やばい種族なんじゃ?」
ゲンさんが表情を青くさせながらマリさん以外のパーティメンバーに呼びかけます。マリさんなんてまるで自分のことのように頷いてますもん。
もぉ、調子いいんだから。
ここでメンバー紹介。こういうのはもっと先にするものではないのでしょうか?
マリさん曰く、サプライズらしいです。
わたしにとっても、メンバーにとっても先にわたしの実力を見せつけておけば侮られる必要がなくなる……という意味も含まれているのでしょう。
熊獣人の男性や、ヒューマンの女性の見る目が初めて出会った頃より不躾ではなくなりましたもん。よきかなよきかな。
「あー、俺は知らない奴もいないと思うが “ゲンさん” で通している。始まりの料理人と呼ばれちゃいるが、大したことはしちゃいない。よろしく頼む」
「同じく料理人のシグルドだ。ゲンのやつとはリアルのフレンドでもある。よろしくな」
ゲンさんもシグルドさんもヒューマンの男性だ。どちらもパワータイプで筋力に補正があるビルドのようですね。
「次はオレか。ザイン、漁師をやっている。今日は釣りスポットがあると聞いて参加した」
「熊なのに釣りをするんだな」
シグルドさんが思わずツッコミを入れます。確かに熊さんで漁師ってツッコミどころ満載ですもんね。
「よく言われる。だが器用値と体力がいい感じに釣りビルドでな。今日は釣りまくるから期待しててくれ」
なるほど、種族特性が釣りに向いているという事でしたか。
「あたしはルイゼ。こう見えてザインとはリアル夫婦でね。キャラの見た目が若いからって声かけてくる男が多くて困るよ。今日はそこんとこ理解してくれてる男が多くて嬉しいね」
ほぅ、リアル夫婦ですか。
マリさんの顔を覗くとニヤニヤしてました。あー、これ知ってて誘いましたね。後で色々聞くつもりでしょう。
「最後に私ですね。素材買取屋でバイヤーをしていますリッセと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
リッセさんはヒューマンの住民です。NPCを連れてのキャンプという事ですか。これはまた何か企んでますね?
「あたしはマリ。今日は企画に集まってくれてありがとう。本当はもっと早く住民と旅人で合同でいろいろしようと企画を練ってたんだけど、ここまで時間がかかってしまいました。本日はお日柄もよく、絶好のキャンプ日和かと思います。今日はいっぱい遊び倒すぞー!」
『うちのマリさんが無茶言ったようですみません。わたしはミュウです。みなさんお気づきの様に精霊装備の解放コンビの片割れと認識していただければと思います。今日はびっくりする事が多くあると思いますが、楽しく遊んで行きましょう』
そのあとわっとメンバーの皆さんに囲まれてわあわあと質問責めにあうけれどここは割愛しておきます。ドライアドの有能さを身をもって味わったのですから仕方ありませんね。お昼のレンゼルフィア戦の後も似た様なことになりましたし、みなさん精霊がどれだけ無能だと思っているのでしょうか?
少しとっつきづらいのは認めますが、全然使いやすいですよ?
そう答えるとみんな一様に首を横に振りました。
仲良いですね。
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