第27話 裏取引
冒険者組合に併設している酒場では、特に何を目的とせずとも宴が開かれている。今日もまた誰かが祝砲をあげ、そのメンツを見ては職員が溜息を吐くというのが組合で見慣れた風景だった。
「「「かんぱーい!」」」
グラスを多方向から寄せて打ち鳴らす。中に入っているエールはしゅわしゅわと泡を弾けさせ、それを各々の喉奥に流し込んでは笑い合う。あちこちのテーブルでも笑顔の花が咲き誇っていた。
「あはは、いい飲みっぷりだね、カザネってば」
その一方で、とあるテーブルで女だけのグループがあった。別にその光景は珍しくもなんともないが、組み合わせとしては珍しい。
獣人と異形、ハーフリングのパーティだ。
異形の少女は闇色の髪をかきあげて血のように潤む紅い眼をニンマリとさせている。名をココット。
最近噂され始めた三人組の一人。そんな彼女が楽しそうに笑いながら白衣の女を見て言った。
言われた方はやや困惑顔。
「無理矢理誘ったくせに何よ。今日は飲まなきゃやってらんないわよ。あーあ、今頃新素材をあたし以外の誰かが使ってると思うと……はぁ、作りたいモノいっぱいあったのにー……あ゛ぁ~」
カザネと呼ばれたハーフリングの少女はよれた白衣がトレードマークの医者である。
右手に握りしめたグラスを斜めに傾けると鬱憤を流し込むようにエールを呷った。見た目が小学生にしか見えない彼女だが、これでもれっきとした大人である。アルコールに弱いのか既に顔は赤く、悪酔いしたようにブツブツと愚痴りはじめた。
テーブルに寝そべり、見上げるように対面に座るココットをジロリと睨む。そして失ったものの大きさに深いため息をついていた。
「ここに、こう言うものがあるわ」
ココットはくたばり損ないのカザネを一瞥すると、これ見よがしにアイテムバッグから一つの素材を取り出して見せつける。それを見たカザネが目を見張り声を上げた。
「これは!」
「どう? 新鮮な素材よ?」
取り出してみせたのは数瞬。すぐにバッグへしまい込むと、くすくすとわらいかける。目に光を取り戻したカザネ女史は身を乗り出してココットに熱いまなざしをぶつけた。
「期待していいの?」
「まずは飲みましょう?」
その言葉にすごすごと従い、カザネは席に座り直す。
それを見てココットは手を叩いて料理を運んでくるように促した。
注文した料理が次々と運び込まれてテーブルを彩っていく。
頭から猫耳を生やした三つ編みの少女であるラジーが受け皿に肉を取ってはココットの前に慣れた手つきで差し出した。
「どうぞ姉様、血の滴るレア肉のステーキです。一口サイズに切り分けておきました」
「気がきくわねラジー。ナデナデしたげる」
「~♡」
まるでカップルのような距離感でわしゃわしゃと猫耳を撫で上げるココットと、されるがままのラジーを順に見比べ、カザネは怪訝な視線を二人へ送りつける。
「その子が最近拾ったって子?」
「そうよ」
「はじめまして、ラジーって言います」
「あたしはカザネ。こいつとは腐れ縁よ」
「腐れ縁なんてひどい! よよよっ」
「なにブってんのよ。あんたの幼稚園の頃のお話してやろうかしら?」
ガタッ
ガタンッ
カザネの持ち出した話題に二つの反応。
そこには興味津々とばかりに目を輝かせるラジーと、先ほどとは打って変わって表情を青くさせるココットがいた。
幼馴染は心なしか冷や汗をかいて視線を泳がせている。
「まぁ、聞いても面白い話じゃないわ。そこでブルってる女は昔から酷いわがままでね。古い付き合いであるあたしはそれはもう手を焼いてきたってわけ」
「まぁ。姉様にそのような過去が」
「か、かかカザネさん? 昔の事は今はどうでもいいじゃない? それよりももっと楽しいお話をしませんか?」
「なによ、余所余所しいわね。もっといつものように大仰に振舞ってもいいのよ?」
椅子に踏ん反り返りながら開き直ったカザネは顔を真っ赤にしながらウェイターを呼びつける。
既にそこには局長として名を馳せた医者の姿は見られず、ただの酔っ払いが隣のテーブルに管を巻く姿が見受けられた。
その間ココットはトラウマでも患ったように顔を青くさせている。
ラジーは背後から忍び寄り、敬愛するお姉様へとぎゅっと抱きついた。
「姉様、昔はどうであれ私は今の姉様を好いております。なのでそこまで気落ちしないでください」
「ラジー……あんたなんて出来た子なの!」
ココットは影移動でラジーの背後に移動すると、お返しとばかりに抱き返した。
カザネはそれを横目に持ってきたエールを受け取り、チビチビと飲み始める。
ラジーは猫耳をピコピコとさせて感極まったように尻尾をピンと張った。
幸せの絶頂に至ったらしい。だらしなく口を開いては肌を上気させ、プルプルと肩を震わせていた。
少し遅れてエールと共に随分と前に注文していた皿が運ばれて来る。
それは見たこともないサイズの肉であった。カザネはそれを器用に小さく切り分けるとパクリと口に運び、咀嚼する間もなく感嘆の吐息を漏らす。
「んっ……ふぁ……なにこれ。口の中に入れたら溶けちゃったわ」
「それがなんのお肉か知りたい?」
「あら、ココット。お早いご復活で」
「あんた、あとで覚えときなさいよ。それよりもそのお肉に出所を知りたくない?」
「…………」
カザネは押し黙った。ココットが自慢して来るときは大概碌な目に合わない事は数十年の付き合いで身に染みている事である。
しかしここで押し問答をしていても始まらない。何よりも幼馴染のドヤ顔をいつまでも眺めている趣味はなかった。
「聞きましょう」
「あんたにしては物分かりがいいわね」
「どうせ黙ってたって勝手に話し出すでしょうに。だったら後味が悪くない方を選択するわよ」
「学習したわね」
「おかげさまで」
感心したようにココットは頷き、焦らすようにゆっくりと語り始めた。耳を傾けていたカザネは怪訝そうな顔で話の内容に疑問の声を上げる。
「それは本当なの?」
ココットは黙って頷いた。
「ここの冒険者組合の復興にはマリが関与してるわ」
マリと言えばつい先程森林素材を大量に持ち込んでくれたバード種である。見た目バカっぽいのに話すとその意識がガラッと変わる不思議な人。
交友関係は広く、堅物のココットとまで知り合いだと聞かされたときは何かの間違いだと思った程。
数時間前の記憶を手繰り寄せ、カザネは唸る。
「ちょっとこじつけが過ぎるわよ? 確かにあの人は只者じゃないオーラを出してるけどたかがバードでしょ? 買いかぶりすぎじゃない?」
「初見じゃそう思うわよね。特に一緒にいるミュウについてはあんたはどう思う?」
「なによ、確かにかわいいとは思うけどあたしそっちの気は……」
「そう言うんじゃなくて、脅威と思うか……よ」
幼馴染がなにを言いたいのか分からずに、カザネは首を横に振る。
ミュウと言えば人畜無害で知られる精霊の、それも可哀想な種類のドライアドだ。危険とか脅威とかで飾られる種族ではない。
「それよ。あの二人の恐ろしいところは。何処にでも入り込める気安さと、状況を見極める目を持っているわ。その上自身に降りかかる火の粉を振り払う力も持ち合わせている」
「考えすぎじゃない?」
「それじゃあ、あの素材の豊富さはどう説明するわけ?」
突き出された問題は森林素材の数々についてだった。確かにおかしい点は多々ある。それだってここにいる二人と協力した素材で……
そこでカザネにとある疑問が過ぎった。
「えっとごめん。待って、あの素材ってあなたたちとの共通素材ではないの?」
「違うわね。あたし達は自分達のバッグにそれぞれ独自に持ち歩いているわ。アレはあの子達タッグでの成果よ」
「おかしいじゃない、それじゃあどうやってあの数を入手したと言うの!?」
理解できないとばかりにテーブルを叩きつけ、カザネはその場へ立ち上がる。
しかし近くのテーブルからの注目を浴び、慌てて椅子に座りなおした。
腕を組んで目を閉じていたココットは片目を開けてカザネを見やる。
「あの子達、決して無力じゃないわよ? ノワール……この名前に聞き覚えはある?」
「前作で有名だったってプレイヤーでしょ? それがどうしたっていうのよ」
「ミュウがそのプレイヤーである可能性があるわ」
「…… 噂でしょ?」
「噂……ね。そうならどんなに気が楽か。ラジー、貴女はミュウをどう思う?」
「ミュウ姉様は凄い人です。夜のレンゼルフィアに一歩も遅れをとらず、それでいて圧倒できる……そんな方が弱いはずありません」
「冗談……ではないようね?」
ココットは頷き、まだ表に出していない情報を秘密裏にカザネへとフレンドチャットで手渡した。
ドライアドに限らず精霊は使いこなせばヤバイ種族である。
ただし使いこなせるかは別問題であり、ミュウは間違いなくそれを使いこなせているプレイヤーの一人である。
この情報をどう取り扱うかは任せるというものだった。
「情報料はそちらの言い値でいいわ」
「お金を取る気?」
「口利きしてやるとそちらにどれほどの利益が生み出せるかよく考えなさい」
「食えない幼馴染を持つとほんと苦労するわ」
「まあまあ、今晩くらいは奢るわよ、いくらでも飲んで行きなさい」
「じゃあ、遠慮なく。それとそちらの素材もできれば見せて頂戴。同僚に出し抜かれたままってのも悔しいし」
「へい、まいどありー。ラジー、バッグの中身は売ってもいい?」
「私は姉様の所有物ですから、いくらでもお持ちください」
ラジーは当たり前のようにバッグの中身をトレードでココットへ渡し、ココットは中身を見聞するとテーブルの上を片付けはじめた。
広げた場所で紙とペンを取り出して素材の名前を書き出していく。
それを見てカザネが欲しいものを買い取るというのが彼女達の中での一般的なやり取りだった。
物を置くという行為は所有権を手放すという行為に他ならず、第三者に奪われても文句を言えない状況を作り出す。
特にこのように騒がしい酒場では、気配を消して近付き、窃盗行為を働く輩も多く存在するのだ。
その為自慢でも不用意にテーブルの上に置く事は注意されている。
たとえ盗難被害が出されても冒険者組合では酒場での紛失は自己責任であり、補償はしないとしていた。
手に入れた素材を改めて、カザネは随分と軽くなった懐を見つめて溜息を吐いた。
ここ一週間で荒稼ぎした財産が湯水の如く消失してみせたのだ。今日は自棄酒してやろうと心に決めた瞬間である。
一方、ココットはホクホク顔で追加発注を頼んだ。まだ出回ってない素材だ。予想よりもだいぶ色をつけてくれたので当分は働かなくてもいいだろう稼ぎを得ていた。持つべきは有能な幼馴染である。
「ミュウが有能なのは分かったけどマリはどうなのよ? さっきそこぼかしたでしょ?」
そこを掘り返すか。ココットはそう言いたげに目を泳がせた。終着点はラジーの耳に落ち着いて、気を紛らわすようにわしゃわしゃとなであげた。少しくすぐったそうにしながらもされるがままのラジーがココットの代わりに口を開く。
「私は詳しくわかりませんけど、きっと凄い方なのでしょうね。なんといってもあのミュウ姉様が懐いていますし」
「んー、どうかな?」
しかしラジーの助け舟に、ココットは難色を示した。
「ふーん、何か違和感を感じるの?」
逃さないぞ、とばかりにカザネはココットの肩へ腕を回して拘束する。
観念したようにココットはポツポツと語り出した。
「これはあたしの勘なんだけどね、マリはきっと戦えないと思うのよ」
「ふーん、その心は?」
「あいつ口が達者なの。きっと場数は相当踏んでるけど、それは戦闘方面じゃなくて人を纏める方面、組織関係だと思うわ」
「なるほど、なんとなくわかるわ。あの人と話してると不思議と話を違う方向へ逸らされるのよね」
「そうなのよ。きっと口から生まれたに違いないわ」
「あはは、あんたがそれを言うか。エールおかわりー!」
「こっちも追加でー」
「私はお水でいいです」
人の悪口で盛り上がった飲み会はそれからも夜が明けるまで続いたという。
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